第44話:*****

 

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その頃、A組は。

 

 

 

「まったく……会長には困ったものだ」

 

「困ってるのは俺もです!委員長さんも、ちゃんと自分で考えて動いてください!俺の後ばっかりついて来てても仕方ないでしょう!」

 

 

電光石火の如く教室を出て行った西山と野伏間の後に残された教室。

そこでは、コンビニ店員こと、平山哲氏が自分の背後から一向に離れようとしない、学級委員長こと、新垣真に向かって溜息をついた。

 

店を開店したと同時に、新垣はずっと哲氏の後をついてくるばかりで、個人で動こうとしなかった。

ちょこちょこと哲氏の後をついてくる。

 

最初はそれでも良かったが、こうも客が増え、手が回らない状態になると、そんな事も言っていられない。

 

 

「俺……まだ接客に自信なくて、哲氏のやり方を直に見て自分の接客に取り込もうと思ってるんです……」

 

「ちゃんと接客のマニュアルも作ったし、練習もしたでしょう!もう、そんな事ばっかり言ってたら、他のお客さんに迷惑です!ワガママばっかり言って!見損ないましたよ!委員長さん!」

 

「っ!いつになったら哲氏は俺の事名前で呼んでくれるんですか!?俺、悲しいです!」

 

 

そう言って、客の前でも堂々と抱きついてきた新垣に、哲氏は頭がクラクラするのを感じた。

人前で、接客中に、あぁ頭が痛いにも程がある。

 

なのに、自分の意識とは反対に顔がどんどん熱くなっていくのが、哲氏自身どうも悔しかった。

 

 

「今はそんな話じゃないでしょうが!」

 

「あぁ、哲氏。赤くなって……可愛いなぁ」

 

 

背後から抱きつかれたまま蕩けるように囁かれた言葉に、哲氏の体温は更に上昇する。

 

しかも周りの女性客や、学園の生徒も「きゃー、きゃー」と楽しげな悲鳴を上げてくるし。

中には写真まで撮って来る客が居るのだから、哲氏はもうどうにかなってしまいそうである。

 

 

「おおおお、お客様に迷惑です!委員長さん!離れてください!」

 

「何を言ってるんですか、哲氏!お嬢様も旦那様も皆さまご満足ですよ!というか、俺は名前を哲氏が呼んでくれるまで離れないと今決めた!」

 

「えぇぇ!?勝手に決めないで!」

 

 

突然始まった女装男子同士のイチャつき。

そんな二人に、A組に来ていた客は笑いながらカメラを向けたり、二人を冷やかしたりする。

 

周りの女装メイド達は、動かなくなった2人の分まで働く羽目になり、バタバタと騒がしかった教室はさらなる喧騒に包まれた

 

 

その時だった。

 

 

ガラリと開いたA組の扉。

新しい客の来店に、店内のメイド達は堰を切ったように一斉に声を上げた。

それは、教室の真ん中でイチャつきパフォーマンスを行っていた二人も同様で。

 

これぞ日ごろの練習の成果と言えるものだろうか。

 

A組に、メイド達の野太い声が響き渡った。

 

 

「「「「いらっしゃいませ、ご主人様!」」」」

 

 

「………お、おう……スゲ……」

 

 

そう、入口で女装メイド達に出迎えられた、一人の男は一斉に向けられた男からの高い歓迎の言葉に、口角を引き攣らせた。

しかし、その表情もある一人のメイドを見た瞬間、固かった表情を一気に緩ませることになる。

 

 

「哲氏……」

 

「あ、了さん……」

 

「りょう、さん……?」

 

 

やって来た客の顔に、ピシリと顔を引き攣らせる哲氏。

そして、哲氏の言葉に眉間と耳をピクリと動かす新垣。

 

そして……

 

 

 

「っぶ!あはははははははは!何!何そのカッコ!今時の男子高校生ヤベェ、何もかもが本気過ぎてヤベェ!あはははははは!ご主人様って!メイド袴って!」

 

 

A組に一人の男の大爆笑が、高らかに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その頃、学園のどこかの廊下では。

 

 

 

「すみません。少し到着が早くなってしまいました」

 

 

そう、いつものピシリとしたスーツではなく、少しばかり華やかな服を身にまとった蓮見に、三木久は表情柔らかに出迎えた。

 

 

「いやぁ、こんなに早くキミが来てくれて嬉しいよ」

 

「仕事ですからね。定例会の開催場所はどこになさる気ですか。見たところ、どの教室も一切空きがないように見えますが」

 

 

三木久の笑顔の出迎えも虚しく、蓮見は文化祭で賑わう校舎をキョロキョロと見渡す。

服装とは相反して、蓮見の目はハッキリと「仕事」のみを見据えている。

服装がいつもより華やかなのは、文化祭終了後、城嶋学園の生徒に合併の発表をする為であろう。

 

わかってはいたものの、予想以上にガードの固い蓮見に、三木久は苦笑しながら蓮見の隣に自らの位置を位置づけた。

 

