第44話:*****

 

 

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早く帰ってクラスの接客手伝わないといけねぇなぁとか。

 

宣伝したし、少しは客も増えてんじゃねぇかなぁとか。

 

今頃、野伏間は悠氏先輩の劇を見てんのかなぁ

 

……しかも、あの女装のまんまじゃ多分スゲェ目立って恥ずかしいだろうなぁとか。

 

 

まぁ、そうやって俺も色々考えてるわけだけれども。

とりあえず、俺は早く教室に戻って接客をやらねばならないのだが。

 

まぁ。

 

どうしても、俺は面白そうな方に流れちまう習性があるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、すっげー人集まってんなぁ!ビフォーアフター企画大成功じゃねぇか!」

 

 

 

俺は校舎の中央入口の前に、ガヤガヤと集まる人ごみをかき分け観客の一番前まで躍り出た。

まぁ、かきわけたと言うより周りの観客が俺を見て勝手に道を開けてくれたのだが……。

 

もう、この女装……冗談抜きで俺の心を鋼にしやがるぜ。

 

 

「おー、佐藤先生すっきりしたなー!柳場、お前髪真っ黒になってんじゃん!双子!お前ら今どっちがどっちだ!?」

 

俺は美容部の連中に大胆に髪をカットされている4人を前に目を輝かせた。

いや、これは……予想以上に……

 

スゲェ企画になっている。

 

 

 

「ええ。丁度、髪を切ろうと思っていたので、本当に助かりました」

 

「畜生……こないだ染めなおしたばっかなのに……」

 

「うぎゃー!何で俺だけこんなに髪切られてるの!?友樹も切られてるんだよね!?そうだよね!?」

 

「友也、落ち着いて!髪はまた伸びるから!」

 

 

そう、四者四様に様々な反応を返してくる四人の座らされた横には、カット前の写真が立てかけられていた。

まぁ、切っただけにも関わらず、4人とも大分印象が変わったように見える。

 

だが、4人は互いの姿は見えないように間仕切りがなされていた。

更に言うならば、鏡もなにもないそこでは皆、己の姿すらどうなっているのか確認する術もない状態だ。

互いの姿も、自分の姿も完成までは秘密と言うことだろう。

 

俺は、なかなかに面白い企画のアレンジに満足すると、一番右端で髪を切りそろえられながら眉をしかめる柳場の前に行ってみた。

 

 

「へぇ、柳場センセーだいぶ変わったなぁ。もうドンペリとか言えねぇわー」

 

「うっせ!つか、どうなってんのか俺はわかんねーんだよ!西山!どうなってんのか詳しく教えろ!」

 

 

そう、憎々しげに俺を睨みつけてくる柳場のとは裏腹に、ヤツの耳は羞恥からか真っ赤に染まっていた。

どうなっているのか知らされていないものの、自分らしからぬ髪型にされているのは理解しているらしい。

「言え!」とは言われたが……。

 

チラリと視線を外すと、柳場の髪を切っている美容部のヤツから「しーっ」と人差し指を口の前に立てられてしまった。

 

まぁ、そうだわな。

 

 

「あー、まぁ。スゲェかっこよくなってるよ!センセ」

 

「畜生!全部!全部お前のせいだからな!?」

 

「あははー。いいじゃんか。似合ってるって!あははー」

 

「ムカツク!んなキショイ女装姿のお前にフォローなんか言われたくねぇんだよ!?」

 

「あ゛ぁ!?キショイ事くらいわかってんだよ!キショイのが売りなんだよ!バァカ!」

 

 

そんな下らない言い争いに発展した俺達を、見物人も美容部もクスクス笑いながら見ていた。

柳場の前列を陣取っている小せぇ男の集団は、多分、柳場のファンの奴らだろう。

皆、笑いながらも少しも目を離すまいと柳場の変化の動向を見守っている。

 

確かに、以前のコイツはあのルックスから一部の生徒からは絶大な人気を誇っていた。

 

だが、今はどうだ。

 

