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第42話:集合
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ふざけるな。
そう、どこか必死な表情で俺の胸倉を必死に掴む佐津間。
細く繊細な指先が、俺のシャツを思いきり引っ張る。
俺はそんな佐津間らしくもない行動に、ただ加えられる力のままなすがままになるしかなかった。
「生徒会が……太一とあなただけなんて……俺達がもともと居なかったかのように扱うなんて、あんまりじゃないですか!?」
「………っう」
なんだ。
普段の、冷静沈着で全てに対し笑顔で余裕をかます佐津間はどこに行ったんだよ。
俺は怒りと悲しみの折り混ざった、なんとも言えないような表情を浮かべる佐津間に、無理やり掴まれていた胸倉を引きはがした。
その瞬間、しにくかった呼吸が一気に楽になる。
あぁもう、苦しいじゃないか。
こんな、いきなり。
なんだって言うんだよ。
なぁ、佐津間。
はぁ、はぁと小さく肩を揺らしながら、俺は未だに眉を寄せて、泣きそうな表情を浮かべる佐津間に向き直った。
佐津間の後ろには怯えきった様子の二人の双子。
しかし、一人は片方にすがりつき、もう一人はそれを守るように肩を抱いている。
どっちが兄だったか、弟だったか忘れたが、やっぱりアイツら。
見れば見るほど似てねぇな。
「何だよ、佐津間。テメェなんかこの俺に文句でもあんのか?何か気に入らねぇ事でもあんのか、あ?」
「っ、気に入らない事だらけですよ!何ですか!そんなに、俺達が仕事をしていなかったのに腹が立ちましたか!それならそうとハッキリ言えばいいでしょう!」
「……あー?何の事だよ。別に俺はお前らに不満なんかねぇし」
「……っ」
「つーか、佐津間。お前こそ何だよ。俺はお前の母ちゃんでもなけりゃ、お前の親衛隊でもねぇんだ。いくらそんな傷つきましたっつーツラされても、わかってなんかやれねぇぞ」
俺はそう、一気にそうまくしたてると、更に表情を歪める佐津間に向かって留めとばかりに溜息をついてやった。
俺の溜息にビクリと体を揺らす佐津間は、本当にらしくない姿だった。
「会長!何でそんな事言うんだよ!酷いよ!」
「あ?」
そんな俺に、今度は佐津間の後ろで固まっていた双子の一人が勢いよく飛び出してくる。
あぁ、こっちは……友也だったか。友樹だったか。
似てねぇけど、どっちがどっちか未だにわかんねぇなぁ。
コイツら。
「会長だってサボってたじゃん!自分の事棚に上げてそんな事言うな!」
「……あー?つか、何?別に俺はお前らに何してほしいとか言ってねぇだろうが。いきなり何だよ」
「何だよ!何だよそれ!」
俺を必死に睨みつけながら地団太を踏み始めた……どっちだけ。
まぁとりあえず双子のどっちかが泣きわめき始めた。
そんな双子を、もう一方の双子が駆けよって来て、宥めるようにその肩を抱いた。
ついでに、片割れの事をあやしながら、何故かその目は俺の方へと向けられている。
しかも、物凄い険悪な目で。
「会長が、こんな事言う奴だなんて思ってなかった。口が悪くても、こういう……陰湿な事はしないって思ってたのに」
「お前らさ。だから、俺に何をしてほしいわけ。つーか、ハモんねぇのか?」
「会長!」
あー、やだやだ。
なんだよ。
わけわかんねぇな。
今日はほんとに踏んだり蹴ったりだ。
柳場先生にはキレられ。
野伏間君は倒れるし。
ほんと、やってらんねぇだろ。
俺はポツポツと湧いてくる奇妙な気持ちに従いながら、俺を見つめる3つの視線に背を向けた。
すると、いつの間に移動していたのか。
振り返った先には先程まで遠くで泣きそうな顔をしていた陣太が立っていた。
「どうした?陣太」
