第49話:夢と現実の狭間にて

 

 

 

 

 

 

 

 

今朝、俺は夢を見た。

 

懐かしい人達が笑っている、

 

幸せな、夢だった。

 

 

 

 

 

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第49話:夢と現実の狭間にて

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『なぁ、新谷』

『ねぇ、新谷君』

 

 

 

俺はどこからか聞こえた二つの声に、思わず振り返った。

条件反射だった。

 

 

『……だれだ?お前ら』

 

 

振り返った先には、俺の知らない“誰か”が立っていた。

不明瞭な視界の先に広がる、なんともぼやけた世界。

ほんの数メートル後ろに立つ彼らの顔すら、ハッキリと見る事ができない。

 

ただ、声を聞けば、何故か無性に懐かしい気持ちになった。

顔の見えない彼ら。

俺を“新谷”と呼ぶ彼ら。

 

俺の知らない彼ら。

 

 

しかし、確かに感じる彼らの記憶。

俺の、大切な記憶。

 

 

 

『ほんっと、お前はバカだな』

『本当に、あなたはバカよ』

 

 

その、どこか遠い遠い過去の奥深くに隠れている、

 

でも確かに存在する日々。

 

 

俺の知らない制服を着て、俺の知らない名前で俺を呼ぶ。

 

新谷、

 

新谷君、

 

 

だから、思わず振り返ってしまった、

 

懐かしい気持ちが溢れだしそうで、零れ落ちそうで。

 

 

 

『……俺は、新谷……?』

 

 

 

そう、ポツリと呟くように零れた俺の疑問に、男の方が一歩近付いて来た。

そして男は手を伸ばす。

 

 

 

『ばーか、お前はもうちげぇだろ?』

 

『っ』

 

 

伸ばされた男の手が、俺の頭の上に乗せられた。

俺より、ずっと高いところから見下ろされる感覚に、俺はチラリと男を見上げた。

 

すると、次の瞬間。

 

 

今度は頬に、何か温かいモノが触れた。

 

 

『バカな人。もう、貴方は違うじゃない』

 

『ぁ』

 

 

女の、細い綺麗な手が俺の頬を優しく撫でていた。

 

あたたかい。

 

大きな手と、細い手。

 

 

そして、俺はハッキリと見た。

そんな彼らの顔を。

優し気で、嬉しそうな、彼らの目。

 

 

あぁ、

 

見つけた。

 

ホワホワする気持ち。

 

 

「白木原……?」

 

どこか照れたように笑って、俺の頭を撫でる男。

 

『まったくなぁ、』

 

 

「みどりちゃん……?」

 

どこか困ったように笑って、俺の頬を撫でる女。

 

 

『貴方って人は、』

 

 

俺の幸せは、ここにもあった。

ずっと、あったのだ。

 

 

 

『ありがとな、新谷』

『ありがとう、新谷君』

 

 

 

 

深い、深い部分にある俺の気持ちが光輝いたような気がした。

 

 

消えたと思っていた道が、本当はずっと俺の後ろに続いていた事に気付いた。

 

消えてなくなったと思っていたホワホワが、ずっと俺の傍にあった事に気付いた。

 

 

 

そしたら、今度は、また後ろから声が聞こえた気がした。

 

 

「っ!」

 

 

遠くから聞こえてくる声。

微かな、空気の震え。

 

 

すると、暖かかった二つの感触が、すっと離れて行った。

 

 

 

『おい、呼んでるぞ』

『ねぇ、呼んでるわ』

 

 

 

「……ぁ」

 

 

その暖かさを追うように、俺が顔を上げようとした時だった

 

 

 

 

「西山 秀!」

 

「っぁ」

 

 

俺は勢いよく振り返った。

 

 

そこに立つのは必死に俺の手を掴む少年。

 

肩で息をして、泣きそうな顔で俺を見る少年。

 

 

「西山!西山!……ねぇ、会長!」

 

 

俺の体が勢いよく引き寄せられる。

光の指す方へ、少年の手を借りながら。

 

 

「……野伏間…君…?」

 

 

俺は、必死に離すまいと俺の手を握りしめる少年の手をゆっくりと握り返してみた。

すると、更に強い力で俺の手が握りしめられる。

 

 

「野伏間……」

 

 

 

そして、今度は俺の背中が二つの力で勢いよく押された。

 

 

 

『行ってこい!西山!』

 

『行ってらっしゃい!西山君』

 

 

 

俺はその声に背中を押され、思わず駆けだしていた。

隣には、泣きそうな顔から一変して嬉しそうに俺を見る野伏間の姿。

 

 

 

 

「行こう!西山 秀!」

 

 

 

それは俺の新しい、人生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、

俺は、見失っていた俺を。

 

 

見つけ出せた気がした。