※風紀委員長の想い

 

 

 

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※風紀委員長の想い

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『あのさ、』

 

 

俺の目の前で、俺のよく知っているアイツが笑いながら口を開いた。

何でも無い事のように。

 

 

しかし、それは俺にとって何でも無い事ではなかった。

 

 

あのさ、

 

 

『生徒会をリコールしてくれないか』

 

 

 

何故だ。

 

何で、お前はそんな事を俺に頼む。

 

俺は息の詰まるのような思いで、笑うアイツを見つめた。

何も、言葉が出てこない。

本当に……呼吸すらできなくなってしまったように、

 

胸が痛い。

 

 

お前は、生徒会を守る為に今まで頑張ってきたんじゃないのか。

なりふり構わず、風紀である俺さえも頼って。

 

それは全て“生徒会”の為じゃなかったのか。

 

 

 

 

『…………』

 

 

何も答える事のできない俺は、そんな自分の息の詰まるような感情にさえも戸惑っていた。

 

 

何故、俺がこんなに苦しくならなければならないんだ。

 

俺は生徒会が……この西山秀と言う男が死ぬほど嫌いなのだ。

 

自分の好き勝手に行動し、周りを巻き込み、最後には必ずこの男の思うように事を進めてしまう。

 

 

『ほーら!楽しかっただろーが!』

 

 

そう、

あの日のように。

 

アイツは、最後には必ず得意気な顔で俺に相対してくる。

 

あの、アイツの不敵に笑うあの顔が気に食わなくて、どうにも腹が立って。

 

俺はいつだってアイツの行動の前に立ちはだかってきた。

 

 

俺は真っ向から正当な正論を武器にアイツの行動を叩きのめす。

いつだって、己の行動は正しいものだと自信を持ってやってきた。

 

なのに。

 

 

『こっちの方が楽しいに決まってんだろ!』

 

 

なのに、アイツはいつも俺のその正論を真っ向から受け止め軽々とその上を行く。

常識や道徳という世間一般の人間が当たり前に持っているであろうソレを、ヤツは遠くに投げ捨て、俺の嫌いなあの得意げな顔を浮かべるのだ。

 

 

『バーカ!俺がやるっつったらやるんだよ!』

 

 

言ってしまえば、アイツは自己顕示欲の強いただの自己中心的な男だ。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

しかし、そんなアイツに人は大きな期待をする。

夢をみてしまう。

 

心を躍らせてしまう。

 

それは、悔しい事に俺自身も……そうだった。

 

腹の立つ男だ。

けれど、無視できない。

 

勝手な男だ。

けれど、ヤツの行く先を見てみたい。

 

 

あんなヤツが生徒会長など、城嶋学園も落ちたものだ。

けれど。

 

 

ヤツ以外の生徒会長など、考えられない。

 

 

そう、誰もが思い、俺自身もそう……思ってきた。

 

なのに。

 

 

 

『よろしくな』

 

 

また、アイツは俺の遥か高みを飛び越えていく。

予想もできないような事を言い残し、俺の中にある“風紀委員長”と言う責務を全うさせようとしてくる。

 

生徒会は仕事を一度放棄した。

あの時のままでは、確実に城嶋祭は失敗に終わっていたに違いない。

 

生徒会をリコールするのには以下の2つの場合がある。

 

一つ目は全校生徒の3分の2の署名、嘆願書が揃った時。

 

この場合、署名が集まった段階で一度、総会が開かれる。

そこで、生徒会は自らの申し開きを行い、対抗馬となる立候補者が他に現れない場合は全校生徒の3分の1の賛成票さえあれば、その後も続行して生徒会として名を連ねる事ができる。

 

そしてもう一つは。

 

 

生徒会が、その機能を健全に行使できなくなった時。

 

 

つまりは、生徒会が仕事の放棄を行った時だ。

こちらは前者のような緩やかな事の運びは成されない。

 

生徒会の機能不全が、学校運営に大きな支障をきたした場合、その場で即刻生徒会を辞職させられる。

警察で言うところの、現行犯逮捕のようなものだ。

 

それを行う権限を、風紀委員は唯一持っている。

 

 

城嶋祭は無事に終わった。

しかし、生徒会の起こしてきた機能不全が関係各所に与えてきた損害があるのも、また事実だ。

 

そして、その損害を真っ向から受けたのが。

他でもない俺達風紀委員である。

 

 

転校生、朝田 静がやって来てからの仕事の遅延及び放棄。

その尻拭いは、殆ど全て俺達風紀に回って来た。

そこから更に、城嶋祭でのステージ設置、及び、その他諸々の人員要請。

 

生徒会の勝手な行動から城嶋祭の予算が例年に比べ大幅に膨らんでしまっている事もリコールの理由の一つに挙げられるだろう。

 

そう。

俺の前には、生徒会をリコールするの十分な理由が揃っている。

 

 

「………このように、この度の生徒会の職務放棄の起こした被害は甚大であると考えられる」

 

 

 

だから、俺は今、全校生徒の見守る中、ヤツにリコールを突きつけ、その理由を上手く回らない頭で淡々と述べている。

ヤツは……西山は、そんな俺をどこか見守るような表情で、しかし真っ向からしっかりと受け止める。

 

俺の言葉は事実で、そして正しい。

なのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだ。

 

自分勝手なお前の事など、本当に嫌いで嫌いでたまらない筈なのに。

なのに、

 

どうしてだ、西山。

お前が生徒会長を辞めたら、誰がこの学園の生徒会長をやるんだ。

 

 

なぁ、西山。

 

 

俺は

 

 

 

「故に、風紀委員の全権限と発言権を持って、生徒会にリコールを申し入れる。生徒会長、西山 秀、この申し出に異論はないか」

 

 

「あぁ。異論はない。生徒会は、風紀委員からのリコール宣言を速やかに受け入れる事を、ここに宣言しよう」

 

 

 

俺は、やはりお前が大嫌いだよ。

 

 

 

そう、静かに俺の言葉を受け入れた西山に、俺の心は今まで感じた事のない喪失感を覚えた。