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※俺の知らない、あの日
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何やってんだ、アイツ。
「生徒会がリコール及び、自ら退陣表明を示した場合、10日以内に新生徒会を決めるための生徒会選挙を行わなければならない!と言う事で、今から俺の立候補を受け、速やかに生徒会選挙を始めようじゃないか!」
白木原 了は、ステージの上で、生き生きとした表情で立ちまわり始めた少年を前に、ただひたすら……そう思った。
見たこともない、この学園の生徒会長。
なのに、白木原にとっては、何故かこの……どこか振りまわされるような、周りを掻き乱すステージ上の少年の行動に、妙な懐かしさを覚えていた。
「この俺、西山 秀の生徒会長立候補と共に、俺はたった今から、この学園の制度を一つ、大きく改革しようと思っている!」
勢いのよい言葉。
しかし、どこか突拍子もないソレに白木原は覚えがあった。
白木原のその懐かしい記憶に従えば、きっと今、ステージに上がる少年は非常に緊張しているに違いない。
そう、アイツはいつだってそうだった。
「西山、貴様……何を……改革だと?」
余りの突拍子のない状況に、同じくステージに立っていたもう一人の生徒……秋田壮介が顔を引き攣らせながら、少年に向かって口を開いた。
その声は、この大きな体育館の中に集まる、全校生徒の声の代弁ともいえた。
「そうだ。俺が見事、この立候補で次の新たな生徒会長になれた暁には、俺の思う改革案を実現させようと思っている」
「何を言っているんだ!?たった今、貴様はリコールされたんだぞ!?」
「別に、リコールされた直後に立候補しちゃいけねぇって規則はねぇだろ?秋田壮介?」
「っ!屁理屈を言うな!!」
巻き込まれる。
振りまわされる。
ステージ上の少年は、当たり前のように全校生徒をざわつかせ、秋田壮介を掻き乱した。
しかし、当の秋田壮介は掻き乱されながらも、どこか調子がいつもの自分に戻って行くのを感じた。
先程までの、どこかぽっかりと穴のあいたような気持ちは、今はもうどこにもないようであった。
掻き乱し、振りまわし、そして笑っている。
「……アイツ」
アイツは……また、バカをやっている。
また。
いつものように。
白木原は、ステージの上で繰り広げられる何とも学生らしいグダグダな状況に、思わず口元に笑みを浮かべずにはおれなかった。
白木原は、初めて見る筈の彼に……
「何とでも言え!俺は自らの改革に従い、今から俺は俺を生徒会長に推薦する!そして生徒会制度を180度変えてやるよ!」
何故か、深い懐かしさを覚えていた。
遠い昔、白木原は……
俺は、
アイツを、
生徒会長に、推薦する筈だった。
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『白木原!このとーり!頼むから俺の事推薦してくれ!!!』
そう言って、廊下の真ん中で土下座してきたアイツに、俺は盛大に溜息をついてやった。
そんな俺の態度に、土下座していたアイツの肩が盛大に震えた。
答えなんか決まってんのに、俺はしばらく無言を貫いてやる。
固まったまま、土下座の体勢をかたくなに続けるアイツの様子に、俺はやっと口を開いた。
『……仕方ねぇな』
そう言って無駄に嫌そうな様子を表に出す俺に、アイツは飛び上がって喜んだ。
そんなアイツの姿に、俺は否応なく襲ってくる優越感と言う名の歓喜に体中が満たされるのを感じた。
……でも、俺はそれを必死に押し殺した表情で「めんどくせぇな」と頭を掻いた。
本当は、全然めんどくせぇなんて思ってねぇのに。
アイツは笑って『ありがとう!白木原!』なんて俺に笑顔を向ける。
いつもそうだ。
コイツの態度は、いつだって俺を喜ばせる。
白木原、白木原
何が嬉しいのか、
何が楽しいのか。
アイツはいつだって、俺を楽しそうに呼ぶ。
真っ先に俺を呼び、俺を頼り、俺に向かって走って来る。
それが、どれだけ俺を満たし、俺の行く先を照らしてくれたか。
どれだけ、俺を前へと導いたか。
『白木原!推薦文楽しみにしてるな!』
『……マジで、めんどくせぇ』
『めんどくせぇとか言わないで頑張ってください!お願いだから!』
そう言って、白い原稿用紙を手渡してきたアイツに、俺は少しばかり本気で眉を潜めてしまった。
推薦文……つまり、作文。
推薦文なんて、今まで一度だって書いた事なかった。
どんな風に書いたらいいかなんて、全くわからなかった。
国語は苦手ではない。
もちろん、他のどの教科も、苦手なモノなどない。
けれど、作文だけは唯一、苦手だった。
真っ白な所から、自分の思考のみで何かを作り出すという事が、俺にとっては至難の技だったのだ。
だから、この推薦文も相当苦労するだろうなと、俺は真っ白い原稿用紙を前に眉を顰めずにはおれなかった。
けど。
真っ白い紙を前に、俺がペンを持った瞬間。
俺の手は、何の躊躇いもなく白い紙の上を駆け抜けていった。
自分でも驚くほどに、ものの10分で白かった紙に文字がこれでもかと言うほど書き連ねられていた。
そして、出来上がった文章を前に、俺は自分の顔が驚くほど熱く火照ってしまうのを止められなかった。
何だ、この文章は。
何だ、この、言葉は。
これを、俺は全校生徒の前で読むのか。
なんだ、これ。
『仕方ねぇな』
そう言って嫌嫌受け取った原稿用紙。
しかし、この文章からは、少しもそれが伝わってこない。
それどころか……
『これじゃ、俺が……アイツの事、大好きみてぇじゃねぇか』
俺は誰もいない教室で、真っ赤な顔を腕の中に顔をうずめた。
どうしよう。
これを、俺は明日の生徒会選挙で読むのか。
いや、ぜってー無理だ。
俺は、出来上がった原稿用紙を机の中につっこむと、恥ずかしさと、体の熱を振り払うかのように教室から駈け出した。
無理だ。
ぜってー、無理。
そして、俺はそのまま次の日の生徒会選挙の日を、
休んだ。
そして、
生徒会選挙の次の日、学校へ行けば、アイツはもう生徒会長だった。
学校中、選挙の話題で持ち切りで。
アイツはムッスリとした顔で俺の前に立って、俺の知らないところで生徒会長になっていた。
だから、俺は知らない。
アイツが生徒会長になった瞬間を。
俺は、知らないのだ。