きっと大丈夫、みどりちゃん

 

【俺はここに宣言する】

 

みどりちゃんへのご褒美名目の小説。

あまりご褒美になっていないかもしれませんが、みどりちゃん頑張ったね、というお話。

本編ではひたすらツンデレだったみどりちゃんですが、まぁ今回はどうだろう。

ご褒美になっていればいいけど。

 

当たり前ですがBL色はいっさいありませんが、シリーズものなので「創作BL」タグは入れたままです。

 

そういうお話です。どうぞ。

 


 

 

その日、蓮見は目を覚ますと変なモノを見つけた。

いや、見つけたというより目を開いた瞬間に、目に飛び込んできたといった方がいいだろう。

別に彼女はそれを見つけようと思ってみつけたわけではないのだから。

 

「…………」

 

目の前に広がるのは見知った自宅マンションの白い天井。

その白い天井の脇にフワフワと空中遊泳をする一人の男子高校生の姿があった。

何をどう考えてもあり得ないその状況。

そんな異様な状況の中、蓮見はジッとその空中遊泳を楽しむ男子高校生を見つめた。

 

『おはよう、みどりちゃん』

 

「…………」

 

おはよう。

そう、なんだかとても懐かしい笑顔と、表情で自分を見下ろす男子高校生に、蓮見は静かに目を擦った。

 

あぁ、自分は疲れているのだろうか。

最近慣れない事ばかりしているせいかもしれない。

そう思いなが目をこする。

こすって、こすって、そして再度天井を見つめる。

 

『みどりちゃん、今日は大事な日だったよねー?いいの?起きなくて』

 

まだ居る。

それどころか、先程よりも更に存在感を増し話しかけてくる。

蓮見は「ふぅ」と小さく息を吐くと体を起こした。

 

変なものが見える。

変なものが話しかけてくる。

変なものが笑いかけてくる。

変なものが自分を「みどりちゃん」と呼んでくる。

 

けれど、蓮見は気持ち悪いとか、不気味だとかいう感情は一切感じなかった。

それどころか、少しだけワクワクしてしまっていた。

 

「起きるわ」

 

『うん、起きよう!今日は忙しいよ!サクサクやらなきゃね!』

 

「貴方じゃないんだから、言われなくともそうするわ」

 

『さすが、みどりちゃんだ!』

 

蓮見はベッドから抜け出すと、少しだけ乱れた髪を手で抑えつけながら振り返った。

もう意識はハッキリとしていた。

 

「着替えるからこっちの部屋には入ってこないで」

 

『はぁーい!わかってるよー!』

 

フワフワと楽しそうに浮く男子高校生はヘラヘラと笑いながら頷くと、蓮見の寝室を楽しそうに飛び回った。

何がそんなに楽しいのか、嬉しいのか。

蓮見にはさっぱりわからなかった。しかし、もとより蓮見はこの少年を理解できた事は一度もなかった事を思い出し蓮見は何故だか笑ってしまった。

 

理解し難く突拍子ないのがこの少年の真骨頂だったという事だけは、ハッキリと理解できた。

 

 

————-

———-

——

 

蓮見はいつものように朝から自ら学園長補佐を務める学園へと向かった。

そして、いつものように様々な書類に目を通す。

そして、様々な人達に会う。

いつものようなその状況だったが、その日がいつも以上に忙しかった。

 

『みどりちゃん、忙しそうだねー』

 

「そうかしら、いつもと変わらないけど」

 

『ええっ!?こんなに忙しかったら俺だったら死んじゃうよ!』

 

「人間はこのくらいじゃ死にません」

 

あっちへ行ったりこっちへ行ったり。

どうやらこの少年の姿には蓮見にしか見えないようで、朝の通勤時も昼の会議も誰ひとりとして少年の存在を指摘する事はなかった。

そう、今日1日、蓮見が動くたびに少年はフヨフヨと空中遊泳しながらついてくるのだ。

 

