7:初代様には、手は出させない!

 

 

 その瞬間、息が止まるかと思った。

 

 

「う、うわ」

 

 

 次いで漏れたのは、悲鳴にすらならない震えた声。

そう、目の前には、乱れたドレスに身を包むお姫様と深い口付けを交わす初代様の姿があった。

 

「っきゃぁぁぁぁっ!」

「……お前」

「っっっっ!!」

 

 やってしまったーーーー!!

俺は早くその場から出て行けばよいものを、あまりの混乱具合に、その場でアタフタしてしまった。手には初代様に届けに来た、夜食のスープ。

どうしよう、どうしよう!出て行かなきゃ、でもスープが。なんて謎の葛藤が俺を襲う。

 

しかし次の瞬間。明確な命令が俺へと下った。

 

「この無礼者っ!さっさと出てお行きなさいっ!」

「っは、はい!申し訳ございませんでした!」

 

 姫からの怒声だ。俺は弾かれたように飛び上がると、部屋の戸に手をかけた。

 

そして、ハタと手にあるスープへと意識が向く。もちろん、今日も初代様は殆ど何も口にしていない。宿屋の食事は全て吐き出してしまっていた。

 

「っこ、こ、コレ!ここに、置いときます!す、すみません!」

 

 本当は出来たてを食べて貰いたかったが仕方がない。作ったスープを棚へと置き、俺はやっとの事で部屋から飛び出した。

 

 ドキドキする。ソウイウ行為を、俺は初めて間近で見てしまった。

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 心臓の音が止まらない。さすが陰キャだ。どれだけネットで無修正のAVを拾って見ても、それとは比べ物にならない。ナマだ。ナマ。

 自分を落ち着かせるため、そのまま宿屋を飛び出した。夜風に当たって、このドキドキを納めないと。

 

 そう、思った時だ。

 

「っ!」

 

 殺気を感じた。この殺気には覚えがある。

 

「……あぁ、久しぶりに来たんだ。暗殺者」

 

 お姫様がパーティに加わり、野宿をやめてから殆ど遭遇しなくなっていたのに。久々に、やって来たらしい。ただ、現在初代様はお姫様と大切なセ、セッ……未来の勇者を作る、大切な儀式の最中だ。

 

邪魔させるワケにはいかない。それに、いい加減

 

「……ウンザリしてたんだ」

 

 俺は殺気のする方へ一目散に走ると、腰の剣に手をかけた。宿屋の裏の森から、感じる殺気。それは次第に近く、強くなっていく。

 

——–っは。あんな雑魚。放っておいても何の問題もねぇよ。

 

「問題なくないです。初代様」

 

そろそろ、もういいだろう。

 人を殺せない優しい初代様は、わざと暗殺者を殺さず逃がしてきた。そのせいで、眠れない夜を幾度となく過ごす事になったのだから。

 

 パキ、と俺の踏んだ木の枝が折れる。その瞬間、殺気の全てが此方へと向けられた。

 

「……貴様、何者だ?」

「……」

 

 森の中で、全身に黒づくめのマントを被った男が問いかけてくる。コイツだ。いつも初代様を殺そうとしていた暗殺者。いっつも同じヤツだった。気配で分かる。

 

「あぁ。お前は、確か。いつも勇者にくっ付いてるヤツか」

「……あ、貴方は。その、どうして初代様を。こ、殺そうとするんですか」

「ひとまず、お前を先に殺しておこう」

 

 たどたどしい俺の質問になど答えてくれる筈もなく、気付けば暗殺者の短刀が俺の喉笛めがけて吸い込まれるように近づいていた。さすがだ。全てに隙がない。俺は、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

血の匂いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 えらいっこっちゃ、えらいこっちゃ。

 なんと、暗殺者の差し金は王様だったのだ。どうやら、王様は魔王と裏で密約を交わしたらしい。勇者の血族を途絶えさせる代わりに、この国だけは絶対に襲わせないという。

 

 足元に転がっている死体が、全部教えてくれた。時間はかかったけれど、少し痛めつけたら簡単に話してくれた。

まぁ、それにしても。

 

「王様、バカかよ」

 

 勇者の血脈しか、魔王を倒す事は出来ないのに。その懐刀を自分から壊そうなんて。バカだバカだ。権力にしがみ付くバカな王様だ。

 

「初代様は、絶対に殺させない」

 

 なにせ、初代様が居なければこの世界は救われない。ついでに、俺も生まれない。いや、それどころか【ソードクエスト】という神ゲーも無くなってしまうかもしれないのだ。

 

「でも、良かった。お姫様は何も知らないみたいで」

 

