————
いいか?
あのバカの提案した女装喫茶じゃ、売上なんてたかが知れてる。
出店みてぇに商品渡して、はいサヨナラみたいな出しモノの方が、基本欄客人数も売り上げも有利なんだ。なのに、あのバカがどうしても女装喫茶店がいいなんて言うから……
あのバカの尻拭いは、ぜってー俺達でやってやろうぜ。
わかったか?
目指すは総合優勝だ。
じゃなきゃ、俺だけこんなクソみたいな格好させられてるなんて納得いかねぇんだよ。
言いだしっぺはアイツじゃねぇか。
だから。
あの、バカが此処に居ない事を後悔する位の事やってやんなきゃ……
俺の気がすまねぇんだよ!?
—————-
「何だ……こりゃ……」
俺は、やっと戻って来たA組に起こっている大きな変化を前に茫然とした。
入口の横には長机が置いてあり、そこにはパソコンで作られたポップらしきものでデカデカとこう書いてあった。
「テイクアウト・デリバリー承ります………だと?」
しかも、その長椅子の前には、こちらもパソコンでプリントアウトされたと思しき商品の写真がでかでかと貼り付けられている。
どれもこれも、光の具合といい何と言いスゲェうまそうに写っている。
若干、誇張しすぎじゃねぇかと思えるが。
そして、商品の持ち帰りを承る接客には、店員と委員長が共に笑顔で並んでいる。
しかも、しかも。
「……すっげぇ……」
テイクアウトを求める客の列といったら。
そりゃあ、用意されている商品を渡すだけとはいえ、軽く階段前まで続いている。
俺は慌てて店員達の元まで走ると、勢い余りすぎたせいか、そのまま客の横で盛大にコケてしまった。
ちくよう、和服ってマジで動きにくいぜ。
「っ会長さん!大丈夫ですか!?」
「会長、やっと戻って来ましたか」
そう頭上で聞こえてくる二人のメイドの声と共に、客の間から「ドジッ子メイドだー」と言う聞き捨てならない言葉まで耳に飛び込んできた。
ちっくしょう……
「俺はドジっ子じゃねぇ!ふざけんな!」
俺は叫びながら勢いよく立ちあがると、俺を見て笑っていた客がシンと静まり返ってしまった。
ヤベェ。
俺は店の前に並ぶ客の列に向かって一人固まった。
隣には同じくアワアワと挙動不審になる店員。
更にその隣で、慌てる店員を「かわいい」とかほざいて見ていやがる委員長は、とりあえず見なかった事にしてやる。
ムカつくから。
「あー、えーっと……」
なんつーか……。
並んでる客の殆どが女ばっかで、なんとも後味の悪い雰囲気だ。
「………ドジっ子じゃねぇです。お嬢様……」
俺が、そう苦肉の策ともいえる雰囲気で呟くと、それまで黙って俺を見ていた女子達が一斉に目を輝かせ始めた。
その目に、俺は何故か遠い昔をフラッシュバックしたような妙な気分に陥り、背筋にゾクリと寒気を感じた。
「可愛い!ドジっ子じゃねぇです、だってー!」
「似合わない袴がめっちゃ可愛い!敬語に慣れてない感じがなんかスキー!」
「よく見るとすっごいイケメンじゃない!?キミ!」
「写真とりたーい!」
グワッ。
そんな効果音だろうか。
とりあえず、並んでいた女共が一斉に俺に向かってキャイキャイ騒ぎ始めた。
そうだ、今日は神埼の方からも来てるから女子が多いわけか。
にしても、女子の勢いスゲェな。
めちゃくちゃウゼェ。
あの時、女子に絡まれていた陣太も、こんな気分だったのだろうか。
だとしたら、悪ノリして悪い事をしたぜ。
なんて。
男子校にはない姦しさを遺憾なく発揮する女共に、俺が後ずさりをした時だった。
「会長!どこに行ってたんですか!遅いですよ!」
「っお、おう!副委員長!」
俺はA組の入り口から出てきた副委員長に目を瞬かせると、そのまま俺は勢いよく教室内へと引っ張られた。
廊下では未だにキャアキャア騒ぐ女子の声。
ったく、ほんとに女ってうっせー。
