5:このアカウントに勤労は存在しません

 

 

慇懃無礼(いんぎんぶれい)

うわべは丁寧に見えて、その実、尊大な様。

 

 

「わぁ、入れた!」

 

 

 俺は家に帰ると、さっそくパソコンを立ち上げ、サイトの管理ページへとログインした。メールアドレスとパスワードは、あの頃と変わっていない。お陰で、特に問題なく入る事が出来た。

 

「あれ?」

 

 そして、管理ページの一番上。【メールボックス】と書かれたところに「新着10件」と書かれた文字が目に入った。

 

「メールが、きてる。しかも十件も」

 

 なんだろう。変な勧誘メールだろうか。荒らしだろうか。そう思いつつ受信ボックスを開くと、件名に見慣れた「キッコウです」の文字を見つけた。

 

「う、うわっ!キッコウさんだ!なんで!あれ?」

 

 古い方から一つ一つメールを開いていく。一番古くて五年前。俺が更新を止めたすぐ後だった。

 そこには、ワケあってSNSのアカウントを消さなければならなかった事。リアルが忙しかったせいで少しの間だけBLを読む事から離れていた事などが書いてあった。

 

「あぁ、やっぱりそうだったんだ。キッコウさん、仕事デキる人っぽかったしな」

 

 俺も社会人になって分かった。いくら好きな事とは言え、ずっと好きな事ばかりしてはいられないという事を。

 

「もう少し、更新頑張ってたら……コレにもすぐ気付けたのに」

 

 それなのに、俺ときたら。当時は学生で、ちっともそんな事は分かっていなかった。

 そもそも、自分が好きで書き始めただけだったのに。キッコウさんからの感想が来ないからと、アッサリと創作を辞めてしまって。

 

「自分の楽しさを、キッコウさんに依存してたんだ」

 

 そう、俺はしんみりしながら一通目のメールを読み終えた。

 

「えっと、他には……わぁ、次も感想がいっぱい書いてある!」

 

 二件目、三件目、四件目と読み続ける。そこには、キッコウさんが消えてから更新した小説の感想が、これまた丁寧に書いてあった。

 

「次で、最後かぁ……もったいないなぁ」

 

 キッコウさんからの言葉が嬉し過ぎて、一気に読むかどうか躊躇った。しかし、どうあってもこのメールを前にして読むのを我慢するなど無理そうだ。

 

「よし、読もう」

 

 

 一番新しい十件目。それは、去年送られたモノだった。

 

 

 

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豆乳さん

 

お久しぶりです。キッコウです。

もしかすると、こういったメールは迷惑に思われているかもしれません。いえ、むしろ見られていないのかもしれないと思いつつ、こうしてたまにメールを送っています。

いつもの通り、語彙力のない言葉でしかお伝え出来なくて申し訳ないのですが、書きます。

 

私は、豆乳さんの書かれるお話が好きです。これからも、戻って来てくださるのを待ち続けますが、もしそうならなくとも、今、こうして残して頂いているお話だけで、充分楽しませて頂いています。

 

豆乳さんとのやり取りは、当時の私の唯一の楽しみでした。ありがとうございます。

 

最後に一つだけ。

SNSのアカウントに、フォローの申請を送らせて頂きました。もし、また私と関わって頂けるのであれば、許可して頂けると嬉しいです。無理だと思われた場合は、流して頂いてかまいません。

 

また、これからもたまにお邪魔させて頂きます。

キッコウ

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「っ!」

 

 息が止まるかと思った。

どうやら、人間は嬉しいと息をするのも忘れるらしい。これも、メモしておこう。キャラが嬉しい時の表現に使わないと。

 

「じゃない!」

 

 俺は鞄の中からスマホを取り出すと、急いでずっと使っていなかったアプリを起動し、SNSに入り直した。すると、そこには……

 

「フォロー申請!ホントに来てる!キッコウさんだ!わっ!わっ!わーーー!」

 

 通知を知らせる赤い丸。そこには【キッコウ】という名前のアカウントからのフォロー申請が来ていた。

 

「きょ、許可許可!許可します!」

 

 「許可します」ってどこから目線だ。気持ち的には「許可奉る」って感じなのに。あれ、これ言葉合ってるのかな。

 でも、そういう仕組みなのだから仕方がない。許可した瞬間。誰とも繋がっていなかったアカウントが再び「1」の数字を示した。

 

フォロー1  フォロワー1

 

「き、気付いてくれるかな。一年前だしな。うん。ひとまず気付いて貰った時に、分かるように一つ、投稿しておこう」

 

 

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【まろやか毎日】復活しました!また小説書きます!

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 たった一人に向けた復活報告。

 

 なんてそっけない内容だろう。

 でも、昔の投稿も見てみたが、内容は然程大差なかった。小説の設定や、キッコウさんとの何気ないお喋りばかりのSNS。

 

思わず過去に遡ってしばらく懐かしい気持ちに浸っていると、一階から母親の声が聞こえた。

 

「お風呂沸いたわよー」

 

 二十六歳。未だに実家に住んでいるお陰で、何かと親の干渉が避けられない。まぁ、それでも居心地が良くて未だに離れられないでいる。ぬるま湯みたいな、学生時代から続く俺のまろやかな毎日。

 

「へーい」

 

 俺はふわふわする気持ちを抑え切れないまま、風呂へと走った。

 

「よし、書こう。今日から書こう!」

 

 今まで沢山頭の中に作ってきた話を、全部書こう。

こっちは五年間分の妄想が溜まっているのだ。あんなに嬉しいメールを送ってくれたキッコウさんに、少しでも感謝の気持ちを伝えなければ!

 

 そして、徹夜で書いた小説をサイトに投稿し、空が白み始めた頃。

 

 

SNSに通知が届いた。

 

 

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豆乳さん。

お久しぶりです、キッコウです。

フォロー申請を許可して頂きありがとうございます!

 

語彙力が無くて大変申し訳ないのですが、凄く嬉しいです!サイトに更新されている小説も、読ませて頂きました。仕事が終わったら、すぐに、また感想を送ります!ひとまず、これだけは伝えさせてください。

 

とても面白かったです。こんなにキャラクターに感情移入したのは、生まれて初めてです!やっぱり豆乳さんは凄いです。

語彙力なくてすみません。また連絡します。

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「わぁっ!キッコウさん!ありがとうございます!」

 

 通勤中の電車の中、俺は思わず叫んでいた。その時ばかりは、周囲の視線なんて気にならなくて、俺は何度も何度もキッコウさんからのメッセージを見ていた。それくらい、嬉しかったのだ。

 

それに、きっとキッコウさんも俺と同じ気持ちだという事は、俺にもなんとなくだが分かった。だって、それまで殆ど使われてこなかった「!」が、たくさん使ってあったから。

 

「また、キッコウさんとやり取り出来るなんて……!」

 

 その日から、また俺とキッコウさんのSNSでのやり取りは始まった。

 

 ちなみに、五年ぶりの投稿した小説のタイトルはこうだ。

 

【慇懃無礼ですが何か?】

 

 さっそく“慇懃無礼”と言う言葉を使ってみた。

 堅物でイケメンな新入社員の男の子が攻めとして登場するお話。受けは……申し訳ないが、少し俺をモデルにさせてもらった。

 

 キャラクターにはどこか一カ所でも、“自分”を反映した方が物語は書きやすいのだ。

 

 

「今日から、また頑張ろう」

 

 

 何をって?

そりゃあ、ネタ探しを、だ。

 

 

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