どこまで、この少年はついてくるのだろうか。

蓮見は内心思ったが、その言葉が口をついて出る事はなかった。

 

『みどりちゃん、そろそろ次に行こうよ。もうお仕事は十分やったんじゃない?』

 

「…………もう、少し。待ってちょうだい」

 

忙しいくらいでは人は死なない。

けれど、案外人はもろいということも蓮見はよく分かっている。

蓮見はソワソワしながら『次』を推してくる少年に息を吐いた。

いつも使っている自分の机はスッキリしていた。

 

「…………」

 

それが蓮見をなんだか少し寂しい気持ちにさせた。

今まで当たり前のようにあったものが無くなるという事は、とても、とても。

 

『何か手伝おうか?』

 

「貴方に手伝ってもらえる事は一つもありません」

 

『ねぇ、ねぇ、みどりちゃん。早く次に行こうよ』

 

「あぁ、もう……わかった。行くわよ」

 

ぼんやりと机を眺めていた蓮見の目の前に、にんまりとした笑顔を浮かべた少年の顔が飛び込んでくる。

あぁ、もう。人の気も知らないで。

蓮見は疲れたように息を深く吐くと、深く腰掛けていた椅子から立ちあがった。

 

 

彼女は少年の推す「次」に向かわねばならないのだ。

 

———–

——-

—-

 

蓮見は車の助手席に置かれた大量の花束を見た。

否。花束と戯れる、自分にしか見えぬ少年を見ていた。

 

『みどりちゃん、こんなにお花貰えてよかったねー』

 

「さて、それをどこに飾ればいいのかしらね」

 

『玄関にこっちを飾って、テレビの部屋にこっちの黄色を飾ろう!そして寝る部屋にあっちのピンクと白の花がいいよ!』

 

「……そうね。そうしましょうか」

 

車は山の上にある学園から少し街に下りた所にある、きらびやかな建物の前へと止まっていた。

蓮見は花束に向かって『ふぅぅん』と息を吸い込む少年の姿に苦笑した。

まるで花の中に埋もれているようではないか。

 

まるで、あの時のようではないか。

 

蓮見は嫌な光景を思い出し、すぐに少年から目を逸らした。

 

『みどりちゃん!さぁ行こう!』

 

「……うん」

 

蓮見は助手席の笑顔の少年に引っ張られるように車から降りた。

キラキラした建物。

高い黒いヒールを快活に鳴らして歩く蓮見は、傍から見れば自信満々のキャリアウーマンだろう。

しかし、今の蓮見には自信のじの字もなかった。

 

蓮見は怖気づいていた。

 

『みどりちゃん、俺楽しみだなぁ』

 

「私は気が重いわ」

 

『なんで!?俺すっごく楽しみにしてたんだよ!』

 

「……よくわからない分野に飛び込むのは、誰だって不安」

 

そう言って少しだけ眉間に皺を寄せた蓮見の隣で少年はカラカラと笑った。

そして、蓮見の冷たくなった手を握った。

 

『一緒に居るから安心してよ!』

 

「別に貴方が居ても全然心強くないのだけど」

 

『ええっ!俺が居れば百人力なのに!?』

 

「何に対してどう百人力なのか教えて欲しいわ」

 

蓮見の言葉に途端に『うううん』と唸り始めた少年の横顔に、それまで引きつっていた蓮見の表情が少しだけ綻んだ。

確かに、百人力かもしれない。

蓮見は心の中だけでそう思った。

 

 

そうこうしている間に、蓮見は受付の女性に要件を伝えどんどん奥へと通された。

通された先には、蓮見が一生縁のないものと諦めかけていたものがズラリと並んでいた。

思わず息を呑む蓮見。

 

そして、隣ではしゃぐ少年。

 

『すごいっ!すごいや!みどりちゃん!ねぇねぇ!』

 

