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「さ、どんどん食えよ!敬太郎」
「……」
一泊二日の自然体験学習を終え、三日が経ったこの日。
何故か、俺は現在、一郎と一緒に何やら高級そうなイタリアンの店に居た。
「あぁ、もう。やっとお前と遊びに来れたぜ。十三回誘って、やっと一回って……はぁっ。夏休みも、もう終わっちまうわ」
「……おい、そんな事より。ここって子連れで来るような場所じゃ、絶対ないだろ」
「あ?なんだよ。不満か?ここのパスタ、うめぇぞ。ほら、食え」
「でしょうね!?」
他の客層を見てみれば、明らかに仕事の席として利用しているビジネスマン達か、残りは完全にデートにしけこむカップルたちだ。
一郎。どうして俺と来る場所に、ここをチョイスした。ファミレスでいいだろ、ファミレスで。
「だって、お前が誘いを断りまくるからよ。お前と夏休みに遊びに行く為に取ってた金、全部残ってんだ。だからパーッと使わねぇと」
「……パーッとって。頼むから貯金して」
「いんだよ。どうせ金使う場所なんか、お前と以外ねぇんだから」
「どうしてそうなる」
まったく、こんな事ばかり言う。
一郎ときたら、昔から0か100と極端すぎるのだ。俺とじゃなきゃ金を使わないって。一体何なんだ。その理屈は。
俺は目の前に用意されたズワイガニのトマトクリームパスタに、ソッとフォークをさした。マナーなんて分からないので、いつも通りフォークだけで、クルクルと麺を巻いて食べる。
そんな俺を、一郎はテーブルに肘をつきながら、自分の分の食事には手をつけず、ジッと此方を見ていた。
「あ、そうだ」
そして、ふと思い出したように尋ねてくる。
「おい、敬太郎。そういや……ねぇとは思うが、童子の野郎から何か接触はねぇか」
「ないよ。あるワケない。こないだからずっと言ってるだろ?」
「ったく!お前は知らないと思うけどなぁ!アイツはとんだド変態野郎だ!マジでお前みたいな警戒心のないガキなんて、捕まえようと思えば秒で捕まえられんだからな!」
「ちょっと、一郎。もっと静かに」
俺は「シッ」と口の前に人差し指を立てると、体の大きくなっただけの子供を諫める。
まったく、周囲の高級感のある雰囲気の中、格好だけなら一人前なのに、一郎ときたら声も態度も最悪だ。
「……おい。だから、そういうアザとい態度が変態を引っかけんだよ。敬太郎、お前にも原因はあんだからな?反省しろ。包丁で指切った時だってよぉ」
「はぁ?俺のどこがあざといんだよ!?」
「……おい。さては、お前自分が可愛い事を気付いて、分かってやってんな?」
「は?一郎、お前……俺の事可愛いとか思ってるのか?」
俺がフォークをパスタに刺したまま一郎の方を見てみると、そこには、ハタとした表情で固まる一郎の姿があった。
「……」
「一郎?」
「ちげぇよ。俺はちげぇ」
「なにが」
「違うかんな!?」
「だから、何がだよ!?」
俺は急に、俺に向かって怒鳴ってきた一郎に、最早意味がわからなかった。よく見れば、少し顔が赤い。
「俺は童子とは違ぇ。俺はお前が大人だっていい」
「は?だから何の話だよ」
「むしろ、大人がいい!」
「だから、何なんだよ!?」
もう完全に訳が分からない。しかし、一郎は混乱する俺を余所に、何がどうしたのかテーブルに両手をつくと、俺の方まで身を乗り出してきた。
頼むから、こういう店で、そんな子供みたいな態度は止めてくれ!
「つーか、敬太郎!お前、早く大人になれ!童子の変態からお前を守るには、もう完全にソレしかねぇ!」
「な、何がだよ」
「童子はガキにしか興味がねぇからな。せめて高校……いや。中二くらいになったら、多分あのテのヤツの許容範囲から外れる!そして、俺的には、お前が早く大人になってくれれば、周りにどうこう言われずに一緒に遊べるから、一石二鳥だ!」
そう言うと「な?いい考えだろ?」と、まるで小学生の頃のまんまの一郎の顔で言ってくるもんだから、俺は思わず吹き出した。
「そうだな」
「そうだろ?な、敬太郎。だから、早く食って大人になってくれ」
「うん」
そうだ。
子供の頃には戻れないが、俺が“大人”になれば、またあの頃のように、一郎とまた思い切り遊べるようになるのだ。前の俺には出来なかった事が、今の俺には出来る。
やっと、出来るのだ。
一郎と一緒に、大人になる事が。そう思うと、俺は――。
「楽しみだなぁっ」
俺はそう遠くない未来を思い、また二人であちこちに遊び回る姿を想像して、堪え切れずに笑った。そんな俺に、一郎はまたしても完全に固まると、また一人でブツブツと頭を抱えて呻き始めた。
「俺はアイツとはちげぇ。ちげぇ。可愛いってそういうんじゃなぇ」
「……」
一郎のヤツ、また童子さんの事を言っている。
俺は先程の一郎の口にした言葉を思い出しながら、ズボンのポケットの紙の存在をハタと思い出した。
——童子はガキにしか興味がねぇからな。
果たしてそうなのか。
肝試しの時、童子さんから贈られた一枚の紙と、帰り際に向けられた甘ったるい笑みを思い出して、俺はまたしても酔いそうになった。
あの、割りばしの瓶の下に置いてあった一枚の紙。そこには、意外にも崩れた乱暴な字で、こう書いてあった。
また、甘えたくなったら、いつでも連絡しておいで。
敬太郎君は特別。
大人になった後でも、ね。
その、メッセージと共に、電話番号やら、メールアドレスやら、SNSのアカウントやら、果ては自宅の住所まで。ともかく、ありとあらゆる童子さんの連絡先が書かれていた。
見ているだけで、酔いそうな紙ギッシリに書かれた、彼との接点の糸。
酔う。
「おい、敬太郎?」
「一郎?」
またしても、良いタイミングで“酔い留め”の声が聞こえてきた。
あぁ、良かった。また、正気に戻れた。この紙は危険だ。持ってると、ふとした拍子に、こちら側から接点を持たせようとしてくる力を持つ。
童子さんの、あの甘ったるい“酔い”は、弱さに付け込むズルさで溢れている。
「敬太郎?どうした?」
そう、不安そうな表情で此方を見てくる一郎に、俺は巻き途中だったパスタを、再びくるくる巻くと、そのまま一郎の方へと差し出した。
「ほら、一郎。美味しいよ。はい、あーん」
「……お、おう」
「あと、これも。一郎がどうにかして」
「ん?」
俺は差し出したパスタに口を付ける一郎に、ポケットに入れていた童子さんからの、山のような連絡先とメッセージの書かれた紙を取り出した。
これは、“子供”の俺には手に余る。
大人の一郎に対応してもらう事にしよう。
「ん。なんだ、こりゃ」
受け取った紙を見た数秒後。
一郎の怒声が店中に響き渡ったのは、まぁ言うまでもないだろう。
おわり
な、長かった。
読了お疲れ様です。
ちなみに、童子は、敬太郎の血の付いたシャツを洗っておりません。完全保管。
一郎は激怒の上、童子に連絡(SNSも監視の為に見る)を取って、その事を知らされ、更に大激怒する。そんな、感じになる予定です。