※風紀委員顧問の少し得意満面な独白

 

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※城嶋学園高等部

風紀委員顧問

佐藤 忍の少し得意満面な独白

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こんなもんか。

私は教師になってすぐにそう思った。

溜息をついた。

 

教師になった事を私は、少しだけ後悔していた。

いや、後悔と言うほど大それたものじゃない。

 

けれど、私はこの学園に、教師として戻ってきて少しだけ、本当に、少しだけ

 

 

つまらないと感じてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

教師になりたいと思った。

それは、まだ発展途上の彼らの成長を間近で見て居たいと思ったから。

未熟だが、それゆえに輝いている彼らの傍に、私も共に居たいと思ったから。

 

私が楽しいと今でも思い返される、あの輝かしい学生時代を。

あの、無限に広がった光に満ちた少年時代を。

 

私も彼らの傍で手伝いたいと思ったからだった。

 

 

なんていうのは建前で。

 

風紀委員として、己の信念に従い歩んだあの日々を、彼らを通してまた味わいたいと思っていたからと言うのが、教師になった一番の理由かもしれない。

青春のおこぼれを、少しでも分けてもらいたいなんて思っていた。

 

私にとって、この学園の中で抑圧されたあの高校時代は一番輝いていた日々だったのだ。

だから、全ての教育課程を修了した私は、この学園に戻って来た。

 

あの門をくぐった先には、またあの輝かしい日々があると信じていたから。

 

 

 

なのに、

 

 

そこにあったのは輝く日々とはかけ離れたモノだった。

 

 

『いえ、後は俺達だけでやれますから』

 

『先生は何もして下さらなくて結構です』

 

『このくらいの事、俺達だけでもやれます』

 

 

分かっていた。

私の学生時代は私だけのものであるように、彼らの学生時代もまた、彼らだけのものであると言うことくらい。

主人公は生徒である彼らと言うことくらい。

 

しかし、この学園では教師は脇役にすらなれなかった。

彼らの学生時代の手伝いすら許されない。

この学園では、私達教師は彼らを応援する観客にすらなれないのだ。

 

この学園の重んじるところの“自主性”。

確かに彼らは自立していた。

学園における全ての実権は、実質彼らにあるからだ。

 

“自主性”という城嶋学園の伝統。

伝統と言うくらいだから、その気質は私たちが学生の頃にも確かにあった。

だが、今の学園のソレは昔とは遥かに重いモノになっているようだった。

 

 

『何かわからない事があったら、いつでも相談してください』

 

『はい、ありがとうございます』

 

 

そう言って頭を下げた彼らが、在学中に私の所に何かを頼みに来た事なんて一度たりともありはしなかった。

 

生徒の自主性を重んじる。

 

それが、知らず知らずのうちに高校生と言うまだ子供である彼らを無理に“大人”へと足を急がせているようだった。

 

「生徒の自主性を重んじる」なんて本当に聞こえのいい言葉だ。

要は面倒事に、大人は首を突っ込まないという事だろう。

 

 

あぁ、つまらない。

私達の頃はもっと“子供”だった筈なのに。

もっと、もっと皆がバカだったような気もするのに。

 

先生には、たくさん怒られていたというのに。

たくさん、頼ってきたというのに。

 

 

あぁ、本当につまらない。

 

私はいつもそこまで考えて、自分の浅はかな思考を振り払う。

 

人の青春捕まえて、私は何を勝手な事を言ってるのだろう。

優秀な事は良い事じゃないか。

すばらしい事じゃないか。

 

 

あぁ、でも……

 

 

なんて、煮え切らない気持ちを抱えたまま、私の教師生活は10年目を迎えようとしていた。

教育者として半ば失格なのでは、と思える10年間を。

 

 

 

『先生!佐藤先生!』

 

 

しかし。

そんなある日。

 

彼は私の前に現れた。

 

 

『先生!俺にブラインドタッチを伝授して下さい!』

 

 

なんて突拍子もない事を言いながら。

目をキラキラ輝かせながら、ニコニコと楽しそうに笑いながら。

 

西山 秀。

 

彼の話しは本当に様々な所で聞いた。

 

否、聞こえてきた。

彼は何かと有名人のようで、様々なところで問題を起こしているようだった。

 

その度に、私は風紀委員長たる秋田君や、同期で同じこの学園出身である柳場からいろんな話しを聞いていた。

どれもこれも話している本人は眉をしかめていたが、語っている口はいつも饒舌だった。

 

 

『また西山のヤツが余計な事をっ』

風紀委員長として常に真っ直ぐ、自立せねばと背を伸ばしている秋田君が表情を乱して語る姿は、なんとも子供らしく魅力的だった。

 

 

『迷惑ばっかかけてきやがって』

教師として、事なかれ主義に転じるようになった柳場が決まりの悪そうに呟くその姿は、あからさまに同族嫌悪の色が見え隠れして居て面白かった。

 

 

