目の前のコレは、一体誰だろうか。
「そうなんですね。森にモンスターが急に増えてしまった、と。それは大変だ。俺にまかせて下さい」
「あぁ、勇者様。ありがとうございます」
「私どもじゃ、どうしようもなくて」
「いいえ。勇者として倒すべきモノは、決して魔王だけではありません。人々の不自由を取り除くのも、勇者の血を受け継ぐ者としての役目ですので」
そう言って、その精悍な顔に美しい笑顔を浮かべてみせる。その瞬間、俺達の周囲を取り巻いていた村人達が、弾むような歓声を響かせた。
「では、今晩は我が屋にお泊り下さい。何もない村ですが、精一杯おもてなしをさせて頂きますので」
「ありがとうございます」
「そちらはお仲間の方でいらっしゃいますか?」
「え?」
村長らしき人物の顔が、チラと俺へ向けられる。それに対し初代様は一瞬その顔に浮かんだ笑顔をピクと引きつらせると、喉の奥でタンでも絡んだように一度深く咳をした。
多分、今「コイツは犬です」とでも言いかけたのだろう。しかし、素晴らしい人格者たる“勇者様”が、そんな事を大勢の前で言える筈もない。
「彼は、“連れの者”です」
絶対に”仲間“などとは言わない。初代様の口から漏れる”連れ“と言う、ゆるぎない意思を帯びた言葉に、俺はいつもの通りに応えるのだ。
「はい。俺は初代様の“連れの者”です」
初代様の言葉には「はい」以外の返答は許されない。
〇
その日の夜は、村長の家で盛大な食事を振る舞われた。作ってくれたのは村長の孫娘。この片田舎の小さな村に住んでいる割に、とても可愛らしい容姿をした女の子だった。
「はい、勇者様。おかわりが必要な時は、いつでもおっしゃってくださいね」
「ああ。ありがとうございます。素晴らしい食事ですね。こんなに美味しい食事は、本当に久しぶりです」
俺は配られたスープを見て思う。ヤバイな、と。
なにせ、初代様の嫌いな野菜ばかりが入っている。それに、こっちのパンもそうだ。中にキイチゴの実が入っている。初代様はキイチゴも苦手だ。それに、あっちの肉。あれは、バクベアの肉だろうか。うん、きっとそうだ。初代様はバクベアの肉も苦手だ。
「……んー」
そう、ここにあるモノで初代様の食べられるモノは一つも無かった。初代様は大変な偏食家なのである。
「いや。本当に、温かい食事なんて久しぶりです。いつもは野宿で干し肉と味気のないスープばかりを食べていますので」
「まぁ、そうなんですね。勇者様、お可哀想に」
嘘だ。俺が毎日毎日、初代様の嫌いなモノを完全に排除した、好みの食事を懇切丁寧に作り込んでいる。いつも出来立てだ。
「……」
俺は手元にあるパンから、キイチゴの実を全部取り除くと、初代様の手元にあるパンとすり替えておいた。ついでに、スープも初代様の嫌いなモノをソッと全て俺の皿に移す。お陰で、具の無いスープみたいになってしまった。
他は、まぁ口の上手い初代様の事だ。どうにかして食べないで良い方向にもっていくだろう。
「勇者様。あの私、勇者様のことが」
「あ、あの。すみません。初代様、俺」
終始、初代様に対して頬を染めて話しかけていた村長の孫娘。
そんな彼女と初代様との会話に、俺はまるで長縄飛びのタイミングを見計らうかの如く飛び込んでみた……が、完全に失敗した。村長の孫娘と話しかけるタイミングが完全に被ってしまった。
最悪だ。これだからコミュ障はいけない。
「どうした?」
「あ、えと……」
しかし、初代様は村長の孫娘ではなく俺の方へと顔を向けてきた。きっと、内心この一口も食べたく無いであろう食事を前に、何か活路を見出そうとしているに違いない。まったく、パーティが居ないと、こういう事も一人で乗り越えなければならないワケか。
