忘れられない記憶より、甘えん坊へ

【忘れられない記憶】

番外編第4弾

 

 

拓道×ヤスキ

仕事で疲れ果てた拓道はたまに12歳の子供に戻ります。

そういう話。

 

 


 

 

 

 

俺の恋人である、平川拓道君はとても格好良い。

現役のアナウンサーで、彼が司会をする番組を俺は全て漏れなく録画して見ている。

場の空気を読み、必要な言葉を放ち、出演者が動きやすいように計らう彼の自然な会話術には、いつも感心させられる。

 

その上、拓道君は仕事柄とても物知りだ。

何でも知っていて、俺がどうしてだろうと思うとすぐに教えてくれる。

出会った頃は俺が教師で、拓道君に勉強を教えていたのに、今では逆だ。

拓道君はかしこくて格好良くて、とても眼鏡が良く似合う好青年だ。

 

それに、拓道君はとても優しい。

いつも俺を優先して考えて行動してくれる。

仕事も忙しいだろうし、考える事もたくさんあるだろうに。

口を開けばいつも俺の事を気遣う事ばかり言ってくる。

 

あぁ、本当に。

俺みたいななんてことない普通のおじさんには、もったいなくて仕方が無い人だ。

 

拓道君は、俺にとっての英雄で王子様でヒーローで。

ともかく、彼はいつも笑って道なき道を切り拓いていく。

 

でも、そんな彼がごく稀に“12歳の平川拓道君”に戻ってしまう時がある。

それは彼が酷く疲れ果ててしまった時。

主な原因は仕事。

 

嬉しい事に、仕事が忙しく俺と会う時間が極力減ってしまった時にその幼い彼は登場する。

彼が12歳に戻る時。

それは俺に甘えたくて、助けて欲しい時だ。

俺はいつも甘えさせて、助けてもらっている分。

そういう時はめいっぱい俺が甘やかしてあげようと決めている。

 

これは、そんな12歳の彼と俺の1時間のお話である。

 

 

 

 

————–

忘れられない記憶より、甘えん坊へ

————–

 

 

 

「ただいま」

「おかえりー」

 

 

そう言って仕事から帰ってきた拓道君を、玄関まで出迎えると、そこには12歳の彼が居た。

いや、本当は立派で格好良い35歳の彼なのだが、俺には帰宅した拓道君が12歳になってしまっている事に、すぐ気付いた。

 

奥二重の彼の目が、くっきり二重になっている。

若干、機嫌も悪そうだ。

そういえば彼は最近ずっと仕事が忙しくて不規則な生活が続いていた。

こうして普通の時間に顔を合わせたのは1週間ぶりくらいだろう。

 

「せんせー。きつか」

「そうだね。拓道君、お疲れ様でした」

 

籍を入れてから俺の事を“ヤスキ”と呼ぶ事が増えた彼がこうして昔のように“せんせー”と呼ぶ。

それが12歳の彼の合図だ。

 

俺はすぐに拓道君から荷物と上着を受け取ると、どこか足取りの重い拓道君をすぐさまリビングのソファに腰掛けさせた。

どこか薄らぼんやりとする拓道君を尻目に、俺は静かに準備をする。

 

何の準備か。

それは、拓道君を甘やかす準備だ。

 

まずは、テレビを消す。

テレビはどれも彼の職場だ。

仕事で疲れた拓道君に、テレビは不要だ。

 

その代わり、少し軽快なジャズを静か目の音量で流す。

チラリと拓道君を見てみると、手足を投げ出し、ぼーっと天井を見ている。

 

あぁ、早くしないと。

 

俺は手に持っていた彼の荷物と上着を所定の場所に戻すと、濡らしたタオル2枚をレンジで温める。

ついでに用意していた夕食は一旦冷蔵庫に仕舞い、紅茶を淹れる。

 

そうこうしているうちにレンジに入れたタオルが温まった。

紅茶は本当は茶葉から本格的に淹れたいのだが、そんな時間はないのでティーパックで素早く作る。

そうして俺がリビングに戻ると、先程まで天井を見ていた拓道君が、ぼんやりと俺を見ていた。

 

「どうしたの?拓道君?」

 

俺は極力、小学校の先生をしていた時のような声色で尋ねる。

そうしてソファに座る彼の横に座る。

 

「せんせー、きつか。俺、喉痛か。風邪ば引いたかもしれん」

「それはいけないね。手洗いうがいをしなくちゃ」

「嫌だ、動きたくなか。きつかもん」

 

