俺は苦手だ。たくさん苦手な事はあるけど、人前で喋ったり、慣れない人と喋る事が特に苦手だ。
あと、それらと同じくらい苦手なのが――
「あ、あの。茂木君」
「なんですか、大豆先輩」
「あの、一応……今、研修の時間だから。スマホは、あんまり」
「失礼しました。ですが、大豆先輩も先ほどから隠れて見てるじゃないですか。あぁ、もしかして反面教師にしてくれという教育方針でしたか?すみません。気付きませんでした」
他人に対して、注意する事だ。
「……す、すみません」
あぁ、今日も今日とてグウの音も出ない。ぐう。
「はぁ」
だって、キッコウさんからSNSに小説の感想が来ていたのだ。読みたい、お返事したい。しかし、そのせいで俺は茂木君に対して、立派な“反面教師”になっていたらしい。
「茂木君、あのね。よ、読めば分かるかもしれないけど、それでも一緒に読んだ方が、もっと分かるかもしれないし。一緒に資料を読んでみない?」
「この新入社員用の資料なら、もう全部読みましたが」
「わ、分からない事とかは……?」
「それは、昨日他の先輩に伺いましたので、大丈夫です」
あ、そうだったんだ。一応、俺が指導係ではあるんだけど。と、少し寂しく思いはしたものの、分からない事を聞く相手は誰だって構わない。
それに、俺だって上手に教えられるワケではないので、こうして自主的に誰かに聞きに行ってもらえるのは凄く有難いモノだ。
「えっと、誰に聞いたの?」
「……野田さんですが?」
「あ、野田さん。優しくて、分かりやすいよね」
野田さんはパートで入っているが、在籍歴の長い女性のスタッフさんだ。俺も、未だに何かあると聞きに行ってしまう。
「そうですね。こちらの理解の足らない所を、絶妙な塩梅で教えてくださいます。きっと、他人の感情の機微を読み取るのが上手い方なのでしょう」
かんじょうの、きび?キビって何だろう?きびだんご?
ちょいちょい難しい言葉が入るせいで、頭の中で上手く言葉が噛み砕けない。ただ、こんなにも難しい言葉を使ってサラリと使えるなんて、それこそ茂木君には「ごいりょく」があるのだろう。
「……う、うん。た、多分そう」
「分かっていない癖に適当に頷かないでください。腹が立ちます」
「……すみません」
キッコウさんみたいに。
「……ふう」
でも、キッコウさんは、こんな風に俺に厳しい事は言わない。優しい。全部褒めてくれる。
俺は、またしても、スマホを見たい衝動に駆られるのをグッと堪える。
ダメだ。頭の中を切り替えないと。
「感情の……きび」
よし、さっきの茂木君の褒め言葉。ちゃんと、メモしておこう。
そして、明日更新分の【慇懃無礼ですが何か?】の台詞に使わせてもらう。今、まだ受けと攻めは、そんなに仲良くなっていないから、仲良くなるきっかけに使わせて貰う事にする。そう、少しずつだ。少しずつ。
「なんですか?大豆先輩。言いたい事があるならハッキリ言ってください」
「あっ、えっと。なんでもな……」
でも、物語で受けが慇懃無礼な彼と仲良くなるには、まず、俺が茂木君と仲良くなる必要がある。なにせ茂木君ときたら、キャラが濃すぎて会話をする度に発見を貰えるのだ。
「あの、さ。野田さんって、凄く良い人だよね。いつも俺のフォローもしてくれるし。凄く、ありがたい」
「大豆先輩は一人で仕事を完結させようという気概がないんじゃないですか?他人に甘えるのも大概にした方がいいですよ」
「……」
うわぁ。まさかこんな切り返しをされるなんて思ってもみなかった。普通だったらテキトーに「そうだね」なんて言ってそつなく返しそうな所を、茂木君はそうしない。
本当に茂木君は、俺の予想なんて遥かに超える。すごい。
「なんですか?俺、何か間違った事、言いましたか?」
「ううん、言ってないです」
茂木君の冷たい目が、今日も俺を貫いてくる。あぁ、イライラさせてしまってる。
でも、もう少し反応を見たい。茂木君は、何をやっても厳しい事を言ってくるから怖いけど、どちらかといえば興味深い方が強かったりする。ネタ探しの一環だと思えば、あんまり怖くもない。
「茂木君は、その……堂々としてるよね」
「そうですか」
