上白垣栞は、歓喜の渦に呑まれていた。
「きたきたきたきたーーー!やっと恋愛シミュレーションゲームっぽくなってきたじゃない!!もーーー!待たせやがって!いや、むしろお待たせしましたーー!」
病は気から。心配は身の毒。万の病は心から。
なんて事はよく言ったもので、気持ちの持ちようで病気のありようなどは良くも悪くもなるという意味の言葉達だ。
今の栞なんかは、まさにその通りである。
つまり、先程まで「過労(ゲームのし過ぎによる)で死んでしまう」などと、弱気な発言を見せていた栞も、今は画面に映し出される美麗なグラフィックと、色気のある男達の声の演技によって、完全に元気を取り戻していた。
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【???】
シオリ。この男は一体何だ
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そうやって、突然画面に現れたのは、黒髪の見慣れぬ姿をしたキャラだった。
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【シオリ】
(この人、一体誰だろう?)
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ゲーム画面に移り込む後ろ姿の主人公が、突然現れた黒髪のキャラに首を傾げている。ここに来て新キャラか。いいや、そんな事はない。
なにせ、そのキャラデザは完全に脇役のソレではなかった。短い黒髪。切れ長のクールな目元。そして、ラフな服装の袖から覗く四肢には、薄いながらもしっかりとした筋肉が付いている。
圧倒的なイケメンキャラ。それは、どこからどう見ても、恋愛シミュレーションゲームの“攻略対象者”のオーラを放っていた。
「あ、ああ、あぁ……なんてこと!ここに来て、まさか……!」
しかし、【セブンスナイトシリーズ】は必ず攻略対象者は七人と決まっている。タイトルからしても、今後もその法則が破られる事はないだろう。
新しい攻略対象者でも、サブキャラでもない。だとすると、この見慣れぬキャラの示す相手はただ一人だ。
栞は歓喜に震えた。
そのキャラには見覚えはなかったが、その“声”には、大いに聴き覚えがあったからだ。
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【???】
シオリ。まさか俺の事が分からないのか?
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「イーーーサーーー!」
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【シオリ】
まさか……イーサ?
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余りの予想外な展開に、栞は勢いよくその場から立ち上がった。震えて、そして叫び散らかした。
「貴方、姿を変えるタイプのキャラだったのーーー!?どうせアレでしょーー!お忍びの時はこの姿で街に下りるとかでしょーー!最高のキャラデザ過ぎぃっ!一つで二つの味を楽しめるなんて……最高じゃないっ!」
栞の予想は概ねその通りであった。
イーサは定期的に王としての姿をマナで変化させ街へ下りると言う、軽い放浪癖のあるキャラだった。本人曰く、見聞を広める為、という事らしい。
「あぁっ!イーサっ!私の事が心配で付いて来ちゃったのね……イケメンなのに可愛すぎっ!ギャップ萌えにも程があるでしょ!」
そして、今回。
無事にナンス鉱山から帰還したシオリが、仲間達と“生還の宴”をするというのが気になって、シオリの後をコッソリ付いて来た、と。つまりは、栞の言う通りの経緯なのである。
そう、ナンス鉱山からの生還後、あれほどまでに主人公をペット扱いしていた筈のイーサが、徐々に“異性”としての扱いをチラつかせ始めた。
「あぁっ。長かった。本当にここまで長かった……ナンス鉱山での三十日間の夜会話の選択肢を丁寧に選んでいった甲斐があった……!やっぱり男女は夜にこそ、その親密さを増す!」
これまでの、金策に次ぐ金策。疲労と過労死に怯える日々。
正直、栞はこれまでずっと、本当に自分が今プレイしているのは、恋愛シミュレーションゲームなのか?と心の中で問いかける事山の如しであった。
それが今やどうだ。
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【テザー】
おい、シオン。この無礼極まりないヤツは一体誰だ?
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【イーサ】
シオン?っは、貴様何を言っている。まぁ、お前などシオリの偽りの名でも口にしているといい。
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【テザー】
なんだと?
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【シオリ】
二人共、ちょっとこんな所で喧嘩なんて止めて。
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画面では、主人公を巡って二人のイケメンキャラが牙を向け合っているではないか。
「あぁっ。コレよ、コレ!私の見たかった光景は、まさにコレ!」
もう感極まり過ぎて、栞は涙が流れそうな程だった。ここまでの道のりが長く、険しく、困難であった分、辿り着いた時のこの感動はひとしおだった。
まぁ、まだまだゲームは終わらないのであるが、栞の中では軽くゴールテープを切ったような気持ちである。
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【テザー】
おい、シオン。今夜は俺の所に来い。お前とは二人で色々と話したい事があったんだ。いいだろ?
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【イーサ】
貴様、何を言っている?シオリは俺のモノだ。シオリは今夜、俺の寝所に来るんだ。なにせ、シオリは、俺のモノだからな?
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「二人の男が私を巡って争っている。最高……なのに!!」
そしてここに来て、画面に現れた選択肢に栞は拳を握りしめた。
どう答える?
【テザー先輩、ごめんなさい。今晩は予定があって……】
【イーサ、ごめんね。今晩は予定があって……】
【ごめんなさい。今晩はマティックに呼ばれてて……】
「だからっ!選択肢全部同じじゃないっ!」
栞はコントローラーを握りしめながら、心底思った。
恋愛シミュレーションゲームという舞台の上で、自分は“恋愛”にではなく、制作スタッフに弄ばれているのではないか、と。
「でも!良いっ!私は弄ばれて本望ですっ!」
それはそれで、一切先の見えぬ展開に、知らず知らずに胸を躍らせてしまっている。やはり、栞は根っからの“ガチオタゲーマー”だった。