俺は開店時以上に騒がしく動き回る厨房を横目に、力いっぱい腕を引っ張る副委員長に連れられ控室に向かった。
到着した控室には俺が出て行った時にはなかったダンボール箱やゴミが部屋いっぱいに散らかっている。
「おい、副委員長。あれは何だよ!」
「何だじゃないですよ!」
控室の扉を閉めた途端、偉そうに腕組みをして俺に向き直る副委員長。
そんな、委員長の形相に俺は一瞬たじろいでしまった。
ヤベェ、これは何か俺が怒られるパターンか。
まぁ、宣伝行くっつって結局1時間以上もフラフラしてしまったわけだから、何となく怒られるだろうなぁとは思っていたが。
それにしたって、俺の居ない1時間ちょいの間に、ここでは一体何があったって言うんだよ。
俺は置いていかれたような、遅れをとったような。
とりあえず、悔しい気分になると、腕組みをして俺を見据えてくる委員長を見返してやった。
「テイクアウト・デリバリーって何だ!?いつの間にあんなんしやがった!?」
「会長の居ない間ですよ!もう、肝心な時に居ないんですから!今は忙しいんです!簡単に説明しますから黙って聞いてください!」
「はぁぁぁぁ?」
俺は余りのA組の激変具合について行けずにいると、突然、俺と副委員長の間に電話の固定音が鳴り響いた。
その瞬間、副委員長は勢いよくポケットから電話の音を響かせる己のケータイを取ると、今まで見せていた厳しい目がウソのように笑顔でいっぱいになった。
わお。
「はい。A組メイド喫茶です。デリバリーのご注文でしょうか」
俺は目の前でキラキラと輝く笑顔を見せながら受け答える副委員長に目を瞬かせると、ポケットからメモを取り出してさっさとメモをとる副委員長を見守った。
どうやら、何やら注文をとっているようだ。
これが……デリバリー?
「はい!コーヒー15、ホットサンドのセットでございますね?すぐにメイドを向かわせます。誰かご希望のメイドはございますか?」
コーヒー15って。
しかもメイドが運ぶっつー事になってるわけか。
まぁ……デリバリーだしな。
つか、コーヒー15ってどうやって運ぶんだよ。
俺はケータイをかけながらチラリと此方を見てくる副委員長に嫌な予感がするのを感じると、そのまま副委員長の口元が今日一番の笑顔を見せた。
「西山メイドでございますね!今、丁度今、暇を持て余しているところでございます!商品が出来上がり次第、すぐにメイドを向かわせますね!」
おおおおい!
俺か!?
俺が運ぶのか!?コーヒー15を一人でか!?
俺は思わず副委員長にジェスチャーで声なき声を発していると、そのまま笑顔で副委員長は電話を切った。
そして、その笑顔のまま俺に向き直る。
「会長。と、言う事ですので、商品を運んでください」
「コーヒー15とホットサンドなんて一気に一人で運べるわけねぇだろ!?」
「何度も運んで下さい。絶対にこぼさないように」
何度も、
その言葉に俺は頭がクラリとするのを感じると、そこを何とか踏ん張ってもう一つ重要な事を思い出した。
何度も、とは言うが、一体それをどこへ運べばいいんだ。
「おい!場所はどこだよ!?」
「第一被服室です」
「遠っ!?マジかよ!?」
「マジです」
第一被服室と言えば、第一校舎の端の端。
俺達の居る校舎は第2新校舎なので、めちゃくちゃ離れている。
しかも。
「第1っつったら、被服部の部室じゃねぇか」
「そうですよ。ご注文されたのは会長の親衛隊隊長さんですから」
親衛隊。
その言葉に俺はピクリと眉が動いてしまった。
しかし、厨房に向かって注文を叫ぶ副委員長には、それには気付かなかったようだ。
親衛隊、か……。
俺はなんとなくその言葉が与える印象と、このA組で起こるこの大改革に対する気持ちが妙にシンクロしてしまい、小さく舌打ちをしてしまった。
つーか、一体何なんだよ。
