第43話:*****

 

 

 

—————

早く、早く。

急がないと。

野伏間君が待ってる。

 

……でも。

 

 

俺は授業の始まった誰も居ない廊下を走りながら、キョロキョロと周りを見渡した。

 

最近、文化祭が近いと言うこともあり教室の前やら、廊下やらにそれぞれのクラスで使うであろう様々なものが積み上げられている。

 

こういう、イベント前のゴチャゴチャとした雑然とした雰囲気が俺は凄く好きだ。

 

別に文化祭じゃなくても、他のイベントもそうだ。

体育祭もクリスマスも正月だって。

それぞれのイベント前にはそれに相応した盛り上がりと雰囲気が出来上がる。

 

この状態が、今まさに文化祭のゴチャゴチャと高揚した雰囲気そのものを体現しているようで凄く良い。

 

「準備急がなきゃ間に合わないぞ」とか「ここはちょっと変えた方がいいんじゃない?」とか。

なんか焦りながらも、皆が楽しんで一つのものを作りあげて行く感じが、そのゴチャゴチャした雰囲気から感じられる。

 

そう言うのが、俺は好きだ。

ワクワクするし。

 

あぁ、本当に文化祭、楽しみだ。

他のクラスやサークル、部活は、一体どんな事をしてくるんだろう。

ほんとに、楽しみ。

 

 

俺は急がないと、なんていう先程までの気持ちが徐々に好奇心に消されて行くのを感じながら、ある教室の前に積み上げられた沢山の小道具に目を奪われていた。

 

そこには、積み上げられた大量のダンボールから、はみ出す様に飛び出した珍しい小道具の数々。

 

その中でも、俺が最も目を奪われ……

 

とうとう生徒会室へと向かう足を止めるに至ったものがあった。

 

 

それは、

 

 

「剣だーっ!スゲェ!これは光の聖剣……!エクスカリバー!選ばれし者にしか抜けない勇者の剣!」

 

 

俺はダンボールから柄の部分だけはみ出していた、リアルな剣の模造品を引きぬくと勢いよく何もない虚空に振り被ってみた。

 

ヤベェ、マジでこれは勇者気分も甚だしい。

これだったら魔王様である秋田壮介も倒せるかもしれない。

 

なんて、俺が興奮から思わず、剣を空中高く掲げた時。

 

 

ガラッ

 

 

「……お前、何やってんの」

 

「………いや、あの……悠氏先輩は……なぜここに……?」

 

「………見ろ」

 

 

そう、俺に冷めた眼差しを向けながら、悠氏先輩が顎で示した先には【演劇部】と書かれたプレート。

 

はい。

どうやらここは演劇部の部室の前だった模様です。

そうですね。

この小道具達みたらなんかすぐわかりますよね。

 

 

恥ずかしいっ。

 

 

俺は剣を天空に掲げたポーズのまま、俺をジッと、ただ冷めた目で見つめてくる悠氏先輩に耐えた。

しかし悠氏先輩の、まあるい大きな瞳はブレずに俺へと向けられ続ける。

 

 

「……っ」

 

「…………」

 

 

数秒間、俺達は見つめ合った。

しかし、次の瞬間、突然悠氏先輩が動いた。

天空に偽物の剣を掲げる滑稽な俺をシカトして、脇を通り過ぎる。

 

 

まさかの放置プレイですか、たまんねぇぜ。

 

なんて俺が羞恥に死にそうになっていた時。

 

悠氏先輩が俺の脇にある大きなダンボールから、なにやらガサガサと探し始めた。

 

そして。

 

 

「ロンギヌスの槍」

 

「がふっ!」

 

 

悠氏先輩はデカイ箱から何やら精巧に作られた槍を取り出すと、それを俺のわき腹に突き刺した。

しかも、ガスガス何度も突き刺してくる。

 

たまらんぜ。

 

たまらんぜ……!