そんな噂でしか聞いた事のなかった彼が初めて目の前に現れた時。

私は本当に懐かしい気分になったのを、覚えている。

彼が私を『先生!』と呼ぶ姿を見ると、このダレきってしまった私の教師としての背筋を、ピンと引きのばしてくれるような声だったから。

 

あぁ、私は……やっと“教師”になれたような気がする。

 

彼の笑顔を見てそう思った。

そして。

 

 

 

 

 

「屋外ステージの設置、ですか……」

 

「うん、お金が全然足りないんだ。でも、絶対、ステージ建てたいんだ!」

 

「なぁ、なぁ!しゅう!お金ねぇなら募金する?」

 

「だぁ、かぁら!時間ねぇの!」

 

 

 

そう言って二人で頭を捻らせる二人の生徒に、私は自然と笑みが零れるのを止められなかった。

こうして、一緒に文化祭について生徒と時間と会話を共有するなんて事、この学園に来てからは一度もなかったものだから。

 

私は難しい顔をする西山君に反して、気持ちが勝手にはしゃいでしまうのを止められずに居たのだ。

 

 

「先生、どうにかなると思う?」

 

「そうですねぇ。先程言っていた予算だけでは、確かに業者に設置をお願いするのは難しいでしょう」

 

「………どうしよう……」

 

 

そう、表情を絶望の色に染める西山君に、私は小さく息を吐いた。

確かに、例年の生徒会の予算を切り詰め、ここまで費用を捻出したのは今までの生徒会では考えられないほどの節約だ。

 

しかし、やはりどうにもこれだけでは設置業者の相場を満たす事はできないだろう。

 

これから、生徒会の予算をどう削減しても、だ。

 

となると、対応は一つしかない。

この予算内で出来る唯一の手段。

 

それは。

 

 

「西山君、ステージ。自分たちで作りましょう」

 

「おー!それ!俺も思った!作ってもらうのが無理なら、自分たちで作ったらいいじゃん!」

 

「ダッ、ダメ!それはだめ!絶対にだめ!」

 

 

私の出した案に首をブンブン振ってダメだと叫ぶ西山君。

彼ならばすぐに乗って来るだろうと思われたこの案に、瞬時に首を振られた事に私は若干の違和感を覚えた。

 

 

「何故、ダメなんですか?西山君?」

 

「だって、野伏間君が言ってた!何の知識も経験もない俺達みたいな学生が、自分でステージとか作ったら危ないって!何かあった時責任取れないって!」

 

 

あぁ、野伏間君ね。

西山君が必死に首を振りながら言った名前と、理由に私はやっと納得がいった。

西山君自身の考えではないとは予想していたが、確かにそうではないようだ。

 

そう、確かに西山君……いや、野伏間君の言っている事は正しい。

普通ならば生徒のみで作るステージ等、何の安全性も保証できないとして私も生徒になど勧める事はできないからだ。

 

ならば、要は安全性の保証を取れる人間が居れば……いいわけだ。

 

 

「責任は、先生が取ります。だから、キミさえ本気でステージを作りたいと思えば、責任は……先生が取りますよ」

 

「……先生が?」

 

 

私は目を瞬かせながら此方を見つめてくる西山君に笑みを浮かべて頷いた。

責任の所在をハッキリさせればいい。

安全の保証をできる人間が居ればいい。

 

 

ここは城嶋学園。

様々な未来へ羽ばたく学生達を養成する学舎。

そう、様々な将来へ導けるように、この学園は他の学校とは全く違った総合的な教育の仕組みを持っている。

 

だからこそ、この学園には将来の日本をしょって立つ二世三世が集まるのだ。

 

 

「知っているとは思いますが、この学園は生徒が学びたいと思った事は全て学べるようになっています」

 

「………?」

 

「キミ達が望めば、何だって勉強できるんですよ?ここは」

 

 

城嶋学園は大学入試に関する全ての教育課程は2年2学期にて終了させる。

理由は、2年の3学期から全ての進学コースが細かく専門教育として分けられるからだ。

 

そこにはもちろん、看護、医学、経済、商学、土木、建築、工学。

大学進学後、学ぶであろう全ての学問が教育対象でありコースとして分けられている。

故に、この学園の高等部は総合大学としての色を強く持っている。

 

故に、人が集まる。

この少子化のご時世に、2000人弱もの生徒が。

 

この、城嶋学園に。

 

 

 

「土木、建築に精通した先生も、たくさん居ます。だから、責任は先生達がとります。だから後は人さえ集まれば……屋外ステージ、作れますよ?」

 

 

 

そう言って笑った私の言葉に、西山君の表情が一気に明るくなる。

 

教師を、年長者を頼ると言う、ごく当たり前の習慣さえ無くしてしまった彼らに、私は教えてあげたい。

 

 

「っほ、ほんとう!?先生!ほんとに!?ステージ、作れる!?」

 

「ええ。作れます。この予算があれば、材料だけなら揃えられるでしょう」

 

「やったー!!ありがと!ありがと!先生!」

 

 

 

大人を舐めるな、とね。

 

 

 

 

 

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