第44話:城嶋祭

 

 

 

 

————–

第44話:城嶋祭

————–

 

 

鏡に映るのは、女装した男二人。

片方の男の名前は、野伏間太一。

 

 

そして、もう片方の男は。

 

この俺、

 

 

西山 秀だ。

 

 

 

 

 

「おお!ぴったり!ぴったり!まさに俺様の為に作られたような奥ゆかしい中にも刺激的な装いを含んだメイド服じゃねぇか!あははは!」

 

「そりゃあ、カイチョーの為に作られたメイド服だからね、ピッタリじゃなかったら困るよ……つか、これ……本気で……これで……」

 

「おいおい、野伏間?何、顔引き攣らせてんだよ!きゃー!野伏間君、足細い!ウエストも細い!うらやましい!」

 

「その無理ある女子ノリ……俺、無理なんだけど……」

 

 

俺は隣に立つ顔をひきつらせた野伏間に向かって勢いよく肩を組むと、そのまま目の前にある鏡に向かって勢いよくピースした。

鏡に映るのは、ハッキリ言って女装だとわかる女装の似合わない野郎二人。

 

そうそう、俺はこう言うのを目指してたんだ。

袴の裾に舞うヒラヒラしたレースも、淡いモノトーンを基調とした洋風に作られた女中袴の装いも、腰に大きくアクセントを放つリボンも。

 

どれもこれもが、全て俺達のゴツゴツした体には似合う筈もない代物だった。

しかし、それがまたいい。

まぁ、一つ残念なのは……袴故、絶対領域が作れなかった事か。

 

でも。

まぁ、面白い。

そして、ずっと見てると目が慣れてきて、可愛いと言えなくもない。

 

俺が鏡に映る自分と野伏間の姿に頷いていると、隣で大人しく肩を組まれていた野伏間が勢いよく俺に食ってかかってきた。

 

 

「つーか!これもう本気!?本気でこれで外出ろって!?接客しろって!?」

 

「野伏間ぁ、まだそんな事言ってんのか。いい加減腹くくれって」

 

「こんな格好して出てったら、写真部と新聞部の餌食じゃん!あー、やだ、やだ。親衛隊の子達に何て言われるか……ねぇ、カイチョーは恥ずかしくないわけ!?こんな格好で!」

 

 

カッと目を見を開いてそう問うてくる野伏間に、俺は鏡に向かってやっていた俺的メイドっぽいポーズの練習を止め、肩をすくめた。

 

そうだな。

恥ずかしいか、恥ずかしくないか。

どっちかと聞かれれば……

 

 

「恥ずかしいに決まってんだろうが!バカかテメェは!」

 

「っへ!?」

 

「男が……しかも、こんな絵にかいたようなイケメンの俺が、んなフリルたっぷりの女中袴が似合わねぇ事くらい百も承知なんだよ!恥ずかしくて憤死しそうだわ!」

 

 

鏡に映る、カチューシャ付きのツインテールに結われた頭を引っ提げ、ゴツゴツした体を隠しきれていない袴姿の滑稽なナリの男。

若干、メイクも施してみたものの、そんな物は焼け石に水だ。

逆に、ガチ過ぎて更に滑稽度を高めているようにも見えかねない。

 

そんなクソみたいな自分と野伏間を鏡越しに見つめながら、俺はニッと、出来るだけ楽しそうに笑ってやった。

俺だって、内心恥ずかしいっつーの。

 

 

「けどなぁ!今の俺は楽しすぎてヤベェ方が恥ずかしい気持ちよりデケェんだよ!楽しさと恥ずかしさが大なり小なりの関係で、楽しい方が勝っちゃってるわけ!周りの反応とか、想像するけで楽しいだろ?なぁ、野伏間もそう思うだろ?」

 

 

俺が、もう一度、野伏間の肩に腕をかけながらそう言うと、先程まで眉間に皺を寄せていた野伏間が鏡越しに俺を見て笑った。

 

 

「……カイチョーらしいねぇ。……ま、ここまで来たら俺もイヤイヤ言ってらんないか」

 

「そーだ、そーだ。いい加減ヤケクソでやってたら、意外に女装も楽しいもんだって。一緒に腹くくって出て行こうぜ?」

 

 

なぁ、野伏間?