 

 

「はい、お前はロンギヌスの槍に体を貫かれて還らぬ人となりました」

 

「ぐふっ、いだっ!いだっ!先輩!それ、けっこう、本気で痛い!」

 

「痛いのはお前の行動と思考回路だ」

 

 

言いながらもガスガス悠氏先輩の猛撃は止まない。

俺は勇者の剣で太刀打ちする事も出来ず、その後5分間、悠氏先輩のロンギヌスの槍の被害を受け続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

————–

 

「で、おい。バカ。お前は何で演劇部の部室に居るんだ?あ?」

 

「先輩、エクスカリバーで殴るの止めてください」

 

「仕方ねぇだろ。お前は本気でムカつくんだよ」

 

 

ロンギヌスの槍の攻撃が終わったと思ったら、今度はエクスカリバーかよ。

とまぁ、そんなノリで俺は演劇部の部室の前で悠氏先輩から、今度は剣で頭を叩かれている。

 

どいつもこいつも俺の頭を何だと思っているんだ……!

 

 

「あの、俺は……その生徒会室に帰る途中で……あの、先輩、授業は……?」

 

「本番で使う小道具の仕出しとチェックだ。俺は部長だから公欠扱い。つーわけで、ここにあるもんに勝手に触るな、殺すぞ」

 

「……うふふ、俺何度もロンギヌスの槍で刺されましたよね」

 

「後100回は刺し足りねぇんだよ!」

 

 

うわぁん。

何で悠氏先輩は俺に会うなりこんなに不機嫌なんだ。

もう目が怖い。

常に睨んでいらっしゃるんですけどもう怖い。

 

 

「お前のせいで太一様は熱が出た。お前のせいでー!」

 

「あうあ……それは……そうなんですよ……ね」

 

 

俺はやっと悠氏先輩が不機嫌な理由に辿りつき、なんとなく今の悠氏先輩の目に納得行った気がした。

はい、そうなんです。確かに野伏間君は俺のせいで熱が出て苦しみました。

実は今もまだ病み上がりの状態です。

 

なので一緒にステージ設置をすると言って聞かない野伏間君を説き伏せて、彼には生徒会の雑用とメイド服作りをしてもらっているのです。

 

 

「しかも、お前が太一様を生徒会室に監禁したせいで、俺が看病して差し上げることもできないし……」

 

「……監禁って……。だって、野伏間君の部屋、腐界みたくなってて病人を置ける状態じゃないんだもん……あれヤバいって」

 

「それでも……それでも、俺が看病して差し上げたかった。お前ばっかり……ほんとお前ばっかり太一様と一緒に居て……」

 

 

そう言って剣を握る悠氏先輩の手がフルフル震えるのを見て、俺はなんだかきゅうと気持ちが締め付けられるような気分になった。

確かに、好きな人が辛い時になにもしてあげられないというのは辛いものなのかもしれない。

 

 

「お前ばっかり……太一様の特別な所に居て……」

 

「……へ?」

 

 

何やら俯きながら、ぶつぶつ呟く悠氏先輩に俺は思わず先輩の顔を体を屈めて覗きこんだ。

 

すると。

その瞬間、勢いよく振り被った悠氏先輩の平手が、俺の顔面にものの見事にめりこんだ。

 

 

「ぐふっ……いだい……」

 

「これを……これを見ろ!」

 

「ふぇ……?」

 

 

俺は見ろと突き出された新聞の一面の切り抜きを、悠氏先輩から受け取った。

どうやら新聞部の記事を切り取ったものを生徒手帳に挟んでいたらしい。

俺は胸ポケットに生徒認証手帳をしまう悠氏先輩を横目に、手渡された記事に目をやった。

 

 

「これは……」

 

 

そこには俺と野伏間君が一緒にあいさつ運動をする姿が写されていた。

 

しかもよく見て見ると、これは丁度、野伏間君が風邪で倒れた日の朝のあいさつ運動の写真のようだ。

そこには、俺が野伏間君のほっぺたを挟んで温めて上げている姿が激写されていた。

 

まったく……、パパラッチ共め。

マジでこのアイドル扱いやめろって、照れるだろって。

 

 

「これが、どうかしたんですか?」

 

 

俺は悠氏先輩がこの記事を取り出してきた意図が読めず、俺は首をかしげてその記事の文面を読んでみた。

しかし、文面にはこれと言って良いほど大したことは書かれて居ない。

 

 

俺がどうしたものかと記事から顔を上げると。

そこには般若のような顔で俺を睨みつける悠氏先輩の顔があった。

 

 

「お前には……わかんないのかよ!?」

 

「へ……?」

 

「太一様の顔!よく見てみろ!」

 

 

言われて俺はもう一度写真の方へ目をやるが、そこには少しだけ顔の赤い野伏間君と、やはりカッコイイ容姿をした俺しか写っていない。

いや、別にこれはナルってるわけじゃない。

俺がカッコイイのは純然たる、事実!