 最初、あのお姫様もグルかと思った。

丁度、二人がセ……儀式を行おうとした晩に、暗殺者が来るのだから。疑うなという方が無理だろう。しかし、王様はクズも極まっていたようで、一向に殺せない勇者に、自分の娘を使う事にしたのだ。

 

 わざと娘をドラゴンに攫わせ、初代様に助けさせた。そして、儀式をする二人の寝込みを襲わせる、と。

 

「確かに……あんな儀式をしていたらウッカリするかも。丸腰になるし」

 

 結果的に、二人のあの場面に遭遇して、良かったのかもしれない。でなければ、俺も宿屋の外には出てこなかっただろうし、そうしなければ暗殺者にも気付けなかったかも。

 

「俺、童貞で良かった」

 

 最近、自分にとってはマイナスだと思っていた事が、ことごとくプラスに働いている気がする。なんか自己肯定感が上がりそうだ。

 

 死体を隠し、剣に付いた血を川で洗い流す。初代様と違って、俺は人も殺れる。俺にとっては、モンスターもよく知らない人間も、全部怖い。最早、人間だって俺にとってはモンスターみたいなモノだ。

 

「ついでに、体も洗っとこ」

 

 どこに返り血がついているか分からない。俺は服を全部脱ぎ、衣類に返り血が付いていないか確認した。あとは体をサッと川の水で流せば――、

 

「おい、犬」

「っ!」

 

 声がした。初代様の声だ。

 軋む体を無理やり声のする方へと向けると、木にもたれかかるようにしながら初代様が俺を見ていた。手には、俺の置いて行ったスープの皿。

 

「あ、あ。初代様。い、いつから此処に?」

「さっき。テメェが服を脱ぎ始めた時」

 

 良かった。暗殺者を殺しているところを見られていたらどうしようかと思った。きっと勝手な事をするなと叱られていただろう。

 

「こんな時間に水浴びか?」

「あ、はい。ちょっと、急に水浴びがしたくなって」

「へぇ」

 

 初代様の琥珀色の目がジッと俺を見つめてくる。今、完全に素っ裸なので、余り見ないで欲しい。

 

「しょ、初代様は……お姫様、とは」

「テメェが邪魔しに入ったせいで、出来なかったわ」

「っっっっっ!!!」

 

 あーーーー!やってしまったーー!

せっかく、未来の勇者が生まれるかもしれない大切な儀式だったのにーーー!

 

「初代様!ごめんなさいっ!」

「うおっ!なんだ、急に」

 

 俺は素っ裸である事など気にする事なく、川から上がって初代様の前で土下座した。全裸で土下座。まさか、地面に額をこすりつける以上に屈辱的な土下座があろうとは。

 

「ごめんなさいっ!ごめんなさい!」

「お、おい」

 

 しかし、そんな事は、やはり一切気にならなかった。だって俺は、初代様に対して、申し訳なさすぎて押しつぶされそうだったのだから。

 

——–俺の、勇者の血は……王族にしかやらねぇ。魔王を倒して姫と結婚したら、我慢してた分死ぬ程ヤりまくってやる。

 

十八歳なのに、一人で色々頑張って、ヤりたいのも我慢して。それでやっと手にしたチャンスを。俺のせいで棒に振ってしまったのだ。

 

「っう、っうぇ」

「は?犬。お前、何泣いてんだ」

「っひく、ごめんなさい。ほんどうに、ごめんなざ」

 

 俺はとめどなく溢れてくる涙を止める事が出来なかった。

そう、そうなのだ。初代様は少々性格に難もあるが、それでも真っ直ぐで正義感の強い、良い子だ。

 

そんな事は、一緒に旅をしていればすぐ分かる。

 

仲間もなく、ずっと一人で戦い続け。同じ年ごろの子らが楽しそうに遊ぶのを横目に、立ち寄った村や町で、他人の為に働く。俺が一緒に旅する前から、ずっとそうしていた。

 

それなのに、守ろうとしている相手から、暗殺者なんてモノまで差し向けられて。

こんなの、闇落ちして魔王になっても仕方がない。全部人間が悪い。俺が悪い。誰が初代様に文句なんて言えるだろう。

 

「っふぅぅっ、ごめぇっ」

「……」

 

 地面が俺の涙で濡れる。なんで俺がこんなにも泣いているのか、自分でも全く分からない。でも悲しいのだ。謝りたいのだ。そして出来れば初代様には、

 

「じょだいざま……、じょだいざま」

闇落ちなどせず、たくさん幸せになって欲しいのだ。

 

 俺とは違い、初代様は自分の望みの為に、ずっと“不自由”という対価を支払い続けている。俺のような、なりゆきで流されて勇者をやってたようなヤツが、そもそもこの人に勝てるワケがなかった。

 

 そうやって俺が地面に爪を立てながら泣き喚いていると、またしても俺の頭が無理やり引っ張り上げられた。

 