教師あるまじき明るい茶髪だった柳場の髪は、現段階で真っ黒に染めなおされていた。

しかも肩まであった髪もバッサリと切られている。

それだけで、以前よりグッと誠実そうに見えるのだから、人は見た目が9割っつーのはあながち間違っていないのかもしれない。

 

 

「柳場先生、そんなに変わってるんですか。私も楽しみです」

 

「いや、佐藤先生も大分変ってるぜ」

 

 

そう、いつものニコニコ落ち着いた笑みを浮かべている佐藤先生も、以前と比べるなら相当変わっていた。

それはもう、かなり。

 

俺は柳場の隣で髪を整えられている佐藤先生の方を覗いてみる。

 

 

「へぇ。気になるなぁ。でも、これは最後まで自分の姿、見ちゃいけないんですよね?」

 

「らしいな。ま、先生も似合ってるって。新しいファンとか出来んじゃねぇの?メガネもねぇし」

 

「えぇ、今日はコンタクトにしてくれと言われたので……。そう言う西山君こそ、その格好凄く似合っていますよ。かわいいです」

 

「やめろ!この格好は褒められる対象じゃねぇんだよ!?マジで!」

 

「照れなくてもいいじゃないですか。本当の事なんですから」

 

 

そう、いつもの調子で優しく声をかけてくる佐藤先生だが、それは今の髪型の状態からすると、かなり軽薄そうに見えてならなかった。

つーか、この女装は褒められるとかなり痛々しい気分になるからマジで止めて欲しい。

 

 

「いや、マジで……先生と違って、俺ギャグテイストなんで……マジで……」

 

「そんな事ありませんって。でも私もこんなの沢山の人の前で髪を切られるのは初めてで緊張します。本当に、どうなっているのか気になります」

 

「いや、先生は似合ってるから、心配すんなよ」

 

 

そう、改めて先生を見て言った言葉は、ウソでもなんでもない。

本当の事だ。

 

真っ黒で、しかも髪で遊ぶことなく真面目なメガネ姿の教師像を守っていた佐藤先生。

 

しかし、今はその姿は見る影もない。

 

アッシュオレンジで染め上げられた髪色。

ショートボブでなおかつ軽くパーマをかけられた髪型。

その二つのせいで、佐藤先生は今や、全体的に軽い雰囲気が漂っていた。

 

こうして見てみると、あんなにしっかり“大人”な雰囲気を漂わせていた佐藤先生も、素顔は童顔だったのかと思い知らされてしまった。

 

本格的に柳場と佐藤先生のポジションが入れ替わっていて変な感覚だ。

 

 

「スッゲェなぁ」

 

そう、俺が間仕切り越しに並ぶ二人の教師にうんうん頷いた時だった。

 

 

「あははは!会長、何そのカッコ!」

 

「え、なになに?会長そんなに面白い格好してんの!?壁で見えない!コッチも来て!」

 

「へーいへい。どりあえず、どっちがどっち」

 

 

俺は間仕切りごしに来い来いとうるさい双子の前へと足を向けると、こっちに来いと言っていた方が俺の姿を見た途端大爆笑してきた。

多少、いや、かなりイラっとくるが佐藤先生のように褒め倒されるよりかなりマシなのでよしとする。

 

とりあえず、どっちがどっちだハッキリしろ。

 

 

「カイチョー、まだ俺達の事見わけついてないの?これ、髪型とか衣装とか変えて見分けつくようにしてる企画だよね?」

 

「うっせー!俺はお前らが見た目で見わけがつかないんじゃなくて、どっちがどっちの名前かが覚えきれねぇだけなんだよ!見た目なんか、お前ら行動全然違うからすぐに見分けつくんだよ!?バカ!」

 

 

そう、俺が何やらワイルドな雰囲気に変わり果てた方に言うと、そいつは何故か大きく見開かれた目で俺を見ていた。

隣では、未だに俺の恰好に大爆笑しているごっそり髪を切られた双子のもう一方。

クソ、マジで一発殴りてぇぞ、コイツ。

 

 

「で、どっちがどっちだっけって聞いてんだよ!」

 

「……あ、俺が友樹。笑ってる方が友也」

 