そう、俺がもう一度、鏡に映る野伏間に問いかけた時。

 

今まで鏡越しに俺を見ていた野伏間が、突然、俺に直接目を向けてきた。

 

その目が、なんとも形容し難い色を含んでいた為、俺も思わず野伏間の方へと、直接向き直っていた。

 

 

「カイチョー、最近さ……ずっと、俺の事“野伏間君”なんて呼んでたのに……今日はどうしたの?何か……ちょっと、いつもと違くない?」

 

「……違うって?俺が?どう、違う?」

 

 

俺は思わずスッと目が細くなるのを止められなかった。

 

どこか、何かが引っかかっている野伏間の目、そして表情。

引っかかるその正体が掴めず、自然と眉間に皺の寄る野伏間に、俺は小さく笑った。

 

 

「や、違うっていうか……最近のカイチョーと……なんか雰囲気違うっていうか……なんていうか……戻った……っていうか……」

 

「戻った……か」

 

「あー、ごめん。俺もよくわかんないや。今の、忘れて」

 

 

そう、何も掴めなかったのか溜息と共に手放された思考。

俺はそんな彼の表情に口元に浮かんでいた笑みを、ハッキリと深く刻んだ。

 

 

「俺は……ずっと俺だったよ。野伏間君」

 

「っへ?」

 

 

瞬間的に漏れた息を呑むような声。

しかし、その声は突然響き渡った副委員長の声で消し去られた。

 

 

「おーい、そこの生徒会二人組!さっさと出て来てください!表で岡崎が一人泣きそうになりながら接客やってますよ!新垣とか平山さんにくっついてばっかで戦力外だし!」

 

「おう、ワリィ。副委員長。コイツが今更女装嫌とかグズってよぉ」

 

 

そう、エプロン姿で控室にやって来た副委員長に、俺は隣の野伏間をクイと親指で指差した。

そんな俺に、野伏間の表情は一瞬戸惑いの色に染められたが、それが声に出される事はなかった。

 

 

「もー、調理の方もいっぱいいっぱいなんです!早くしてください!」

 

 

その、明らかに焦りまくっている副委員長の様子に、俺は現在ホールに出ているメンバーを思い浮かべ、思わず苦笑してしまった。

 

副委員長の様子からいくと、どうも接客の具合は期待できそうにない。

陣太の焦りまくった接客と、店員の後を金魚のフンの如く付いて回る委員長の姿が目に浮かぶようだ。

 

ったく。アイツらしっかりしろよ。

 

 

「思ったより……女性客が多いです。なんか写真とってくる客も多いし……最近の女の需要はわかりませんよ」

 

「おお!いいな、いいな!女性ターゲットガッチリ捕えてんじゃねぇか!幸先いいんじゃねぇの?目指すは売上来客総合1位だからなぁ!」

 

 

俺が思わぬ朗報にテンションを上げていると、朗報を告げた同じ口から、今度は聞き捨てならない言葉が飛び出してきた。

 

 

「そんな事も言ってられませんよ。B組の客入り、話によると予想以上に伸びが早いです。執事喫茶……やっぱり、あれはわかりやすく女子にもウチの学校の奴らにも人気です。なんたって、接客やるのは生徒会と秋田ですからね」

 

「なぁにぃぃ!?B組のがA組より客入りがいいってか!?おい!ふざけんな!そんなの俺が許さねぇぞ!?」

 

「だから、会長は早くホールに……」

 

「おい!野伏間ぁ!」

 

 

そう、ホールをチラチラ見ながら俺に声をかけてくる副委員長の言葉を無視し、俺は隣に立つ野伏間の腕をガシリと掴んだ。

そんな俺の突然の行動に、野伏間は驚いたような表情で俺の方へと目をむけてくる。

 

俺は俺で、そんな野伏間の目を見ながらニッと笑ってやる。

 

 

「B組なんかに負けてたまるか!俺とおまえは校内宣伝班だ!客をバンバン呼びこむ!」

 

「って、ちょっ!カイチョー?」

 

 

俺は野伏間の腕を掴んだまま、勢いよく駆けだした。

副委員長の隣を駆け抜ける瞬間、副委員長が何やら喚いていたが、とりあえず俺は行かなければならない。

 

まずはA組のメイド喫茶の存在を、学校中に知らしめてやる!