「会長……言った。一緒に……文化祭やるって……」
「おう!言ったな!同じクラスだし、一緒にメイド喫茶やるぜ!」
そう言って俺は陣太に近付きバンバン肩を叩いてやる。
しかし、何故か陣太の表情は更に暗くなるばかりだった。
「ち、がう……クラスの方、じゃない……」
「何だよ、お前まで。変な事言ってんなよな、陣太」
「違う!変な事じゃない!」
「じゃあ何だ!?お前らさっきから俺に意味わかんねぇ事ばっか言ってきやがって!」
遂に俺はブチリと頭のどこかで何かが切れるのを感じると、陣太と佐津間、そして双子の間に立ち、近くにあった椅子を思いきり蹴飛ばしてやった。
その瞬間、軽々と舞い上がった椅子が勢いよく床に叩きつけられる。
激しい殴打音に、被服室に居た全員がビクリと息を呑むのがわかった。
「おい、オメェら。言いたい事があんのはお前らの方じゃねぇのか」
俺は勢いよく拳を握りしめると、ただただ両者を睨みつけた。
そんな俺に何を思ったのか、未だ教室に落下した椅子の激しく軋む音が響く中、秋田壮介が俺の腕を掴んで来た。
それも、物凄い勢いで。
「いい加減にしろ!西山!一般生徒も居るんだぞ!」
「………秋田」
何でお前が焦るんだよ、秋田壮介。
一般生徒が居るからって。
生徒会がゴタついてんのを見られるからって。
「落ち着け、西山……!」
「………あぁ?」
これで生徒会に対する生徒の心証がどうなろうとさ。
別にお前が焦る事じゃねぇだろ。
風紀は生徒会が嫌いでたまらねぇんだろ。
「なぁ、秋田壮介」
「っな!」
俺は秋田壮介に掴まれた腕をそのまま勢いよく引っ張ると、ヤツの耳元に口をそっと近付けた。
そして、俺は呟く。
奴に……秋田壮介にだけ、聞こえるように。
「生徒会から正式に、風紀に対してステージ設置要員を要請する」
「西山……」
「これを、お前が、今後生徒会の存続如何にどう利用しても構わない。それが俺の……生徒会の意向だ。よろしく頼む」
「っ」
言い終わった瞬間、俺は秋田壮介の体を引きはがすと、そのまま奴から一歩離れた。
チラリと視界の端に映る秋田壮介の顔。
その、どこかショックを受けたような秋田壮介の表情に、俺はまたしてもおかしな気分になった。
だから、何でお前がそんな顔をするんだよ。
生徒会の明暗はずっと前からお前の手の中にあっただろうに。
お前は、生徒会を潰したかったのだろうに。
ほんとにお前は、変な奴だよ。
秋田壮介。
「……………」
俺は視界の端から秋田を消すと、一瞬。
ほんの瞬きの間、今も生徒会室で一人闘っている野伏間君を思い浮かべた。
『俺は、生徒会をなくしたくないんだ!』
野伏間君はしたい事をしていた。
思いを伝えてくれた。
共に走ってくれた。
俺も、やりたいように、好きなように走って来た。
行きたい場所には自分の足で駆けまわったし、言いたい事は思うがままに口にした。
だから。
「………なぁ、お前らさ。今ここで言いたい事があんならハッキリ言えよ!俺がどうのじゃねぇ。お前らの言いたい事したい事……いろいろあんだろ!?それをハッキリ言え!じゃなきゃ……」
俺は、俺を泣きそうな目で見つめてくる4つの視線に勢いよく言い放った。
「置いて行くぞ!このバカ共!」
その瞬間。
4つの視線に力が宿った。
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置いて行くぞ。
そう、彼が叫んだ時。
4人は共にあの頃の事を思い出した。
彼と共に走った、あの遠い日の事を。
『おい!皆ちゃんと来てるか!?』
そう言って、真っ暗闇の中を先陣切って走り抜ける彼の姿。
4人は彼の言葉を聞いて更にスピードを加速させる。
置いていかれぬように。
共に隣を走れるように。
あれは、確かに彼らの、彼ら自身の望んだ道だった。