拓道君はそう言うとイヤイヤと頭を振りながら俺の肩に頭を押し付けてくる。

そんな彼の背中と頭を俺はよしよしと撫でて上げる。

喉が痛いというのも、風邪をひいたかもというのも、この時特有の彼の嘘だ。

 

俺に心配して欲しいという根底が、そう彼に言わせるのだろう。

だから俺は心配する。

嘘だとわかっていても、俺は彼が本当に心配なのだ。

 

「喉が痛いんだったら、明日病院に行かなきゃ」

「明日も仕事やん。嫌やん。きつか。病院も仕事も行きたくなか。もう嫌」

「そっか、嫌かぁ。拓道君。じゃあ、お仕事も病院も行かなくていいから、ちょっとこっち向いて」

「嫌やん」

 

俺が提案すると、拓道君はいやいやと言いながらも、しばらくすると俺の肩から顔を上げてこっちをジッと見てきた。

まるで本当に12歳の彼に戻ったように、聞きわけが悪い。

でも、それでいいのだ。

 

拓道君は、今全てを嫌だと言いたいだけなのだ。

そして、それを言えるのは俺にだけなのだ。

 

顔を上げた拓道君に俺はそっと先程作った紅茶を渡す。

何も言わずに。

「飲んで」というと、きっと彼は「嫌やん」と言うだろうから。

 

黙って渡す。

すると、彼は黙って受け取って紅茶をゆっくりと飲む。

そんな彼に俺は微笑んで、先程温めたタオルの一枚を手に取った。

 

「紅茶はね、殺菌作用があるから喉が痛いのもすぐ直るよ」

「なおらん」

「治る、治る。はい、カップはこっちに置くよ」

「……なおらんやん」

「はい、じゃあ、横になろうか。拓道君。頭はこっちね

「せんせーが、俺ば無視する」

 

未だに言い募る彼に微笑んで、紅茶のカップを俺はテーブルへと戻す。

そして眼鏡を取って二重がハッキりした彼をソファにゆっくりと横たわらせる。

頭は俺の膝の上だ。

彼はむっとしながらも、率先して俺の膝にこうして頭を乗せてくる。

 

この後俺がどうするのか分かっているからだ。

 

「はい、じゃあタオルを置くからね。あったかいよー」

「ん」

 

そう、短く返事をする拓道君に、俺は手に持っていた蒸しタオルを彼の目の上にかぶせ、目の周りを中心にゆっくりと揉む。

彼の口からは「はぁ」と、深い呼吸音が聞こえる。

 

「熱くない?」

「あつくない」

 

そっけなく答える彼に、今度は俺はもう一枚のタオルを手に取り、腹の上に置かれた拓道君の手を掴む。

そして、そのままそのタオルでゆっくりと拓道君の手を揉みながら拭いてあげるのだ。

手のひら、指と指の間、爪の間まで細かい所も全てタオルでマッサージしながら拭う。

 

「拓道君、きもちいい?」

「目のがぬるくなってきた」

「ごめんね、じゃあ取ろうか」

 

拓道君の言う通り、ぬるくなったタオルを目の上から取る。

すると、そこには目をシバシバさせながらも、俺をジッと見上げてくる拓道君の顔が現れた。

 

「はい、こんにちは」

「ん」

「はい、じゃあお風呂入ろうか?」

 

俺は拓道君の返事が分かっていながらも、一応聞いてみる。

そう、あくまで一応。

 

「いややん。きつかけん。動きたくなか。喉痛かっち言いよるやん」

「そっか、そうだね。風邪引いてるかもしれないから、お風呂は明日の朝にしようか」

「朝も嫌やん」

 

不機嫌が募る彼に、俺は彼のカチカチの肩を揉みほぐしながら少しだけ考えるそぶりを見せて「それじゃあ」と口を開いてみる。

 

「先生が、耳かきしようか?」

「……して」

「よし、分かった。じゃあ、まずは右耳からー」

 

俺がそう言うと拓道君は右耳を上にするように横になる。

俺は手はテーブルの上にある、ペン立ての中にある鉄製の耳かきを取った。

これだと先が細く強いので、よく取れるのだ。

 

「はよして」

「うん、じゃあいくねー」

 

そうやって、俺は奥に入りすぎないように拓道君の耳掃除をする。

まぁ、基本綺麗なものなのだけれど、耳かきの感覚が気持ちが良いのか拓道君は目を瞑る。

そして、俺が耳掃除をしている最中、ずっと俺の足や俺のお腹を触る。

 

サワサワとせわしなく触り続ける。

 

