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 二人の男女が夜の道を並んで歩いている。

 二人共ピシリと背筋を伸ばし、ブラックスーツとネイビーのフレアドレスに身を包んだ男女は、傍から見れば夫婦のようだ。

 

 つまり、お似合いなのだ。

 

 すれ違う人々は、一様に絵になる二人の歩く様に、思わず何度も振り返る。なんだ。ここではドラマの撮影でもやっているのか。そんな気持ちで周囲を見渡してしまう程には、その二人はサマになっていた。

 

ただ、

 

「いやぁ、面白か結婚式やったなぁ。ぎゃん笑ったわ」

「ねー?庄司が何かするっちは思っとったけど、お兄ちゃんもあげんか事ばするっちは思わんかった」

 

 通り過ぎ様に振り返る人々は、皆、自身の耳に聞こえてきた言葉と、二人の見た目のギャップに、何度も振り向いてしまう。

決して見目麗しい二人を、二度見したいからではない。

 

「庄司っち、あん人か?先生の高校の友達?あん人は、凄かったな」

「そう!私、庄司好き!面白かけん!」

「……宮和歌。お前、年上好ばっか好きになるやん。じゃあ、その庄司はダメとか?」

「ダメとかってどういうこつ?」

「……庄司とは付き合わんとかっちこと」

「え?庄司は十年くらい前から付き合っとる彼氏がおるよ」

「あ?」

 

 宮和歌からサラリと返された“彼氏”という言葉に、忠孝は、会場に居た“庄司”という男を思い出す。口の上手い、聴衆の視線を奪うのに長けた……それこそ拓道のような男だった。

 

そう、男だ。何をどう見ても“男”だったのだ。

 

「庄司も彼氏か……なんか、女の好きな俺の方がマイナーなんかなっち勘違いしてくんな。最近」

「まぁ、男でも女でも好きなら良かくさ。私、宮古も好きやん。こないだ、フィナンシェば持って来てくれたけんね。あ、宮古っち言うのが庄司の彼氏」

「あぁ、そう。お前、誰でも好きやな」

「皆、良か人やもん」

 

 カラカラと笑いながら歩く宮和歌の横顔に、忠孝は結婚式の余韻を、気分よく感じながら歩いた。

 

「お兄ちゃんの結婚式、参加して良かった。楽しかった」

「そりゃ、良かった」

 

 スタスタと、忠孝は夜風をきって歩く。

いつもなら、女と歩く時は女の歩幅に合わせてやるのだが、宮和歌にはそれが不要だ。なにせ、宮和歌の歩幅は忠孝の歩幅と同じなのである。

 合わせなくても、合ってしまう。だから、楽だ。

 

「ねぇ、忠孝君」

「ん」

 

 いつの間にか、宮和歌と忠孝は、互いを名前で呼ぶようになっていた。いつからだったか、それすら分からない。その位、自然で滑らかな変化だった。

 

「わたしねー」

「おう」

 

 少しだけ酒に酔った女が隣に居る。それも、肩が触れる程の距離に。見目は悪くない。むしろ、美しい部類に入る。

ベリィショートだった髪も、今や肩辺りまで伸びている。兄たっての希望で、昔のように伸ばす事を決めたらしい。

 

 絶対口に出したりしないが、伸ばした方が、宮和歌には断然似合っていた。

 一言で言えば、そう、

 

「(良い、女だ)」

 

普通は、男として、忠孝はこんな良い女をスルリと帰したりはしない。

 

「ふふふ」

「何か、この酔っ払いが」

 

 ただ、伊藤忠孝には、いくつか自戒があった。

 

 処女には手を出さない。後から面倒な事になりそうだから。

 職場の女にも手を出さない。後から面倒な事になりそうだから。

 あと、結婚願望のある女もアウト。後から面倒な事になりそうだから。

 

 

『ヤスキ。俺は楽しみで仕方ない。これから、ヤスキの嫌な所もどんどん知っていけるなんて。全部楽しみだ。だから、ずっと一緒に居られる事を、誓えるのが……本当に嬉しい』

 

 