 

 

そんな事を思っていると、俺はもう一度悠氏先輩からエクスガリバーで激しく頭を叩かれた。

 

え、もう何なんですか!

 

 

「……俺は、太一様のこんな顔見た事ない」

 

「……こんな、顔?熱のある顔?」

 

「違う!こんな……嬉しそうな顔だよ……!こんな、こんな顔で笑う太一様は俺は一度だって見た事がないのに……!何でこんなお前だけ特別、みたいな目で太一様はお前を見るんだよ!」

 

 

そう言って俺に向かってエクスガリバーを付きつける悠氏先輩は、般若みたいな恐ろしい表情の癖に、物凄く泣きそうな顔でもあった。

なんで、なんで悠氏先輩はこんなにも泣きそうなんだ。

 

え、どうしたんだ。

 

俺が状況について行けずに居ると、悠氏先輩は俺の手から写真の入った記事を乱暴に奪い取った。

 

 

「……と、ガキみたいにテメェに駄駄こねたって仕方ねぇ事は俺にだってわかってる」

 

「……えっと、先輩……?」

 

 

俺がショボンと肩を落とす悠氏先輩にどうしたものかとアタフタしていると、悠氏先輩は突然キリっとした表情で俺を見据えてきた。

その顔が、なんとなく今までの悠氏先輩とは違うように見えて。

それは、どこか悠氏先輩じゃないような。

別人のような。

 

そう、それは俺が初めて、先輩が演技をしているのを見た、あの時の感覚に似ていた。

 

 

「俺は……」

 

「………は、はい」

 

 

「『あの方の肩の荷や、役目や、心が……軽くなれば、といつも思う』」

 

「……………」

 

「『なにものにも囚われる事なく、自由に、生きて欲しい』」

 

 

先輩はいつもの先輩の声色とは異なった、少し高めの、女のような声だった。

そのまま流れるような動作で手に持っていた剣を俺の喉元に付き当てた。

 

それは、ニセモノだと分かっている筈なのに、悠氏先輩の動作が余りにも洗練されているせいで……俺は一瞬息を呑んだ。

 

 

「お前は、あの方の傍に居られる事を……」

 

「っ!」

 

 

「『光栄に思え』」

 

 

悠氏先輩はそう言うと、俺に突きつけていた剣をクルリと回し、そのまま、またもとあったダンボールへと突き立てた。

 

 

「………すっげー」

 

 

声、動作、雰囲気。

それら全てが、一瞬、そう、何だろう。

王女様のような華やかな気品であふれかえっていた。

 

今はもう普段の悠氏先輩の顔だが、さっきのまさしく、先輩が今度の文化祭で演じる役柄に違いなかった。

 

 

「俺は、もう卒業しちまう。太一様と最後まで一緒には居られない」

 

 

そう言って、どこか遠くを見つめる悠氏先輩は王女様を演じてはいなくても、やはりどこか凛としてカッコ良かった。

悠氏先輩はぱっと見は可愛い。

小さくて、目が大きくて、小顔で。

 

でも、ずっと見てると違う事に気付かされる。

 

悠氏先輩はカッコイイのだ。

漢気があって、強くて、大きくて。

 

 

先輩のカッコよさには“潔さ”がある。

 

 

「これが俺の残せる最後だ。この演目の全てに、俺は太一様に伝えたい全てを懸けた。だから、見て欲しい。太一様に、俺が残せるものを」

 

「……お、俺も!俺も見たい!」

 

 

 

俺は、俺の前に立つ小さくて大きな先輩を見ながら、思わず声を上げた。

 

だって、これは絶対に面白そう。

いや、面白そう、じゃない。

面白いんだ。

 

絶対。

 

 

「先輩!俺も、絶対に見いく!」

 

「っ……」

 

 

俺がそう、もう一度悠氏先輩に叫ぶと、悠氏先輩は一瞬驚いたように目を見開いた。

 

しかし、すぐに気品たっぷりに笑うと、王女様は俺に向かって言い放った。

 

 

 

「お前は別に来なくていい」

 

 

 

やはり、悠氏先輩は悠氏先輩だった。

 

 

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