「あー、はいはい。わかった。いつも面倒見てるから兄っぽく見えるわりに実は弟って奴がお前か、友樹。覚えた」

 

「……もう、忘れないでよね、会長」

 

「ま、多分また忘れるだろうから、その都度お前が訂正しろ……っつーか!」

 

「あはははは!会長!その女装似合わなーい!おもしろーい!あははは!ねぇ!友樹!不審者だよね!?どう見ても会長不審者だよね!?」

 

「ぶっ殺すぞ!友也!」

 

 

俺は指を差しながらガチで大爆笑してくる友也を睨みつけたが、それは全く友也には効果がないようだった。

むしろ、更に笑いが増したようでカットをしている美容部に「動かないでー」と窘められている。

 

その間も、友樹の方は何か考え込んだような目で俺の方を見ていた。

 

 

「おい、友樹。兄貴を止めろ。うっさくて仕方ねぇ」

 

「いいじゃん、さっきまで髪切られるのあんなに嫌がってたんだから。友也が笑ってるなら、それでいいしー」

 

「ったく……。ブラコンめ」

 

 

そう言ってチラリと見た友樹は、以前より大分大人っぽく……いや、男らしくなっているようだった。

以前までは、友也と同じ髪型に合わせていたのか、栗色のフワフワのパーマで全体的に甘く子供っぽい雰囲気が漂っていた。

 

しかし、今はそのフワフワの髪はなくなり、サイドは短めに切られ、元のクセを利用した、かなりシックな髪形にされている。

髪色も黒に染めなおされており、正直……俺よりも年上に見えかねない。

 

なんつーか、悔しい。

スゲェ悔しい。

まぁ、俺の悔しさは置いておいて。

これでは今後、本格的に友樹の兄説が有力になってくるのではなかろうか。

 

 

「お前、今の方がスゲェ似合ってんぞ。お前は可愛い系目指すより断然ソッチだと思うぜ?」

 

「……ほんと?似合ってる?」

 

「あぁ、俺には劣るが男前だ。自信もて」

 

「会長は可愛い系は似合わないよねぇ」

 

「だーかぁら!これはギャグテイストなんだっつの!」

 

「ねぇ!ねぇ!会長!俺と友樹、今同じ髪型!?」

 

 

俺が友樹を怒鳴りつけていると、今度は笑いから覚めた友也が身を乗り出す様に俺へと尋ねてきた。

 

ったく、コイツは、行動の全てがガキっぽい。

わかってはいたが、コイツらが同じ服着て同じ髪型で、同じような行動をするのは、全て友也が原因なのだろう。

 

そうでなければ、こうも必死に双子が“違う”容姿になって行く事を気にしたりしない。

 

 

「ねぇ、カイチョー?俺も友樹みたいにカッコ良くなってる?同じ?」

 

「あー……そうだなぁ」

 

 

俺はいつの間にか心配そうな表情で俺を見ている友樹を一瞥すると、「どう?同じ?」と期待の眼差しを向ける友也に向き直った。

 

 

「全然ちげぇ。全く同じじゃねぇ、お前らぱっと見双子に見えねぇよ」

 

「え、え……い、いやだ!俺も友樹と同じがいい!同じにして!」

 

 

そう言うや、泣きそうな顔で嫌だ嫌だと暴れ出す友也に、髪を切っていた美容部が慌てて友也をなだめ始めた。

若干、俺の方を迷惑そうな目で見てくるが、これは今言っとくべき事だったんじゃねぇかと俺は思う。

 

どうせ、最後は悠木先輩達の作った服着てファッションショーをするのだから、今ここで言っておかないと、結局はファッションショー直前にくずる事になる。

そうなれば、きっとファッションショーどころではなかっただろう。

 

それでは悠木先輩達のせっかくの晴れ舞台がダメになりかねない。

それに、この双子も、いつまでもこうして二人では居られない事を、そろそろ……理解するべきだ。

 

 

俺はカット内立ち入り禁止区域の線を優に超えて前に出ると、とりあえず反発が起きないように「生徒会でーす」と一言添えておいた。

別に生徒会だから何でも許されるわけじゃねぇが……まぁ、こう言っとけばだいたいの人間は黙ってくれる。

 

