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第45話:閉会式直前
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あぁ、脱いでしまえば思い知らされる羞恥。
「……俺らは今日一日、こんな恥さらしなモンを着てたんだな。野伏間」
「……そうだね、会長」
俺と野伏間はザワザワと騒がしくなり始めた鹿鳴館の舞台袖で、目の前に広げられた可愛らしいメイド服を見つめていた。
ついでに言えば、メイド服の隣には頭につけていたカツラとカチューシャまである。
あぁ、羞恥。
あぁ、怖い者知らずな若気の至り。
「いやぁ……うん。良い経験だったな、野伏間。今後、この経験が俺らの人生を豊かにしてくれるぞ」
「……コレで今後の人生が豊かになるとしたら、それは俺の望む未来じゃないよ」
「知ってるか……野伏間。人生に無駄な事など一つもありはしないんだぜ」
「そんな、死んだような目で言われても……」
そう、同じく死んだような目で野伏間に返されながら、俺はそっとメイド服をたたんで視界の果てにしまい込んだ。
つまりは、ダンボールの中へと封印したのだ。
現在、6時15分。
もうすぐ、城嶋祭の閉会式の為に、幼等部を除く、1760名がこの鹿鳴館に集まって来る。
教師も含めれば1800人近くが、ここに集まると言う事だ。
終業式、始業式の式辞を除けば、こうも学園全体が集まる場というのは、この城嶋祭の後と体育祭の後しかない。
「でも、何事もなく城嶋祭が終わってよかったよ、ほんと」
「野伏間、閉会式までが城嶋祭だぜ!」
「はいはい、家に着くまでが遠足だもんねぇ?会長」
若干小馬鹿にしたような目でこちらを見てくる野伏間に俺は軽く殴ろうと手を出した。
しかし、野伏間はスルリと避わして、小さく俺の方を見て笑った。
「ほんと、良かった……無事に終わって」
「……まぁな」
その顔は、本当に嬉しそうで、俺まで思わず笑ってしまいそうになった。
しかし、俺は笑うのを堪え、野伏間に背を向けた。
「さて、閉会式の挨拶。しっかりやんねーとな」
「……会長?」
俺の背後から、どこか心配そうな野伏間の声が聞こえてくる。
その声に、俺は思わず謝ってしまいそうになる自分を、必死になだめた。
そんな、俺の様子に野伏間は気付いたのだろうか。
野伏間は俺の肩をガシリと掴むと、無理やり自分の方を向かせた。
「ねぇ、会長?何か……俺に隠してない?」
「……別にぃ」
「ねぇ、会長!」
「何も隠してねぇって。なぁに不安がってんだよ、お前」
俺は不安そうな表情を見せる野伏間に、そう、笑顔を作ってやると肩に置かれた野伏間の手から逃れた。
しかし、その行為が更に野伏間の不安を煽ったようで、表情は曇ったままだ。
どうしたものかと俺が野伏間の視線から目を逸らした時だった。
「「あーっ!会長もうソレ脱いじゃったのー!?」」
「当たり前でしょう。あんな格好で閉会の挨拶などしてみなさい。学園の恥です」
「………恥ずかしい」
舞台袖に、ガヤガヤと勝手な事を言いまくりながら生徒会メンバーが入って来た。
時計を見れば6時20分。
そろそろ、全校生徒が鹿鳴館に集まり終える頃だろう。
俺は学ランの詰襟をピシリと上まで留めると、入って来た生徒会メンバーに向き直った。
背中には、野伏間の痛いほど向けられる視線。
それを、俺は無視する。
「バッカ、俺のメイド服姿は祭の間だけのレアもんなんだよ!そうそう全校生徒に見せられっか!」
「「えー!今日堂々と学校中歩き回ってたじゃん!」」
「まったく、話を聞いた時は卒倒するかと思いましたよ」
「……会長、全然クラスの手伝いしなかった……」
6時21分30秒。
刻々と近づいてくる終わり。
「あー!うっせーな!若気の至りの極みを俺は今日体得したんだよ!?それに滅茶苦茶忙しかったんだっつーの!」
6時21分45秒。
俺の背中に向けられる視線。
「そういや、佐津間。ソッチはどんくらい客入ったよ?まぁ、俺らよりは少ないだろうがな!」
「そうですかね?見たところ、そっちは陣太のミスや会長のミス、果てはメイド同士のバカップルの横行で、相当苦戦したみたいじゃないですか?ねぇ?陣太」
「……ぁ、う……でも、お客さんたくさん来た」
「こっちも沢山入りましたよ?それに、全てミスなく何の滞りもなく終わりました。そちらと違ってね?」
「おい!陣太!何オロオロしてんだ!シャンとしろ!ぜってー俺らが優勝って決まってんだよ!」
6時22分10秒。
あぁ、悪い。
ごめんな、野伏間。
「あ!そういや、ビフォーアフター!あれ、誰が優勝したんだよ?」
「「おしえなーい!」」
「はぁ!?教えろよ!気になんだろうが!」
「「気になるんだったら、あの紙パックのヤツ頂戴!」」
「ねぇよ!あったら俺がまず飲むっつーの!」
6時22分35秒。
ごめん。
ごめんね、野伏間君。
不安にさせて、
ごめん。
俺は、静かになり始めた鹿鳴館内に、小さく息を呑むと、先程一番上まで詰めた詰襟を指ではじいた。
6時23分。
これが、最後だ。
気分よく、行こうじゃないか。
俺は舞台袖からステージを見上げると、明るく光るライトに目を細めた。
閉会式が、
終わりが、
始まる。