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学校中に、可愛さを振りまくっつーのも、大概骨が折れる。
マジで、色々折れてった気がすんなぁ。
主に……
心とか、プライドって奴が。
いや、マジで……!
「はっ、……っはぁ、はぁ……ちょっと、休憩……やっば……マジで、息が……」
俺は誰も居ない階段へと腰を下ろすと、汗の滴る額を、着物の裾で拭った。
どうにも袴っつーのは、動きにくい上に体が締め付けられて息がしにくい。
息を整えながら、俺の隣で同様に膝に手をついて息を整える野伏間。
俺は横目に野伏間の様子チラリと見ると、はぁと大きく息を吐くと勢いよく天井を仰ぎ見た。
「野伏間ぁ、まだ恥ずかしいかぁ。女装」
「……っんなわけないじゃん。ショック療法もいいとこ、だよ」
そう、笑いながら俺の隣に腰掛けてきた野伏間に、俺は11月というのに、止まらない汗をゴシゴシの拭う。
帯の部分が特に暑いが、どうしようもない。
「カイチョー……さっき、途中で理事長みたいな人、居なかったー?」
「理事長……?居たかぁ?そんなん」
「居たよー。あれ絶対理事長だって。隣には女の人居たし。俺達、後から怒られるんじゃない?お客さんの前でみっともないって」
そう言ってやっと息が落ち着いたのか野伏間は、天井をぼんやり見ていた俺へと顔を向けた。
視界の端で、野伏間が楽しそうに笑っている。
あぁ、なんつーか。
いいもんだなぁ。
なんて、俺は視界の端で俺をジッと見てくる野伏間に思った。
「怒られたっていいんだよ。面白かったんだからさ」
「ほんと、もう……カイチョーは昔から全然変わらないなぁ」
「そう言うお前はどうなんだよ、野伏間。お前は……怒られんの、嫌いだろ?どうすんだよ」
俺がそう、挑むように聞いてやれば、一瞬、野伏間の目が薄く細められた。
そして、そのまま野伏間は肩を震わせて。
また笑った。
「カイチョーと一緒に怒られるのなんて、もう慣れっこだよ。平気」
「そっか、そうだよな」
ずっと、
ずっと、一緒だったもんな。
幼等部の頃から。
野伏間とは、本当に長い時間を共に過ごしてきた。
だからだろうな。
「野伏間君が、倒れた時は。本当に、寂しかった……」
「へ?何、何か言った?」
俺は小さく呟いた一人ごとに、野伏間が首をかしげるのを見ると、勢いよく階段から立ち上がった。
そんな俺を座ったまま見上げてくる野伏間。
あーぁ。
うっさいのが来たし、俺はさっさか教室で接客にでも戻ってやるか。
「………いらっしゃいませ、お姫様」
「……?」
そう、俺が階段の上をチラリと見上げると……そこには。
ドレスに身を包んだ、お姫様が、居た。
同時に、俺の視線に合わせ、野伏間も自分の背後に連なる階段の山を見上げた。
「っ太一様!」
「っは、っへ!?なに……もしかして、先輩!?」
余りにも突然現れた、しかも全身ドレスに身を包んだ美少女に、野伏間は一瞬相手が誰だかわからなかったようだ。
しかし、いつもの、あの口から出される、野伏間を呼ぶ時のみ出される声は全く変わらなかった。
この猫かぶりめ。
「っはぁ、っはぁ!太一様!やっと見つけた!もうすぐ、俺達の舞台がっ……はぁ、始まるんです!」
「あ、そう言えば……」
「あの、だから、俺っ、俺っ、どうしても太一様に見て欲しくて……!」
「っうあ……」
そう、必死に野伏間に向かって駆けてくる悠氏先輩に、野伏間は戸惑ったように一歩後ろへ下がった。
見た目って重要だよなぁ。
普段と違うカッコされると……戸惑うわ。
しかし、その背後に下がって来たその背中を俺は勢いよく押し返してやる。
ついでに野伏間に小さな声で耳打った。
「行ってきなよ、野伏間君。終わったら、俺と店番交代な?」
「っ!」
そのお姫様は、お前に伝えたい事があるようだしな。
俺は一瞬、俺を食い入るように振り返ってきた野伏間に手を振ると、小走りでその場を駆けだした。
すると、背後から悠氏先輩の不機嫌そうな声が俺に向かって放たれた。
「おっ、お前も、一緒に、見てけばいいじゃねぇか!」
「ははっ!何だよこないだは見にくんなっつった癖に!別にいいよ!俺はあとからDVDで見っから!」
お姫様から向けられる不機嫌そうな声、そして目。
でも、その目はやはり、どこか男らしかった。
嫌いな俺なんかを、自分の舞台に呼んでくれるくらい、彼はやはり男らしい。
「悠氏先輩!がんばれ!」
「………お前もな!」
「おう!総合優勝目指すぜ!」
お姫様から激励されたんだから、勝たなきゃな。
俺はなんだか嬉しくなって、ニシシと笑うと、俺は二人に手を振った。
そうしたら、今度は野伏間が何故か焦ったような表情で俺に向かって叫んできた。
「カイチョー!終わったら、すぐ戻るから!だから……、だから!」
「おう!教室で待ってっから!」
俺は拳を上げて返事をすると、そのまま二人から急いで離れて行った。
好意は、返す義務はないが受け止める義務がある。
野伏間は、あの、潔い彼の想いを受け止めなければならない。
その場に、俺は不要だ。
でも、まぁ……。
「さみしーなぁ!やっぱ!」
隣から居なくなった相棒に、心に小さな寂しさを覚えると、俺は人の声のする方へと走った。