3:メスの顔

 

 

「あー、さっむ!」

 

「っ!」

 

 その瞬間、玄関が勢いよく開く音がした。そして、すぐに聞き慣れた声が響き渡る。

 

「あれ?一郎の靴……もう来てたのかぁ」

 

 玄関から聞こえてくるのは、そんな安穏としたいつもの声。その声に俺は一瞬、肩の力が抜けたが、ただ自分の手にある漫画の存在を思い出し、思わずその本を服の下に隠した。

 

 あ?何やってんだ、俺。

 

 そして、次の瞬間。それまで俺一人だった部屋に、敬太郎が勢いよく飛び込んできた。

 

「一郎!ごめん!ちょっと回覧板届けてた!」

「……お、おお」

「待っただろ。ちょっと待っててな、プリント出すから。あー、あったかー」

 

 そう言って敬太郎がパタパタと俺の隣を通り過ぎ、自身の鞄に手を突っ込む。俺はと言えば、思わず服の下に隠してしまった先程の漫画に、ドクドクと心臓が嫌な音を立てて仕方がなかった。

 

 なに、やってんだよ。俺は。

 

「あった!一郎、これこれ。今日の分!……一郎?」

「……んだよ」

 

 プリントを持って俺の前にやって来た敬太郎が、俺の顔を見て首を傾げた。その姿が、俺は何故か、先程まで読んでいたあのエロイ漫画の主人公と被って仕方がない。

凄まじいまでにメスの顔をした男と、その幼馴染。

 

「一郎、どーした?」

「……」

 

 あぁ、やめろ。近寄るな。キモイ。お前、男が好きだったのか。つーか、首なんか傾げやがって。あざといんだよ。お前、俺が好きなのかよ。キモイキモイ。

 

「お前、顔赤いけどどうした?風邪か?」

「っ!」

 

 そう言って、敬太郎がソッと俺の額へと手を当ててきた。その瞬間、俺の背筋に雷が落ちたような感覚が走る。

次いで、ゾクゾクとした嫌な感覚。やべ、このままだと……勃。

 

 

「触んじゃねぇよ!キメェな!?」

「っひ!な、な、な……!」

「あざといんだよ!クソ!ずっと俺の事、騙しやがって!キメェ!」

「何だよ!急に!え!?何キレてんだよ!」

「っクソが!帰る!!」

「ちょっ、一郎!?」

 

 俺は、勢いのまま叫ぶとそのまま敬太郎の隣を通り過ぎて部屋を出ようとした。しかし、その瞬間、俺の頭の中に、嫌な記憶が蘇るのを感じる。

 

 

——–の、野田君。

 

 

「っ!」

 

 本能的に思った。

 こんな風に別れたら、また敬太郎とあんな風になるんじゃないかって。でも、もしかしたら敬太郎は男が……もしかすると、“俺”が好きかもしれないのだ。

 もしそうなら、どうする。

 

 無理だろ。ぜってー無理!

 だって男だぞ?敬太郎だぞ!おくら、あんな気持ちよさそうだとしても、俺は無理だ!

 

 でも、

 

「……一郎?」

「……わり。また来る」

「え?あ、うん」

 

 敬太郎の戸惑ったような声が聞こえる。

 その声に、俺は腹の中の気色悪い拒絶心とは裏腹に、冷静に敬太郎に「また来る」と口にしていた。

 

「……」

 

 無理だ、無理だと言いながらも俺にとっては、敬太郎と再びあんな風に距離がデキちまう方が無理だったようだ。

 

 自分でも驚く。ありえねぇだろって思う。

でも、「また来る」と言った事に、後悔はない。むしろ、感情に任せて敬太郎の家を出て来なくて、本当に良かったとホッとしているくらいだ。

 

「……なんなんだよ。これは」

 

 その日から、俺は敬太郎の家からパクってしまったその漫画を、繰り返し繰り返し読んでしまった。キモイキモイと思いながら、でも、直接、コレについて、敬太郎に尋ねる勇気もない。

 

 敬太郎が本当はどう思っているのか。

聞けねぇ以上、俺はコレからしか敬太郎の本当の気持ちを推測出来ないのだ。

 

「つーか、エロ過ぎだろ……」

 

 敬太郎の家には、毎日通っている。

 ただ、敬太郎への接し方が、かなりぎこちなくなっているのは確かだ。そのせいで、敬太郎も若干不審がってはいるようだ。でも、仕方がねぇだろ。

 

「だって、お前……俺の事が好きなんだろ」

 

 だから、俺と受験勉強をしようなんて言い出したんだろ?毎日毎日、馬鹿みたいに必死にプリント持って来て。喧嘩して傷だらけになる俺を心配して。

 

「……無理だぞ。俺は。男は無理だ。イセとのキスも、マジでキモかったし。無理だ。無理」

 

 俺に彼女が居るって知った時、お前どんな気持ちだったんだよ。だから、あの女が俺の家に来てるのを見た時、必死になって逃げたのか?

お前は傷ついたんだろ?

 

だから、お前は自分家で勉強しようなんて言ってきたんじゃねぇのか?

 

「……男同士なんて、ぜってーナイだろ」

 

 そう。毎晩毎晩、その漫画を読みながら、俺は自分に言い聞かせた。

キモい。ケツにつっこむなんて、マジでありえねぇ。なのに、何でコイツはこんなに気持ち良さそうなんだ。

 

「俺は……無理だかんな。敬太郎」

 

 そうやって、俺は敬太郎の気持ちは無視して、でも、幼馴染で居る為に、毎日敬太郎の家に向かうのは止めなかった。

 敬太郎には悪いが、俺は気付かないフリをして、幼馴染だけ続けさせてもらう。“幼馴染”だけなら一緒に居てやってもいいのだ。

 

 きっと、敬太郎もそれだけで嬉しい筈だろう。

 あの漫画の主人公も、そんな事を言っていた。悪いが、主導権は俺にある。だいたい、こういうのは惚れた方が負けなのだ。だから、俺の勝ちだ。完全勝利だ。

 

 

「敬太郎、お前は俺の“幼馴染”だ。それ以外はねぇ」

 

 

 そう、思っていた筈だったのに。

 

 

転生してみたものの 番外編5
米騒動
タイトルとURLをコピーしました