第44話:*****

 

 

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「あー、天気、いいなぁ」

 

 

 

フラフラと一人、廊下を歩く俺。

視界の端に映るそれぞれの教室では、趣向を凝らした店や出しモノが繰り広げられる。

 

普段なら見かけない女子の姿も、今日ばかりは当たり前のように見かける。

 

窓から見える屋内庭園では、俺達が必死に作りあげたステージの上で華やかなダンスが披露されている。

 

 

天気は快晴。

11月とは思えない中々の陽気に、正直昨日までの徹夜が響いて頭がぼんやりとしてきた。

 

 

現在。

 

俺は悠木先輩のファッションショーを無事見届け、ブラブラと他のクラスの出しモノを見学しつつA組への帰路についている。

まぁ、見届けたと言ってもせっかくのファッションショーのビフォーアフター投票の結果は、見届ける事が出来ずに終わってしまった。

 

あぁ、それもこれも……、

 

先程からポケットの中にしまい込んだケータイがブルブルと震え、その存在を主張しまくっていせいだ。

 

 

電話に出たわけではない。

 

だが、そのたび重なる着信が副委員長からなので……何が言いたいのか。

言われなくてもわかる。

 

早く帰って来い、という事だろう。

 

 

まぁ、現在も自らの教室へと足を向けて歩いてはいるものの。

 

その足はゆったりと目的意識がないような歩き方だ。

自分の体なのに、自分の意志ではどうしようもない程強い力で体が下へと引っ張られているようだ。

 

故に、足が遅くなる、思考がおぼつかなくなる。

 

仕方がない。

眠くて仕方がないのだ。

 

 

きっと帰ったら、今まで何をしていたのかと副委員長に怒鳴られるのだろう。

 

まぁ、仕方がない。

眠いのだから。

 

 

「あー、ねっむ……」

 

 

そう、俺が欠伸を噛み殺しながら小さく呟いた時だった。

 

 

 

「会長!」

 

 

「……お」

 

 

 

 

俺の向かい側、5メートル程離れた先の廊下に、懐かしい声を響かせる男が立っていた。

 

俺と同じく恥ずかしいメイド服姿をした……

 

 

 

「野伏間じゃねぇか」

 

「あー、やっと見つけた」

 

 

 

第57代生徒会会計。

野伏間 太一。

 

 

「なんか、久しぶり会った気分だなぁ、野伏間」

 

「まぁね。会長がフラフラしてるせいで、半日くらい会ってないからねぇ」

 

「だな、深夜テンションも午前中で使いきっちまって……今、スゲェねみぃわ」

 

「まったく……」

 

 

俺はダラダラとした足取りで、すぐ先に立つ野伏間の元まで足を進めた。

 

そう言ってあきれ顔を作るヤツの手には、何かビニール袋のようなものが握られている。

よく見れば、頭の上につけているカチューシャも少しばかり傾いている。

微妙に汗まで掻いているようだ。

ここまで、走ってきたのだろうか。

 

 

ボケッとした頭が、ゆらゆらと定まらない視界からの雪崩のような情報を、処理することなく頭の中へと霧散していく。

 

そんな俺を、野伏間は少しばかり呆れたような笑顔で見つめていた。

 

 

あぁ、この顔も、なんだか酷く懐かしい気がする。

半日会っていないだけなのに。

 

その癖、最近はずっと見ていたような気もする。

 

俺はやっとたどり着いた野伏間の前で、一人心の中に小さな引っかかりを感じていた。

 

 

 

「会長に、良いお知らせと、悪いお知らせがあるんだけど。どっちから先に聞きたい?」

 

「何だよ、急に」

 

「知らせることが丁度二つあるから。どっちから聞きたいかと思ってさ」

 

 

そう、何故か少し楽しむような口調で話す野伏間に、俺はピンと来るものがあった。

 

良い知らせっつーのは何かわからない。

だが、悪い知らせっつーのは何となく予想がつく。

どうせ、副委員長が怒ってるとかそんなとこだろう。

 

俺は予想のついた答えに、小さく溜息を吐くと、笑う野伏間に目を向けた。

他人事だと思って楽しみやがって。

 

 

「そりゃあもちろん。良い知らせの方から聞きてぇなぁ?野伏間」

 

「そう、じゃ。少しでも眠気が覚めるように、会長にこれを持ってきました」

 

 

そう、どこか悪戯を思いついた子供のような顔で野伏間は片手に持っていたビニール袋から何かを取りだした。

しかし、俺は野伏間の手の中にあるものを認識した瞬間、一気に眠かったテンションが弾け飛ぶのを感じた。

 

 

「おおーっ!これは愛しのコーヒー牛乳様じゃねぇか!!」

 

「そう、会長が欲しがるかなぁと思ってね?」

 

「っちょ、これマジでどうしたんだよ!?今日コンビニ全部休みだろ?前もって買ってやがったのか?お前?」

 

 

思わず目の前に現れた癒しに俺が飛びあがっていると、野伏間は袋に入れてあったストローも一緒に取りだし、俺の方へと差し出してきた。

 

ヤベェ、これはマジでヤベェ。

実際、今日はコンビニを全閉鎖すると言う事で俺は事前に大量のコーヒー牛乳を買い溜めしておいた。

 

が、しかし。

昨日、同じく徹夜でA組喫茶の準備に勤しんでいるクラスメイト達を見た俺は、何を思ったのか「ここでコーヒー牛乳様の布教活動をしよう」と、トチ狂った深夜テンションに陥ってしまった。