嬉しそうに楽しそうにはしゃぐ少年に蓮見は返事もできず、ただただ目を奪われていた。

案内をしてくれた女性が「どちらになさいますか?」と上品な笑顔で蓮見に語りかける。

どれにしますか、と聞かれても。

蓮見は戸惑いながらゴクリと唾を飲み込んだ。

仕事の事ならばスパスパと決断できる蓮見も、こればかりはどうしたらいいのかわからない。

 

そう、蓮見がオロオロとし始めた時だった。

 

『みどりちゃん!これがいい!絶対これがいいよ!』

 

そう言って少年が指を指したものは絵に描いたようなお姫様が着るような、

 

純白でフワフワのキラキラしたウエディングドレス。

 

これぞまさにと言ったソレに蓮見は更に怖気づいた。

いやいやいや、待って。

そう、蓮見が思わず声を上げそうになった時。

 

「あちらが気になられるようですね。一度着てみられてはどうですか?」

 

「え、いや。私、あんな……」

 

「憧れますものね。着てみましょう」

 

そう、ニコニコと優しげな笑顔を浮かべる女性に推され、更には『絶対コレ!』と意気込む少年に推され、蓮見はそのウエディングドレスを着る羽目になってしまった。

通された部屋で着つけられるソレは自分には場違いなように思えて仕方が無かった。

もっとシンプルで、自分のように可愛げのない女が着てもしっくりくるようなものにしようと思っていたのに。

元々、こうならないようにドレスの試着はわざわざ結婚に意気込む相手の時間が絶対に取れないであろう今日を選んだのだ。

 

一人で着て、一人で決めようと思っていたのに。

予想外に現れた少年。

昔と変わらぬ学生服の少年。

 

蓮見はどんどん身に纏わされるそのキラキラしたドレスの姿に心臓のドキドキが収まらなかった。似合わない、なんて言われたらどうしよう。

誰に、なんてそんなもの決まっている。

 

彼はすぐに顔に出てしまうんだから。

ウソを付けない人だから。

変だって思われたら、どうしよう。

 

蓮見は急に不安になって着つけられている最中にも関わらず「やっぱりいいです」と何度も着つけてくれる女性に伝えた。

しかし、女性もここまで着せて脱ぐのもなんですと笑って手を止めてはくれなかった。

「別にこれに決めなくてもいいんです。せっかくの機会なんですから、写真もとりましょう?」なんて言われて蓮見はもう泣きそうだった。

 

仕事で泣きそうになった事は一度もないのに。

 

そんな事をしているうちに全てを着せられてしまった。

締めきられていた間仕切りが開かれる。

 

蓮見は死にそうだった。

泣きそうだった。

似合わない、変、おかしい、別のが良いね。

 

いろんなネガティブな言葉が浮かんでは消える。

 

「あの、やっぱり……」

 

『っう、わぁ』

 

開かれたカーテンの先で浮いていた少年が一瞬にして蓮見の姿に釘付けになる。

釘付けになる少年の顔に、蓮見の言葉も止まる。

時間が一瞬止まった気がした。

 

少年は言葉なく浮いていた場所から下りてくると蓮見の目の前まで下りてきた。

そして、じょじょにその顔は興奮したように真っ赤になる。

次の瞬間。

 

『っき、れい。きれい……みどりちゃん、凄くきれいだよ』

 

「………っ」

 

少年は蓮見の両手をしっかりと掴むと、少しだけ蓮見よりも低い顔の位置から見上げるように静かに言った。

それまでは騒がしい位だったのに、急に出てきた彼の落ち着いた声に蓮見はそれまで響き渡っていた心臓の音が別の意味でうるさくなるのを感じた。

 

彼はすぐに顔に出てしまうんだから。

ウソを付けない人だから。

 

だから、彼は本当に今の自分の姿を綺麗だと思ってくれている。

そう確信した瞬間、蓮見はいつの間にか自分の頬が濡れている事に気付いた。

 

「……本当に?」

 

『うん、本当。きれいだよ。こんな綺麗な花嫁さん、俺見た事が無いよ』

 

少年の言葉に蓮見の目からは次々と涙がこぼれる。

化粧が落ちるとか、みっともないとか。

そういう事が脳裏をよぎるが、止められなかった。

 