けれど、その触り方にはいつもの35歳の彼のようなセックスの前戯のような熱を帯びた触り方ではない。

ただ、それは純粋な手遊びだ。

 

これも、12歳の拓道君になった時の特徴だ。

12歳の彼はセックスを求めない。

故に、触り方も触れあい方も子供のソレだ。

 

だから時々くすぐったくなる。

 

「拓道君、くすぐったいよー。あぶないから止めてー」

「いーやー」

 

そう、少し機嫌が良くなった彼はクスクス笑いながら俺の体を触り続ける。

そんな事を続けながら俺は拓道君の両方の耳を掃除し終えた。

俺が「終わったよ」と言うと、拓道君はまだ満足していないのか「えー」と不満そうに声を上げるだけで、俺の膝の上からどこうとしない。

 

どうやら、まだまだ甘え足りないらしい。

 

「じゃあ、ごはん食べようか。何食べたい?」

「ごはんとかいらん。きつかもん」

 

そう言って、俺の腹に向かって顔をくっつけてくる彼は、本当の本当に12歳に戻ったようで、俺にとっては可愛らしい。

傍から見て俺達がどう見えるのかは定かではないが、しかし大丈夫。

ここには俺と彼しかいないのだから。

 

「んー、じゃあ。先生が爪切りをしてあげる」

 

俺が拓道君の頭を撫でながら言うと、それまで顔を俺の腹に埋めていた彼が、そっと手だけを俺に向かって差し出してきた。

どうやら、してくれと言う事らしい。

 

「はい、じゃあいきまーす」

 

俺はまたしてもテーブルの上のペン立てから爪切りセットを取り出した。

そして、一本一本の指の爪を丁寧にやすりで削り、ついでに爪を磨いていく。

やすりで削って、ふーと息を吹きかける。

 

その息が当たるのがくすぐったいのか腹に顔を埋めたまま拓道君はクスクス笑う。

 

そして、手が自由にならない為、今度は拓道君は口を動かし始めた。

少し眠いのか、たどたどしい口調で、何に疲れて何に腹を立てて、何に嫌な想いをしたのか。

ポツポツと口を動かす。

 

「プロデューサーも、俺ばっかりに言うけん嫌やん。そげん俺、なんでんしきらんとに。休みんいっちょんなかし。もう嫌やん」

 

「そうだね。拓道君ばっかり、きついね。拓道君は偉いねぇ。嫌だけど、ちゃんとするんだね。偉い偉い」

「俺、えらか?一番えらか?」

「うん、拓道君が一番偉い。凄いと思う。毎日、毎日、テレビの拓道君はがんばってる。えらいよ」

「へへっ」

 

そう言って俺の腹から顔を離し、俺を見上げてくる幼い彼に、俺は少しだけたまらない気持を抑えきれくなってしまった。

いつもは12歳の彼にこんな事言わない。

けれど、今日はその拓道君の照れたような笑顔を見て、おじさんなのに柄にもなくきゅんと来てしまったのだ。

 

だから、言ってしまった。

 

「拓道君、キスしていい?」

「きす?

「1回だけでいいから、口にちゅーさせて」

「…………」

 

俺が膝の上の彼のそう言うと、それまできょとんとしていた彼の目に、次の瞬間力が宿っていた。

その時、俺は無意識に理解していた。

 

12歳の彼は消えてしまったのだ、と。

 

そう理解すると同時に、俺が爪を削っているのとは反対の手が、いつの間にか俺の後頭部に添えられていた。

そして、その手は力と意思を持って俺の頭を押す。

 

「んっ」

「っ」

 

押された俺の口がいきついた先は、求めていた拓道君の唇だった。

けれど、触れあった口同士が行ったのは、やはり“ちゅー”なんていう生易しいものではなかった。

12歳の彼がする筈もない、それは正真正銘“大人のキス”だった。

 

「……っはぁ。拓道君?」

「ヤスキ、もっと何回でんキスしてよかけん。ベッドに行こうばい」

 

そう言って俺を下から見上げてくるのは、ハッキリとした目でこちらを見るいつもの拓道君。

爪を削っていた方の手はいつの間にか俺の足をいやらしく行ったり来たりさせている。

良かった、疲れは取れたようだ。

 

 

「おかえり、拓道君」

「ただいま、ヤスキ」

 

 

そう言って互いに笑い合うと、俺達はもう一度キスをした。

 

 

 

 

おわり


 

完全にいちゃいちゃしているだけのお話であった。

忘れられない記憶より、愛を込めて 番外編4
米騒動
タイトルとURLをコピーしました