 

「あぁ、場所なら大丈夫ですよ。理事長室の隣は壁を撤去すれば、簡易会議室になる仕組みになっていますから」

 

「そうですか。安心しました」

 

「それより、せっかく早く着いたんだ。私の部屋でお茶していきませんか」

 

 

そう、サラリとお茶の誘いを繰り出してきた三木久に、蓮見はハッと鼻で一蹴すると、親しみの一切込められていない笑みで三木久を見つめた。

 

 

「貴方の部屋でお茶するくらいなら、今、そちらの生徒さんが出展されているお店に入りたいですね。せっかくですから」

 

「……あ、そうですか」

 

 

そう、ニコリと部屋への誘いを蹴散らされた三木久は、それでもめげない。

 

このくらいの言葉は蓮見においては日常茶飯事。

これしきの事で落ち込んでいては、蓮見に結婚の申し出など出来る筈もないのだ。

 

 

「あはは、それなら、どこに行きましょうか。どこも生徒達の自慢のお店でしょうからね。パンフレットでも見てみましょうか」

 

「………」

 

 

隣で本当に学園祭のパンフレットを広げ始めた三木久に、蓮見はハァと深い溜息をついた。

まさか、ここで本気でお茶する場所を探し始めるとは。

ただ、お茶を断るのに、皮肉を織り交ぜてみただけだったのに。

 

 

「………はぁ」

 

しかし、自分から言いだした手前、三木久の申し出を断るのは……そこまでするのは気が引けるし、さすがに大人げない気もする。

 

パンフレットを広げ、あーだこーだと話し始めた三木久を横目に、蓮見はふと顔を上げた。

そして、その視線は自然と、目の前に走るT字路の廊下を捕える。

 

 

「…………?」

 

 

何か、足音が聞こえてきたような気がする。

しかも、徐々に近づくにつれて、楽し気な声も聞こえてくるようだった。

 

蓮見は、文化祭の喧騒の中、ハッキリと聞こえてきたその足音に、小さく胸がざわつくのを感じた、

 

次の瞬間。

 

 

 

「2年A組超解禁!いらっしゃいませご主人様!お嬢様!」

 

「男だらけのメイド喫茶!」

 

「……っ」

 

 

 

と、一瞬のうちに目の前の廊下を走り去って行った二人の……袴姿のメイド二人。

 

遠のく足音と、二人の生徒の声。

 

その余りにも突然かつ、訳の分からない二人組に、蓮見は固まるより他なかった。

隣で喫茶店を探していた三木久も同様のようで、パンフレットを広げたまま、ポカンと二人組の走り去った廊下を見つめている。

 

 

「…………ぁ」

 

 

だが、二人組の去った廊下では、二人を目撃した生徒が驚きの声を上げ、興奮した面持ちで、二人の駆け抜けた後を見つめていた。

 

そんな盛り上がる廊下の一角で、蓮見はやっと吸い込んでいた息を吐きだした。

 

 

「……あれは……」

 

 

あれは、何だ。

ただ、その単純な問いのみが頭の中を駆け巡るが、蓮見はなんとなく、あの女装した二人組の暴走が意外にも蓮見の心を躍らせているのに気づいた。

 

 

「……あれは、西山君と……野伏間君、だったかな。生徒会の二人が一体何を……」

 

「へぇ、城嶋学園では、あんな子達が生徒会をしているんですね」

 

 

三木久の声に答えるように呟かれた蓮見の言葉。

その言葉に、三木久は慌てたような顔で、蓮見に言葉を添える。

 

 

「いや!普段はあんな事をする子達じゃないんですよ!うちの生徒会は毎年優秀で……ただ、文化祭で浮かれてるだけだと……!」

 

 

自分が女装しているわけではないのに、何故か口を開く自らが恥ずかしく思えて、三木久はガクリと項垂れた。

蓮見は黙ったまま、廊下を見つめている。

どうも、蓮見の前ではどんなに恰好をつけようとしても上手くいかない。

 

そう、三木久が溜息を吐いた時だった。

 

 

「っふふ。面白い生徒会で、いいじゃないですか。私、さっきの彼らがしているメイド喫茶に行ってみたいです」

 

「っ!?っほ、本当ですか!?それなら、行きましょう!まだ定例会には時間がありますから!」

 

 

蓮見が、笑った。

三木久は、初めて見る蓮見の、何の悪意もない純粋な笑顔に気分を上昇させると、勢いよくパンフレットたたみこんだ。

まさか、蓮見が、あんな高校生男子の見せる若気の至りのような女装に笑いを洩らすなど思ってもみなかった。

 

蓮見ならば、きっと鼻で笑って蹴散らすだろうと思っていたのに。

 

 

「神埼理事長、こっちです」

 

「っふふ、男の子は……やっぱりバカですね」

 

 

バカと言われてもいい。

ただ、三木久は目の前で笑う蓮見の笑顔が、できるだけ長続きするように、本当にそれだけを、心から祈った。

 

 

 

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