「……新谷君、ありがとう」

 

『こっちこそ。みどりちゃん……じゃないね。蓮見ちゃん。綺麗な花嫁さん姿、見せてくれてありがとう』

 

そう言って蓮見の背中に腕を回す新谷楽という名を持っていた少年はにこにこ笑いながら蓮見の頬に頬ずりをした。

それが、なんともくすぐったく、恥ずかしく。

蓮見の涙はゆっくりと引いていった。

 

「結婚式も不安なのよ。一緒に居て欲しいわ」

 

『蓮見ちゃん……』

 

「だって貴方が居れば百人力なんでしょう?」

 

蓮見は自分を抱きしめる少年に向かって縋るように言った。

今日、突然現れた少年。

それは、突然蓮見の前から姿を消した少年でもあった。

 

蓮見はまだ見ぬ自分の知らない世界に踏み込むのが不安だった。

結婚して、他人と家族になって、新しい家族を得て、育てて。

そんな普通の未来が怖くて仕方が無かった。

そのスタートラインに立つのが不安で仕方が無かった。

 

そして何より。

今こうして突然現れた過去のもう会えぬ想い人が、また突然消えてしまうという事が寂しくてたまらなかった。

約束が欲しかった。

どんな形であれ、傍に居て欲しいと思った。

 

しかし。

 

『俺は結婚式には行けないよ』

 

「……どうして?」

 

『蓮見ちゃん、大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫』

 

「大丈夫じゃないわ」

 

『ううん、大丈夫。蓮見ちゃんは裏ラスボスなんだから。最強なんだよ』

 

「最強じゃない。全然だめよ」

 

『だいじょうぶ』

 

新谷はそう言うと、抱きしめていた蓮見から離れた。

そして、しっかりと蓮見を見ると笑顔で言った。

 

『神埼蓮見さん。お仕事お疲れ様でした。ご結婚おめでとうございます』

 

「……っ!」

 

それは今日一日いろんな人に言われた言葉と同じ言葉だった。

言葉と共に送られた花束の数々。

蓮見は新谷にその言葉を贈られた瞬間、やっと、やっと。

 

自らの結婚を“喜ぶべきこと”と捉えるようになった。

不安が先行して見えていなかった未来への期待が、日の差すように光り輝いたのだ。

 

『蓮見ちゃんならきっと大丈夫。俺が言うんだから絶対だよ』

 

「そう……?」

 

『うん!絶対!』

 

少年の笑顔と共送られた“絶対”はどんな花束よりも美しく、そして力強かった。

 

(あぁ、私、結婚するんだ)

 

そして、次の瞬間には蓮見の前から空中浮遊する少年の姿は消えていた。

代わりに、今日は仕事で来れないと言っていた未来の旦那の姿が部屋に飛び込んで来た。

どうやら、やはり諦めきれず仕事を終わらせたか、放棄したかは分からないが無理やりやって来たらしい。

走って来たのだろう。

汗を流し、息をきらし、顔は真っ赤。

しかしそんな中、男は目の前に飛び込んで来た蓮見のウエディングドレス姿に思わず息を詰まらせ、言った。

 

「……綺麗だ」

 

「っふふ」

 

消えた少年と、まるで同じような言葉と表情でそう言った男の姿に、蓮見は思わず笑った。

そして初めて「あぁ、この人で良かったのかもしれない」と、そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————

 

「………ぅぁ?」

 

 

その日、仕事中に少しだけうたた寝をしてしまった、とある青年実業家の男は放置されてスリープ状態になったパソコンを前に寝ぼけた頭のまま小さく呟いた。

「あぁ、綺麗だったなぁ」と。

何が、と聞かれても青年には思い出せない。

ただ、胸の奥の方がとても温かく、そしてとても懐かしい気持ちでいっぱいである事は確かだった。

 

その日、西山秀は女性社員達にいつになく優しかったという。

タイトルとURLをコピーしました