確かに、陽キャなら病むかもしれない。
「あの、俺……少し、外に出ますので、」
俺が、チラと視線を落としながら言うと、初代様もつられて手元を見た。するとそこには、俺が先程用意した、キイチゴ抜きのパンと、具の無くなったスープがある。初代様はそのパンとスープに、微かにその切れ長の目を見開くとすぐに俺の方へと視線を戻してきた。
「あの、用がある時は、その……外に来て頂けたら」
「ああ、分かった」
俺が、脇に置いていた旅の荷物を肩にかけ、村長の家の扉に手をかける。もう、後ろでは村長の孫娘が俺に遮られた話の続きを無邪気に話していた。
うわ、あの子も陽キャだ。俺は一度遮られたら、もう二度とその話は出来そうにないのに。あんな、何事もなかったかのように話し続けられるなんて。陽キャ以外の何者でもない。メンタルがカンストしてる。
そんな事を思いながら、俺が村長の家から出ようとした時だ。
「気を付けろよ」
初代様の声が聞こえた。思わず振り返る。俺に言ったのか。いや、違うだろう。そう思ったが、初代様はハッキリと俺の方を見ていた。その切れ長の目に、俺はとっさにいつもの癖で答えていた。
「はい」
〇
やはり、初代様はクズが似合う。
「あー、クソ不味ぃメシだったわ。あの女、ずっとペチャクチャ横でうるせぇしよ。ちったぁ黙れっての」
「ハハハ」
「お前もそう思うよな?あの女は駄目だ。ウルセェ、メシまじぃ、股緩そう。最悪」
結局、あの後。初代様はすぐに村長の家を出て、俺の元へとやって来た。俺はといえば、初代様は絶対にあの食事の量では、足りないと分かっていたので、森の中で夜食を作っていた。
そして、現在。
不機嫌フルマックスの初代様に、食事をふるまっている所である。
「ま、股……?」
「おう。あの女、親の見てる前でヤベェぞ。ずっと、俺の股間触ってきやがって。こんなトコ何日も居たら、俺の貞操がヤベェ。明日モンスター狩ったら、すぐに出る」
「は、はい」
「おら、おかわり」
「はい」
陽キャ、こえぇぇ。
さっきのあの瞬間に、股間を触るとかそんな瞬間があったのか?可愛い顔して、あの孫娘怖すぎる。これだから、リアルの女は怖いんだよ。まぁ、ここもゲームの世界なんだけどさ。
いや、でも俺が居る場所。そこがリアル。
「勇者の血の子供なんて、どいつもコイツも欲しがりやがるからな。気ぃ抜くとすぐ女の方から迫ってきやがる、マジでキメェわ」
「……そ、そうなんですね」
「俺はここぞと決めた女にしか、種は蒔かねぇって決めてんだ。後からお前の子だ何だって、四方八方から騒がれたら面倒クセェからな」
「……はい、それが良いと思います」
そして、イケメン過ぎて一見ヤリチンに見える初代様の方が、女の子達より貞操観念がしっかりしているって一体どういう事だ。
ただ、せっかくイケメンなのに女遊びもまともに出来ない。初代様は意外と苦労人だ。
「俺の、勇者の血は……王族にしかやらねぇ。魔王を倒して姫と結婚したら、我慢してた分死ぬ程ヤりまくってやる」
「はい。是非そうしてください」
初代様も、まだ十八歳の筈だ。ヤりたい盛りに魔王討伐を一人で任されて。確かに、そんなんじゃ陽キャじゃなくても病むかもしれない。可哀想に。
「早いトコ、魔王倒してぇわ」
初代様は、俺の作ったスープをかきこみながら吐き出すように言うと、再び俺の方へと皿を差し出して来た。
「おかわり」
「はい」
最近、俺は料理スキルだけは異様に上がってきてしまっている。
なぁ、これで俺大丈夫?攻略掲示板よろ。