「ぅ、ぁ」

 

涙でぼやけながらもハッキリと分かる。目の前には、美しく整った初代様の顔があった。そう言えば、以前にもこんな事がったような気がする。

あぁ、眩しい。ただ、あの時と違って、髪の毛は痛くない。俺の髪の毛を掴む手は、どこか優しかった。

 

「お前さ、前言ったよな?」

「うっ、うぅ?」

「俺の為なら何でもやるって」

「あ゛いっ」

 

 琥珀色の瞳に見つめられながら、必死に頷いた。その拍子に、溜まっていた涙がハラリと零れ落ちる。

 

「じゃあ、俺のコレを処理しろ」

「へ」

 

 コレ。

 俺の前に座り込んできた初代様の指し示す所は、自身の足の間だった。そこは、服の上からでも分かる程ハッキリと反応しており、非常に苦しそうだ。

 さっきまで物凄く涼しい顔をしてたせいで、こんな風になっているなんてまったく気付かなかった。

 

「っぁ」

 

 思わず声が漏れる。

 俺が邪魔をしてしまったせいで、中途半端に放置されてしまったのか。申し訳ない。申し訳ない。

 

 先程まで俺の髪の毛を掴んでいた初代様の手が、スルリと俺の顎へと移動してきた。人差し指と親指が、滑らかに俺の顎を撫でる。ゾクゾクする。

その時の初代様は、これまで見た事のないような不思議な目で、ジッと俺を見ていた。

 

「出来ねぇか?」

「でぎまず」

 

 初代様からの問いに、俺は弾かれたようにその膨らみに手をかけた。あぁ、懐かしい。高校の時、“あの人”にもよく処理するように言われていた。だから、やり方は知ってる。

 

 取り出した初代様のソレを、俺は躊躇いなく口に咥えた。大きい。全部入らない。こういう時は、まず舌を使うんだ。

 

「っ!」

 

 初代様の息を呑む声が聞こえる。

どうやら、やり方は体が覚えているようだった。良かった。あの時の経験が役に立った。本当に、人生何の経験が役に立つか分からない。

 

「っく!」

「ぁ」

 

 口に咥えてそう経たないうちに、初代様はイった。見上げてみれば、その精悍な眉間に深い皺を刻み、肩で息をしている。そこに居るのは、“勇者様”なんかじゃなく。普通の男の子だった。

 

「んく」

 

その間、俺は初代様の出した精液を、全部飲み込んだ。うん、変な味。やっぱり、おいしくない。

 

「は……?お、お前。飲んだのか」

「はい」

 

 そんな俺を初代様は信じられないとでもいう顔で見つめている。ダメだっただろうか。あの人は、俺が飲むと喜んでいたが。

 すると、驚いた表情を浮かべていた初代様の顔が、一気に険しくなった。

 

「お前、いやに慣れてやがるな」

「はい。気持ち良かったですか?」

「あぁ、スゲェ良かった……じゃなくて!今まで他のヤツのモンでも咥えた事があんのか!?」

「はい」

 

 俺が頷くと、初代様の眉がキュッと寄った。

 

「……まさか、前言ってたヤツか?」

「そうです」

 

 そう、高校の時。俺の事をパシっていた不良の彼だ。俺は昼休み、事あるごとに彼の処理をさせられていた。出したモノを全部飲み込むよう教えてくれたのも彼だ。

 

「……ムカツク」

「え?」

 

 ボソリと悪態がつかれた。初代様の顔を見てみれば。そこには先程までの快楽に溺れた顔ではなく、ハッキリとした怒りが浮かんでいた。どうやら、何か気に障る事をしてしまったらしい。ど、どうしよう。

 

「おい、テメェは俺の犬だろうが」

「はい」

「俺以外のヤツの言う事なんか……聞いてんじゃねぇよ」

「でも、あの時はまだ初代様は居なくて、」

「黙れ」

「はい」

 

 俺の言葉は、初代様の「黙れ」というたった一言で一蹴された。

 ただ、俺の顎を撫でる手は未だに優しい。どうやら、俺の口の端から初代様の精液が漏れていたようで、親指ですくわれたソレを俺の口の前に差し出された。

 

 何を考えるでもなく、俺はその親指を舐める。

 

「ほんとに、犬みたいだな。お前」

「はい」

「なぁ、お前さ」

「はい」

 

 初代様の言葉を静かに待っていると、いつの間にかその手は俺の腹の傷を撫でていた。そっちは、通り魔に付けられた方の傷だ。

 

「この傷は何だ。誰に付けられた」

「知らない人です」

「知らないヤツって、お前にも暗殺者かなんか付いてたのか?」

「……えっと、たぶん」

 

