白木原なんか大嫌い

【俺はここに宣言する】

 

新谷君高校時代。

2年の初めくらいだろう、たぶん。

白木原と新谷君のお話。

白木原も秋田壮介と同じ轍を踏んでしまっていました。

 

そんなお話しです。

 

白木原×新谷


 

 

 

 

それは、白木原にとってとても予想外の事だった。

 

 

その日は普通の平日で、いつも通り白木原は学校へ登校して、いつも通りうるさく構ってくる友達の一人に一発拳をお見舞いしてから席に着いた。

うるさくかまってくる少年は、白木原の拳などものともせずに、プンプンと音が聞こえてくるような表情で白木原の元へと寄って来る。

 

それに伴い他のクラスの連中も笑いながら、その少年に続く。

バカだの、何だの男子からは言われ、女子からは朝からうるさいとたしなめられている。

 

それでも、その少年は騒がしく白木原の机へと駆け寄ると、宿題したか?とか今日の体育サッカーだったなぁ、とか今日の弁当はカレーパン買いに行こうよ、とか下らない事をベラベラと喋って来る。

 

少年は朝からずっと笑顔だ。

白木原はその見慣れた笑顔に、またしてもちょっと落ち着けという気持ちを込めてもう一発殴ってやった。

 

それでも、少年の顔は笑顔だった。

 

しかし、そんないつもの騒がしい日常に、一つのちょっとした予想外な出来事が起こった。

それは少年がカレーパンを購買部に買いに行って戻って来た昼休みの事だった。

白木原は義母の用意した大きなボリューム満点の弁当を広げ、少年が帰ってくる前にガツガツと食べていた。

そこへ、カレーパンと……いつも少年が幸せの至りだという表情で飲んでいるコーヒー牛乳を持って現れた。

 

少年は先に弁当をガツガツと頬張る白木原を見て慌てて白木原へと駆け寄る。

待っててくれたっていいじゃん!そう叫びながら、白木原では到底足りないと思われるカレーパン1個とコーヒー牛乳の500mlをニコニコしながら白木原の机の上へと置いた。

 

白木原はこの時いつも思う。

パン1個でよくもつなと。

腹は減らないのかと。

 

しかし、それを白木原が口にした事はなかった。

いつも少年はパン1つを途中まで食べたところで満腹そうな顔をするのだ。

下手をすると、パン1つだけでさえ食べきれずに白木原に渡してくる事がある。

 

そんな事だから、少年は成長期の割に体の成長が見られないのだ。

 

とは白木原は言わない。

食後のコーヒー牛乳を飲む少年の目は本当に満足そうだし、正直体のでかいその少年の姿など、白木原は似合わないと思っていたからだ。

 

まぁ、それは余談として。

 

白木原は少年が「いただきます!」とカレーパンの袋を開けて口に頬張るのを、自分の弁当を食べながら横目にジッと見ていた。

その途中、少年がいつもの笑顔に更に幸せそうな色を覗かせ、カレーパンを机の上に置くのを白木原は見た。

 

「……………」

 

白木原は少年が次に何をするのか知っていた。

 

ふふふん、ふふふん、ふふふん

 

よくわからない下手くそな歌まで歌いだした少年が次に手を伸ばしたのは。

 

「コーヒー牛乳さまー」

 

パンの隣に置いてあったコーヒー牛乳であった。

どうやら、あのふふふんという歌は「コーヒー牛乳の歌」であったらしい。

 

白木原は少年が幸せそうな笑顔で少し大きめのストローをパッケージの脇の口に突き刺すのを見ていた。

少年はいつもあぁしてストローを突き刺して、ストローに幸せそうに口をつける。

 

「新谷、一口」

 

白木原は何気なしに、少年に向かって当たり前のように手を伸ばしてみた。

実は白木原は、コーヒー牛乳を飲んだ事がなかった。

中学までは柔道一筋で、1日のカロリーやら、何やら徹底して管理した生活を送っていたため、明らかに糖分の固まりのようなソレを飲む機会は一度もなかったのだ。

 

だから気になった。

少年をそこまで幸せな表情に変えるコーヒー牛乳が一体どんな味のするものなのか。

少年のあの笑顔の秘密は一体何なのか。

しかし、白木原の伸ばした手はその後も何も掴む事はなかった。

 

「やだ。これは俺だけのコーヒー牛乳だ」

 

ちゅーちゅーストローを吸いながら、少年は頑なに両手でコーヒー牛乳を離さなかった。

その対応に、白木原はプチリと心に何かが引っかかるのを感じた。

 

「一口くらいいいだろうが」

「やだ」

「クソ……一口!」

「やだ!」

 

こうなると、どちらも意地で絶対に引かない。

そんな二人の様子を、クラスメイト達は楽しそうに見ていた。

 

二人の押し問答はしばらく続き、その意地の均衡を破ったのは他でもない白木原だった。

大切そうに持ったまま離そうとしない少年に、白木原は無理やり少年の手からソレを奪おうとした。

少年はそれに必死に抵抗する。

 

「いーやーだ!」

「よこせ!」

 

しかし、悲しいかな。

少年は白木原が常日頃思っているように小食がたたり全てが白木原より細かった。

 