俺が居ない間にめちゃくちゃ変わりやがって。
こんなに面白そうな事をしておきながら、俺はその場に居なかったなんて。
足元にグシャグシャにして置いてある袋の山、そしてダンボールの山。
控室のその乱雑とした様子が、その時のクラスの慌ただしくも楽しそうな様子を表しているようで、なんとも悔しくて仕方がなかった。
そんな俺の前へ、いつの間にか注文を出していた副委員長が戻ってきていた。
俺の顔を見る委員長は、何故か物凄く楽しそうだ。
「会長!俺達A組の総合優勝には、このデリバリーとテイクアウトは生命線に等しいです!きちんとやり抜いてくださいね!」
「………ったく、後でぜってー説明しろよ!」
「はいはい。総合優勝目指して、頑張りましょう!」
「当ったり前だっつーの!」
教室外で売られるテイクアウト。
電話一つで商品を持って駆けつけるメイドデリバリー。
充実した顔で動きまわるクラスメイト達。
一体誰の入れ知恵か知らないが、実に面白い事をしてくれた。
しかも、俺の居ない間に、だ。
俺はすっかり変わっていた自分のクラスの姿に力いっぱい拳を握りしめると、ニコニコと笑う副委員長を横目に思った。
あーっ!早く戻ってくりゃ良かった!
と。
—————
その頃、どこかの廊下では。
「アイツら、上手くやってっるかねぇ」
そう、パンフレットを片手に小さく呟く了は愉快な気分で校内をブラついていた。
予想外の展開に頭を捻らせる学生達に、自分は良いアドバイスをしてやったと、本当に得意気な気分だった。
回転の遅い客。
余る人手。
言い出しっぺの居ない文化祭。
目指すは総合優勝。
「なっつかしいねぇ……」
そう、しみじみと呟く了だったが、チャラリと手の中で音のする物を認識した途端、ハァと大きく溜息をついた。
「ったくよぉ……」
良い知恵は提供した。
客が回らないなら、新しい販売フィールドを作ればいいと。
別に客は教室の中だけではないいのだから、と。
しかし、お陰で面倒な役回りまで押し付けられてしまった。
「客をパシりやがって」
了は手の中にある7つのカギを見つめると面倒臭気に、それを宙へ飛ばした。
シャラリと擦れて音を響かせるカギ。
落ちてきたカギをまた手のひらで受け止めると、何度も何度も空中へとカギを舞わせた。
『了さん!紙コップと紙皿が本部でも足りないらしいんです!コンビニの裏からあるだけ紙皿と紙コップを集めて持って来てください!お願いします!』
そう、本気の形相で頼み込んで来た哲氏に了は押されるまま頷いてしまった。
どうやら、使用量の多い文化祭の備品に関しては学校側が一気に大量購入し、本部で管理をしているらしい。
しかし、その本部でも紙コップと紙皿の二つは欠品が続いているらしいのだ。
そこで、コンビニ運営の関係者たる了に白羽の矢が立った。
と、言うか立てさせられた。
学園内に7つあるコンビニから、裏に保管されている紙皿と紙コップをあるだけ集めて来いというのだ。
確かに、そう言った流通関連はこちらの会社に一任されているものの。
「今日は俺だって休みだっつーの!」
了は無理やりコンビニ全店舗分のカギを押しつ付けてきた若い敏腕店長に愚痴をこぼすと、勢いよく鍵を空へと放った。
カチャリ。
そう、高く放たれたカギの山が了の手に落ちてきた時。
「太一様!俺、小学校の時から……ずっと太一様が大好きでした!」
「っ!?」
廊下の奥から、まさかの……予想外の声が響いてきた。
高い声。
必死さの募る声。
了は思わず物陰に隠れた。
そりゃあ、そうだろう。
何せ、彼は今だかつて経験した事のないシチュエーションに、
遭遇してしまっているのだから。
「……マジか……」
了の視線の先。
そこには
「先輩」
「太一様」
麗しきお姫様が和装のメイドに……
抱きついていた。