 本当の事を言うと混乱させるだけなので頷いておく事にした。「ふうん」と、少しだけ満足そうな声で傷の上を初代様の手が行ったり来たりする。くすぐったい。

 

「じゃあ、コッチは?」

 

そっちは初代様に付けられた方の傷だ。

 

「コッチはもっと酷ぇな。しかも、すげぇ深い。なんで、こんな傷が付いた?これも暗殺者か?」

「えっと、」

 

 貴方が付けたんです。とは、さすがに言えない。どう答えたモノかと思案していると、初代様はどこか厳しい目で俺を見ていた。

 

「……まさか、アイツか」

「あ、違います」

 

 さすがに、ただの不良の彼にこんな大それた事は出来ない。即答した俺に、初代様がホッとしたような表情を浮かべる。やっぱりその間も、俺の傷口を撫でる手は止まらない。なんか、ゾクゾクしてきた。

 

「っん」

 

 思わず声が漏れる。このままだと、俺もヤバいかも。

 

「で、こっちは誰が付けたんだ?」

 

 初代様が、俺の傷口を執拗に撫でながら重ねて尋ねてくる。その声は、少し楽しそう。

 

「……これは、その。俺が悪くて。その人は、何も悪くないのに……俺がその人を悪者扱いしたから、刺されました。だから、俺が全部、わるくて」

「なんだそりゃ」

 

 呆れたような声が、俺の耳に聞こえてくる。分からないだろう。分からなくていい。でも、そのままの意味だ。

 

なんで、俺達はあの時、自分達が正義だと思い込んでいたんだろう。どうして、こんな良い子に俺は平気で剣を向けた?

しかも、たった一人の初代様に対して、こっちは仲間を連れて、徒党を組んで。

 

「うぅぅっ」

「また泣くのか。ダル」

「すっ。ずみばぜんっ」

 

 ダルと言いつつ、初代様は俺の涙をその大きな手で拭ってくれる。そして、ふと吐き出すように言われた。

 

「ヤらせろ」

「……へ?」

「なぁ。ここは、使われた事はあんのか?」

「っ!」

 

 先程まで俺の涙を拭ってくれていた手が、俺の後ろの穴に触れた。

あぁ、なんて事だ。それはやった事がない。未経験だ。こんな事なら、あの時一緒に使って貰っておくべきだった。

 

 ゆるゆると穴の淵を撫でられながら、俺は苦虫を噛み締めるような心持ちで言った。

 

「使った事は、ありません」

「へぇ。そっか」

「うぅっ、ずみまぜん」

「は?なに悔しそうに言ってんだよ。意味わかんね」

 

 心なしか機嫌の良くなった初代様を前に、俺が悔し涙を流していると、先程まで処理して萎えていた初代様のモノが、再び元気になっていた。さすが、若い。

 

「喜べ、犬。俺が可愛がってやるよ」

「……あ゛い」

 

 そこから、初代様に驚くほど丁寧に後ろをほぐされ、何度も何度もイった。

 

 あぁ、俺達はこんな外で何をやっているんだろう。

すぐ傍には、川が流れ涼し気な音を響かせている。そして、すぐ傍には暗殺者の死体を埋めた穴だってあるのだ。そんな場所で、俺は初代様に抱かれた。

 

「っは、っくそ。きっつ」

「っひ、ぁっ」

 

 初代様も、何度も何度もイっていた。初代様のこれまでの我慢が、全て俺の中に吐き出されているようで、俺は凄く嬉しかった。

コレで少しでも、溜まった熱と、お姫様を抱けなかった悔しさが薄くなればいい。しなきゃならない“我慢”は、少ないに越した事はないのだから。

 

そう思った。

 

 

 

「おい、犬」

「はい」

 

 空が白み始めた頃、初代様はやっと満足したように俺から自身を抜き去った。そして、川で体をすすぐ俺に初代様は言った。

 

「髪の毛も、ちゃんとすすいで来いよ」

「はい」

 

 髪の毛に精液でもついているのだろうか。いや、きっと外でヤったせいで、髪の毛に砂や泥がついているに違いない。

でも、初代様が必死に俺の頭の下に手を引いてくれていたので、そう汚れてはいないと思う。俺に気を遣う必要なんてないのに。

 

でも、少し嬉しかった。

 

「じゃあ、俺は先に戻るぞ」

「はい」

 

 去って行く初代様の後ろ姿に、俺は改めて思った。

もっと、この人の為に頑張ろう、と。もっと、もっと。この人の望む事は、全部やろう。

 

「がんばろ」

 

 言われた通りに髪の毛を川ですすぎながら、俺は世界の為でも仲間の為でもなく。他でもない初代様の為に、そう思ったのだった。だから気付かなかった。

 

 髪をすすいだ後の川の水に、真っ赤な血が混じっていた事に。