身長も20センチ近くの差がある。

加えて、中学時代全国を制する程の柔道の実力者である白木原に、万年帰宅部兼文化部の彼が立ち向かえる筈がなかったのだ。

ほそっこい少年の腕をガッチリ掴む白木原の手。

そして白木原はその固定したのとは逆の方の手で、少年からコーヒー牛乳を奪おうとした

 

その瞬間だった。

 

「一口っつってんだろうが!」

「うぁっ!」

 

ぱしん

最後の抵抗と必死に動いた少年の勢いと、その動作に思わず伸ばした白木原の片手が少年の握っていたコーヒー牛乳を勢いよく弾き飛ばした。

 

その瞬間、少年が大事に握っていたコーヒー牛乳は空を舞い見事に床に落ちてしまった。

もちろん、中身は落ちた瞬間勢いよく開かれた飲み口からこぼれ、教室の少し汚れた床は一気に茶色に染まった。

 

 

 

「………ああぁぁ!!」

 

 

少年は弾かれたように、こぼれ落ちたコーヒー牛乳の元へ駆け寄るが、中身は全てこぼれてしまっていた。

もう……手遅れだった。

 

「お前がケチケチすっからだろうが」

 

白木原は少しだけ分の悪そうな表情で、苦し紛れにそう言った。

少年の顔が今どんな風になっているのか、背を向けられている白木原には見えない。

しかし、こんな事はいつものことだ。

白木原は次の瞬間には、少年がプンプン怒りながらもすぐに笑ってこちらを見てくるであろう事を予想していた。

 

しかし。

 

「………ぅぅぅぅぅ。ぅぅぅぅぅ……」

「!?」

 

白木原は自分の耳を疑った。

少年は未だに振りかえらない。

しかし、その背中から聞こえてくるのはか細い、今まで聞いた事のないような鼻をすするような声。

 

「ぐふぅぅぅぅ、ぅぅぅええぅぅうぅ……えぅぅぅぅ」

「おい、新谷……?」

 

クラスメイトも白木原も背中を丸めたまま零れたコーヒー牛乳を見つめる少年にしばらく固まってしまっていた。

みな、今まで少年のこんな姿を見た事はなかったのだ。

この少年は基本的に喜怒哀楽は激しいものの、最終的には全て笑顔で表情が落ち着くのだ。

しかし、その少年は今、耐えるような気持ちと、激しくこぼれ落ちる感情の波に必死に体をまるめている。

 

白木原はおそるおそる少年の顔を覗き込む。

そこには鼻水と涙でグシャグシャになった少年のお世辞にも綺麗とはいれない顔があった。

 

 

「おい……」

「っぅぅぅぅぐぅぅぅ……うえぇぇぇ、あぅぅ」

「……悪かったって」

「ううううううーううううー」

「おい……ごめんて」

 

白木原は恐る恐る謝ってみるが、少年の涙は止まらない。

白木原は泣きやまない少年へと恐る恐る手を伸ばした。

 

しかし。

 

「ぅえぇぇぇ!!」

 

ばしん!

 

白木原の伸ばした手はグズグズと泣く少年の細い手から激しく叩き落とされた。

その瞬間、それまで表情にもどこにも焦りの色を現さなかった白木原の表情に一瞬の焦りが現れた。

背中からは変な汗が流れる。

表情が引きつって上手く作れない。

 

白木原はそんなあり得ない程焦りまくっている自分に酷く驚いていた。

どんなに大きな大会でも、ピンチに陥った試合でも、こんなに心臓が激しく動きまくった事があっただろうか。

 

いや、ない。

 

白木原はジンジンと痛みと熱を伴う、叩き落とされた手を見ると………

 

次の瞬間、勢いよく教室から出て行った。

クラスメイトは泣きわめく新谷と突然教室から出て行った白木原に目をみはる。

いつもの昼休みのはずだった。

いつもの二人のはずだった。

 

なのに。

いつの間にこうなった。

 

 

教室に残ったクラスメイト達がざわめき始めた時、白木原は必死に走っていた。

柔道をやめてからこんなに必死に走った事はなかった。

しかし、白木原は疲れや息切れをモノともせず走った。

 

向かう先は売店。

手に入れるはコーヒー牛乳。

 

白木原は耳に付いて離れない少年の泣き声と、少年に叩かれた己の手を力いっぱい握りしめると人生で一番の早さではないかという位……

 

 

 

走った。

 

 

 

 

 

 

 

————-

 

 

「………はぁ……はぁ……ほら」

「……う?」

 

 

その後、白木原は無事コーヒー牛乳を手に入れ、それを少年へと手渡す事ができた。

 

 

今目の前に座る、いつものように笑顔でコーヒー牛乳を飲む少年。

その少年の目は真っ赤に腫れて、顔は涙で湿っている。

 

嫌な背中の汗は乾いた。

酷くうるさかった心臓も落ち着いた。

 

少年も笑顔になった。

 

しかし、

 

 

少年に叩かれた白木原の手だけは……

 

いつまでたっても痛かった。

 

 

 

 

おわり

タイトルとURLをコピーしました