————-
最終話:彼はあの日、宣言した
————
俺はここに宣言する。
俺はこの学校の生徒会長にふさわしいと。
俺なら学校を最強に楽しくできると。
俺以外に、生徒会長はありえないと。
俺はここに宣言する。
そう、西山 秀が壇上で宣言した瞬間。
彼の中で何かが始まり、同時に彼の中で何かが終わりを告げた。
それはまるで誰かに別れを告げ、誰かに手を引かれ新しい道に一歩足を踏み入れたような気分だった。
そんな、清々しい気分だった。
半ば夢見心地な気分で壇上に立ちつくす西山に、一つの影がゆっくりと近付いていた。
その影はそのまま西山の隣で止まると、力なく落とされた西山の手を握りしめ、
言った。
「西山。その生徒会に俺も入れて」
そう言って、強く握りしめられた己の手に、西山は瞬間的に今朝見た夢を思い出しドクリと心臓がざわつくのを感じた。
行こう、そう言って手を強く握っていてくれた夢の中の彼が、今こうして確かに西山の隣に立ってくれている。
「野、伏間……く……」
「今度は俺から誘わせて。西山」
今まで手を引いてもらうばかりだったから。
いつも、何でも与えてもらうばかりで、誘ってもらうばかりで。
だから、今度は俺から誘わせて。
俺にキミの手を握らせて。
隣を歩かせて。
そう、口にするわけでもないのに野伏間の手から伝わってくる彼の想いに、西山は少しだけ顔を俯かせると、きまりの悪そうな表情で野伏間から視線を外した。
ただ、逸らされた西山の目は微かに水分を帯びており、髪の間からチラリと見えた耳は感情を抑えきれないかのように真っ赤に染まっていた。
そんな西山のあまり見る事のできない姿に、野伏間は込み上げてくる想いに少しだけ気持ちのブレーキを緩めると、今度は両手で西山の手を握りしめた。
「西山。また、俺と一緒に生徒会やってくれる?」
「…そんなの……当たり前だ……、当たり前だろうがっ!」
そう、西山が勢いよく叫んだ瞬間、ポロリと彼の目から涙が一滴こぼれた。
しかし、そのまま止め方を忘れたように次々と零れる涙の奔流に、西山は唇を噛みしめて顔を上げた。
西山はそのまま全校生徒に向かって一礼すると、涙を隠すことなく自分を見つめる者達としっかりと目を合わせた。
そして、それと同時に鹿鳴館の隅で、こちらに背を向け離れて行く影を視界の端に捕えた。
背の高い男と、スーツを纏った女。
二人は静かに入口の扉に手をかけると、そのまま鹿鳴館から出て行こうとした。
その瞬間西山は叫んでいた。
「今度は俺、最後まで頑張るから!」
マイクを通さず、しかし全校生徒に全ての耳に響き渡ったソレは、漏れなく出て行こうとしている彼らの耳にも響き渡っていたようで。
男と女は驚いたような目で壇上の立つ西山を見た。
その二人の顔に、西山は何故だか少しだけ心が満たされるのを感じクルリと体を翻し野伏間の手を掴んだまま壇上に背を向けた。
去り際、同じく驚いたような表情で西山を見つめていた秋田 壮介の腕をひっつかみ壇上を降りた。
ざわつく鹿鳴館。
そんな中、静かに扉の閉まる音が西山の耳に届く。
止まらない涙。
そんな熱い奔流に、西山は野伏間の手を握りしめ、秋田の腕を掴んだまま。
わけもわからず、ただ
声を殺して泣いた。
—————
【エピローグ・ずっとその後】
城嶋学園がその昔男子校だった事を知る人は、今でもはもうあまり居ないかもしれない。
ほんの10年前程まで男子校であったそこは、今では普通に男女が共に机を並べ勉学に励む、ごく一般的な学校となっていた。
まぁ、ごく一般的とは言ったものの、その学園の誇る外観や設備の充実性は普通の学校ではありえないものであったが。
そんな城嶋学園には昔から変わらず続いている、ちょっとした伝統のようなものがある。
それは、夏に生徒達が広大な庭をヒマワリでいっぱいにする事であったり、自然体験学習で打ち上げられる雄大な花火であったり。
そして、他の学校とは一風変わった生徒会選挙であったり。
他にも些細な事だが、ずっと昔から続いて来た城嶋学園の伝統と呼ばれるものが多々ある。
しかし、それらがいつから始まったものなのか、知る人間はこの学園にはもう居ない。
きっかけや、始まりは、その当時それを見ていた人間達の記憶には残る。
しかし、時と共にそれを知る者は少なくなり、やがて居なくなってしまう。
しかし、始まりを知る人間がいなくなろうとも制度は残る。
伝統として、あるいは選択肢として。
その制度と伝統と、そして選択肢を創った彼は10年近く前にこの学園を去って行った。
卒業と言う華々しい花道を歩き、彼は城嶋学園を去ったのだ。