 

よって……買い溜めしておいたコーヒー牛乳は昨夜のうちにきれいさっぱり無くなってしまったのだ。

 

つまり、現在の俺は、軽く寝不足とコーヒー牛乳欠乏症でヤバい状況だったわけである。

 

 

「いや、俺は別に買い溜めはしてなかったんだけどね……コンビニの関係者の人に、倉庫まで連れて行ってもらって。そこで一個だけ貰ってきた」

 

「マジか!って事は、後で店員の野郎にも礼言っとかねぇとな!いやー、マジでこれは嬉しいぜ!ありがとな、野伏間!」

 

 

そう、俺が貰ったコーヒー牛乳にさっそくストローを通している隣で、野伏間は何やら微妙な顔で「平山君じゃないんだけどなぁ」と苦笑していた。

しかし、それはコーヒー牛乳を呑み始めた俺には、ハッキリ言ってどうでもよい事だった為、そのまま俺はごくごくと喉越しを感じながら幸せに浸ることに集中した。

 

本当に、これは……昔から変わらないロングセラーの味だ。

 

先程までの定まらない思考の揺れが一気に静止した瞬間だった。

 

 

 

「……あー、会長。喜んでもらえて何よりなんだけどね……」

 

「んー」

 

「もう一つ、悪い知らせがあるよ」

 

「んー、副委員長が怒ってんだろ……まぁ今からゆったり教室戻って説教食らうから安心しろ」

 

 

 

俺は飲むのを止めずに、隣で俺をやたらと困ったような顔で見つめてくる野伏間の言葉を制した。

説教食らうのは逃げずに受けるから、心配などせずとも良い。

 

そんなつもりで口を開いた筈だった。

 

しかし、

 

 

 

「違う。副委員長も怒ってるけど、それ以上に怒ってる人が居るんだって」

 

 

どうやら、俺の予想は外れていたらしい。

予想外の野伏間の言葉に俺は眉をしかめた。

 

 

「あぁ?誰だよ?ったく、まさか委員長か?あんな色ボケに怒られる言われはねぇぞ」

 

「だから、違うって。会長が居ない間、何回もうちのクラスに来て……大変だったんだから。約束してたんでしょ?まさか忘れてないよね?」

 

「約束?何だ、ソレ」

 

 

言い終わった瞬間、俺は勢いよくストローからコーヒー牛乳を吸い上げる。

そんな俺を、野伏間は溜息をつきながら俺の耳にコソリと呟いた。

 

 

 

「秋田と放送ジャックするんじゃなかったの?」

 

「あ……?………あぁ?」

 

 

俺は一瞬何の事だかわからず、ひとまずコーヒー牛乳をすする。

ズズズズ、という鈍い音が俺の鼓膜を揺らした。

しかし、次の瞬間、やっと野伏間の言葉が脳内へと伝達され、言葉の意味を理解した。

 

そう、ハッキリと。

 

 

「うあぁぁぁぁ!しまったぁぁぁ!」

 

 

俺は思わず、手からコーヒー牛乳を落としそうになるのを寸前の所で堪えると、ヒクヒクと引きつる口角のまま野伏間の方へと目をやった。

そんな俺を、野伏間は「やっぱり」とこぼしながら頭を抱えていた。

 

 

「放送、10分遅刻中」

 

「やっべ!マジで!やっべ!あー、ちょっ……野伏間ぁぁ!?」

 

「っな、何!?」

 

 

突然喚きだした俺に、隣に居た野伏間だけでなく廊下を歩いていた生徒達全てが俺の方へと視線を向けた。

が、現在の俺はそんな事どうだっていい。

 

どこか懐かしいこの感じ。

 

言い出しっぺの癖に遅刻するという気まずさ。

嫌なデジャヴュが全身を駆け抜けた。

 

 

『おい、バカ。これ“ろくめいかん”って読むんだぜ』

 

 

そんな、先輩からの小馬鹿にしたような声が耳の奥に響く。

 

 

 

俺はダラダラと流れる嫌な汗を背中に感じながら、野伏間の腕をガシリと力強く掴み取った。

そして……

 

 

「野伏間!特別にお前を一緒に放送ジャックの仲間に入れてやろう!」

 

「はぁ?」

 

「一緒に放送しようぜ!お前は俺の盾となれ!秋田と言う矛から守る盾に!さぁ、行こう!野伏間が先に!」

 

「ちょっ!会長!?」

 

 

俺は野伏間の腕を引っ張りながら走りだした。

放送ジャック。

すっかり忘れていた。

 

俺と、秋田のお茶の間強奪放送コーナー。

 

俺は走りながら、背中に感じる野伏間の息使いと共に、時間に厳しい秋田の表情をすぐそばに感じていた。

きっとアイツの事だ、30分以上前からソワソワし始め、俺のクラスをチラチラ覗いていたに違いない。

 

そして、俺が一向に戻って来ない事に苛立ち、しかし、それでもアイツは時間通りに放送室へと向かった。

 

きっと今頃

 

 

「アイツ、ブチ切れてんだろうなぁ」

 

 

 

 

俺は焦る心とは裏腹に、何故だか込み上げてくる笑いを止められなかった。

 

そして、無理やり野伏間の背中を押しながら先を促す自分の行動に……

俺はまたしても、妙に懐かしいデジャビュを感じる。

 

 

 

『魔王様放置プレイ!』

 

 

 

なんて、焦りまくった自分の声が

 

 

頭の中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

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