 

 

控室を飛び出し、調理メンバーの後ろを駆け抜け、俺は接客にもたつく初心者メイド達に目をやった。

 

 

「へぇ」

 

 

デカイ体でビクビクしながら接客に臨む陣太。

そんな陣太の接客を「可愛い!」と言いながら構い倒す姉妹校のギャル共。

 

素早く動き回る店員の後をちょこちょこついて回る委員長。

そんな二人の様子を「萌える!」と叫びながら写真に収める姉妹校の腐女子共。

 

 

もちろん、その他のメイド達も各々慣れない姿で頑張っている。

その姿が笑いを呼び、にぎわう教室。

 

副委員長はあぁ言ってたが……まぁ、このぎこちなさは、俺らA組の強みだな。

うん、いいんじゃねぇか。

 

そう、思ったより活気付く教室の様子に、俺は自然と気持ちが高揚するのを感じた。

 

そうだよ、俺はこういうのを……期待してたんだよ。

 

俺はすっと胸の中の何かが満たされるのを感じると、野伏間の腕を掴んだまま、教室の入り口で、その手を上げた。

 

 

「西山と野伏間、これから校内宣伝に行ってまいりまーす!お嬢様もご主人様もゆっくりしってってね!あわよくば、お友達に宣伝なんかしちゃってくれたら、私うれしいなぁ!」

 

「……カイチョー」

 

 

俺の捻り出された高い声に表情を引き攣らせる野伏間。

 

それに対し、教室内の客は、調理班は、店員も委員長は、陣太は。

その全員が俺を見て目を丸くしていた。

 

そんな教室に、俺は入口のドアを開けながら、教室に向かって言い放つ。

 

 

「ぜってー!2年A組総合優勝すっからな!」

 

 

俺がそう叫ぶと、化粧のケバイギャルの一人が「頑張ってね!」とノリよく返事をしてきた。

 

あぁ、こう言うノリの良い女子は普段はきっついが、こういうイベントの時はマジで居てくれると助かる。

盛り上げ役にはもってこいの人材だからな。

 

まぁ……普段は、匂いも性格も……きっついんだけどな。

 

 

「おう!お嬢様、好きなだけ写真撮ってってな?ポーズ指定も可!じゃ、西山、野伏間行って参りまーす!」

 

 

俺は客とクラスメイト達の視線に見送られるように、野伏間の腕を引っ張って教室を出た。

出た瞬間、教室の中から悲鳴のような歓声が響き渡るのを、俺は背中で聞いた。

 

 

あぁ、この声。

気分いいなぁ。

他人を驚かして楽しませる醍醐味ここにあり、だな。

 

そう、しみじみと驚嘆の喜びに浸る俺に、今度は教室の外に居た生徒達が驚きの声を上げる。

中には黄色い悲鳴を上げながら、早速写真を撮って来るヤツらもいた。

 

俺の女装、どうよ!

俺はそう叫ばんばかりの勢いで、学校中を目指して走る。

楽しい、楽しい、楽しい。

 

俺は埋め尽くされる思考の中、腕を掴んでいる野伏間を振り返った。

 

 

「野伏間ぁ!文化祭、すっげー楽しいな!」

 

 

 

そう、振り返った俺の目には、同じく吹きだしたように笑う野伏間の姿が映った。

 

 

 

 

 

 

 

—————–

その頃、B組は。

 

 

 

 

「隣、騒がしいな……おい、五木、貴様見て来い。どうせ、お前らの会長が騒がしくしているんだろ。偵察してくるんだな」

 

「はぁ、何で俺がそんな事をしなければならないんです。気になるのなら自分でいけばいいでしょうに。秋田」

 

 

そう、小声で行われる二人の執事の会話。

その会話と共に二人の間に流れる雰囲気は決して良いものではなかった。

しかし、その様子が、二人に熱い視線を向ける男と女に黄色い悲鳴を上げさせた。

 

その悲鳴に、両者共に眉を潜めそうになるのを必死に抑え、互いに平静を保っている。

 

 

「お前らの会長が何かをやらかすと、俺達風紀が迷惑を被るんだ。生徒会の仕事の一環として何が起こってるのか把握するのは、当然の義務だろう。わかったら俺に報告しろ」

 

「だから、気になるなら自分で行けばいいでしょうが。あぁ……こんな仕事頬り出して、静の可愛らしいメイド姿でも見に行きたいものです」

 

「貴様、まだあのうるさい1年に熱を上げているのか。くだらない」

 

「下らないとは何です。秋田こそ、いちいち秀が気になるのなら自分で行けばいいでしょう。人を使わせるなんて回りくどいんですよ」

 

「……貴様、それではまるで俺が西山を気にしているようではないか。不愉快だ。訂正しろ」

 

「それなら静の事も訂正しないさい。不愉快を通り越して殺意を覚えます」

 

「貴様」

 

「秋田」

 

 

ピリ。

そう、瞬時に走った二人の間の視線と言う名の殺意の交差。

しかし、そんな様子を吹き飛ばす一声が、教室に響き渡った。

 

 

「あのー!注文いいですかー!」

 

 

「「はい、すぐに参ります。お嬢様」」

 

 

 

B組の客の入りも……まずまずである。

 

 

 

 

 

タイトルとURLをコピーしました