 将来など、誰とも何も、誓いたくない。

 親友の誓いを聞きながら、改めて思った。

 そして、それで自分を下衆だのカスだのとは、もう思わない。これが、伊藤忠孝だと、今度こそ胸を張っていられた。

 

 なにせ、自分が美しくて真っ直ぐだと思っていたヤツらが、自分に対して価値を見出してくれるのだ。

 

 

『拓道!等価交換たい!お兄ちゃんばやるけん、忠孝君ば私にやらんね!私の大親友にするけん!皆さん聞いてください!この人は私の大親友です!』

『はぁ!?お前何ば言いよるとかやん!忠孝は俺の大親友た!ポッと出のブラコンが何ば図々しか!俺達が何年の付き合いっち思いよるとか!』

 

 

 そう言って、結婚式の最中、何故か自分が二人の男女に取り合われたのだ。そろそろ、素直に自分を誇って良い頃だろう。

 

「(大親友とか……久しぶりに聞いたわ)」

 

 未だに隣で、クスクスと笑う宮和歌を横目に、忠孝は思う。

 

 宮和歌は、論外だ。

 処女で、同じ職場の同僚。結婚願望はなさそうだが、それでも二つも、忠孝の自戒に当てはまっている。

 

 完全に論外。だから、安全だ。男女の間に友情が成立するかは、甚だ疑問だが。宮和歌が自分を“大親友”に位置付けるのであれば、それで良い。

論外女は拓道と同じ枠に当てはめてやれ。

 

 そう、思っていたのに。

 

「わたしねー、明日、男の人と会ってくると。ふふ」

「は?」

 

 忠孝の時が止まった。今、この女は何と言った?

 男と会ってくる?何だ、ソレは。

 

「聞いてない。何だソレ」

「今、言った」

「いや、待て待て。明日ん事ば急に言うな。何かソレ」

「皆結婚しよるけん、私も、ちょっとしたくなったと。やけん、婚活アプリば入れた!そしたら、いっぱいイイネが来たとよ!」

 

 ほら!

 そう言って婚活アプリの画面を見せてくる宮和歌に、忠孝は近すぎて画面など一切見えなかったが、ともかく、眉を顰めた。

 

「そりゃ、お前が、医者で!金持っとるけんやろ!金目当ての、体目当てのヤツしか寄ってこんぜ!そんなモン!」

「メッセージのやり取りばしたら、良か人やった!」

「お前は全員良か人やろうが!?俺にも言うっちゃけんな!」

 

 話にならない。

 けれど、宮和歌は婚活アプリを見ながら「来週は別の人に会う予定」と、友達との遊びの予定のような感覚で、カラカラと笑うではないか。最早、頭を抱えるしかない。

 

「あり得ん……」

 

 いや、何に対して頭を抱えているのか。忠孝には、自分でも理解出来なかったし、したくもなかった。

 

「処女で、同僚で、結婚願望もある……」

 

 伊藤忠孝には自戒がある。

 処女と、職場と、結婚願望の強い女。これに一つでも当てはまったら、絶対に手を出さない。それで言えば、現在、宮和歌は完全にスリーアウトチェンジ状態の、論外女だ。

 

 なのに、何故だ。

 忠孝の目の前には、二つの分かれ道が現れた。

 

「私が結婚したら、お兄ちゃん喜ぶやかー?」

「……」

 

 宮和歌を、このスリーアウト女を、持ち帰るか、持ち帰らないか。

 

「どうする、俺……!」

 

 伊藤忠孝は、その非常に良い頭をフル回転して考えた。

 これが人生の、大きな岐路になりそうな事を、どこかで意識しながら。

 

 

 

 二人の男女は、夜の街に煌々と照らされ続けたのだった。

 

 

 

 

おわり


 

 kindle化前に完結させられて良かったですーー!久々のNLモノみたいになってしまった。

そして、軽く更5と6合間に7年以上開くという……もう、これが限界&限界。過去の私は多分、こういう流れにしたかった訳ではない事は、メモを見ると明らかなのですが……まぁ、これにて番外編おわりです。

 

 そのうち、一カ月以内にkindle化する可能性が高いので、その時まで米騒動でのんびり読んであげてくださーい。

 

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