 

「おーい、友也。お前、何泣きそうになってんだ?」

 

「うっさい!俺も友樹と同じにしろよ!」

 

「あー……お前、友樹の髪型にしても絶対似合わねぇと思うぜ?」

 

「……うっさい、うっさい……今までずっと一緒の髪型だったのに、こんなので別々になったら嫌だ!」

 

 

そう言って、俺が何を言ってもぐずるのを止めない友也に、隣の友樹も表情を暗くしていた。

友樹の方は……多分だが、内心そろそろ別々になってもいいと思っているのかもしれない。

 

もともと、同じである事に友樹自体はこだわってはいないようだから。

 

 

「いやだ!同じにするって言ったくせに!ウソついた!」

 

「おい……友也いい加減にしろ。お兄ちゃんだろ」

 

「うっさい!うっさい!」

 

 

俺はワンワン泣き始めた友也を前に、溜息をつくと、勢いよく手を上げた。

すると、友也は殴られると思ったのか目をギュッと瞑り、肩をすくめてくる。

 

まぁ、俺は別に、

 

 

「おー、ジョリジョリじゃねぇか。すっげー気持ちいい」

 

 

殴りたかったわけじゃねぇんだけどな。

 

「……っあ、れ?」

 

 

俺は恐る恐る目を開け、目を瞬かせる友也に向かって笑いかけると、短くなった頭をジョリジョリと撫でてやった。

うん、これぞまさしく野球小僧カット。

 

 

「友也―。お前、この中で一番似合ってんぞ?」

 

「……う、うそだ」

 

「うそじゃねぇよ。お前、小学生の時ちょっとだけ野球してただろ?あん時の事思い出すわ。すっげー可愛い」

 

 

友也はこの4人の中で最も単純な髪形だった。

そう、坊主だ。

 

これは、5分刈りと言ったところだろう。

 

しかし、これがまた何故か友也にはスゲェ合っているから面白い。

友也から髪と言う顔周りの主な装飾品を奪う。

 

すると、クリクリした目が際立って何故だか頭をで回したくなるくらい可愛く写るのだ。

これは、無駄に髪をどうこういじるよりも効果的な可愛さの見せ方かもしれない。

 

「ヤベェ、マジで可愛い。お前めっちゃ可愛いぞ!友也!」

 

 

そう、俺が可愛い可愛いと頭を撫でまわしていると、いつの間にか泣いていた友也の顔が、照れたように頬を染めていた。

うん、これはマジで弟にして一緒にキャッチボールとかしてぇわ。

 

 

「友樹―!友也、俺の弟に欲しいわ。くれー。一緒にキャッチボールしたいわー」

 

「っだ、だめ!友也は俺のお兄さんなんだ!」

 

「だから、俺は友也の兄貴になってやるって。二人まとめて弟にしてやるっつーの」

 

「っな、何だよそれ!別にいーし!」

 

 

そう、余りにも本気の形相で叫んでくる友樹に俺はやっと友也の頭から手を離した。

その頃にはすっかり友也の目から涙は消えていた。

 

 

「友也!お前も自信持てよ!すっげー似合ってる!俺が保証してやる!」

 

「……ほんと?友樹と違っても俺、似合ってる?」

 

「バカか!友樹はお前の鏡じゃねぇんだ!友樹じゃなくて、まずはしっかり自分を見ろ!」

 

「っ!」

 

 

俺がそう叫んだ瞬間、友也の大きく見開かれた目に俺の姿がハッキリと映った。

 

 

黒く、そして大きな瞳。

そこに映るのは……確かに……俺、だった。

 

俺は、その事実に何故だか笑えてくると、こぼれ落ちそうな目で俺を見上げてくる友也の頭を、最後にもう一度撫でてやった。

 

 

「友也も友樹も、二人ともスッゲー似合ってる!さすが、うちの自慢の生徒会だ!」

 

 

そう、笑った俺に、友樹と友也は互いが見えないにも関わらず、二人共……

 

 

同じような顔をして笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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