茂木君はチラチラと手元のスマホに何かを打ち込みながらテキトーに俺に返事をする。スマホを手から離さない所だけは、何だかイマドキの子っぽい。
「俺、根がネガティブだからさ、茂木君みたいに……堂々とした人になるには、どうしたらいいだろうって考えてるんだ。何か、コツとかあるの?」
「……」
そして、絶妙なタイミングで「根がネガティブ」を使ってやった。やっぱり声に出すと、音が面白い。ちょっと笑いそうになってしまった。まだまだ使いたい。
そんな風に、楽しく頭の片隅で「ネガネガ」を渦巻かせていると、茂木君は氷のような目を俺へと向けた。
「俺が堂々としているかは置いておいて、です」
「う、うん」
未だにその手は、スマホから離れない。それどころか、画面すら見ずに何か文章を打ち込み続けている。
「こんな場所で、後輩である俺に、わざわざ自分を“ネガティブ”なんて言う人は、ネガティブではありません」
「……」
「ただの、かまってちゃんですよ」
「う」
やっぱり、グウの音も出ない。ぐう。
そして、すぐに茂木君は俺から興味を失ったように、スマホに視線を落とし高速で文字を打ち込み始めた。
【慇懃無礼ですが何か?】
今日も今日とて、慇懃無礼な攻めのネタは尽きない。
「はぁっ」
慇懃無礼な茂木君の頑なな心を解けるのは、きっと、感情のキビ?を読み取れる受けだけだ。受けには、是非とも交流を重ね、攻めの“キビ”を読み取れるようになって欲しい。
うん、そういう話を書こう。
主人公を、俺のようなグウの音すら出せないヤツになんかしてはいけない。ぐう。
ブブ
「っ!」
そんな俺のポケットの中で、再びSNSの通知を知らせる振動が緩く響いた。
きっと、キッコウさんだ!
やっぱり、我慢出来ない!
ポケットに手を突っ込み、チラリと中身だけ確認する。
——–
キッコウ 1分前
仕事の合間に、昨日の【慇懃無礼】の更新分を読ませて頂きました。読めば読むほど、キャラクターへの感情移入が増していきます。私は、攻めの彼に、少し似ているようです。
ただ、それは豆乳さんがキャラクターの感情の機微を丁寧に描写してくださっているから、そう思えるのだと思います。やはり、豆乳さんは凄いです。書かれる作品の全てが刺さります。
あまり安易にこんな事は書きたくないのですが、豆乳さんは、俺にとって神です。
——–
「~~~~っ!」
現実世界では全然褒められる事なんてない「かまってちゃん」な俺を、キッコウさんは凄く構って褒めてくれる。
嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!
反面教師になるといけないからポケットから出さずに、文章を何度も何度も目で追う。すると、その中で良く分からない漢字の字面が目に入った。
「機械」の「機」に、「微妙」の「微」。キビ?もしかして、これがさっき茂木君の言ってた「キビ」ってヤツだろうか。
昼休みになったら、すぐに調べてみよう。それまで、一旦、いいね!のハートだけ。あとで、ゆっくりとお返事をしないと。
あぁ、やっぱり好きだ。キッコウさん。
「っふ」
すると、それまで無表情でスマホを見ていた茂木君の口元に、うっすらと笑みが浮かんだ。それどころか、呼吸の漏れるような笑い声までついている。
「ぁ」
思いついた。
主人公である受けが、攻めを意識するきっかけは、ふと見せた攻めの笑顔。ベタだけど、そうしよう。一気に頭の中でネタが物語へと構築されていく。
そう、それ程までに茂木君の笑顔は柔らかく、そして優しかったのだ。普段の彼とは、全然違う。
ギャップは人の心を動かす。
BLも現実世界も、それは変わらないらしい。
俺は少しだけでいいから、茂木君と仲良くなりたいと思った。
〇
機微。
表面上は分かりにくい人の心の微細な動き、物事の移り変わりのこと。
仕事終わりに調べた「機微」の意味は、多分、茂木君の言っていた「キビ」と同じだった。
野田さんは茂木君の心の繊細な動きを見て、的確に分からない所を教えてくれる。そう、茂木君は言っていたのだ。
そして、俺の書く小説もキャラクターの「機微」が丁寧に書いている、と。
「そうかな?そうかな?」
自分ではよくわからないけれど、そう言って貰えると、そうなのかもと思えて嬉しい。キッコウさんの感想は、いつも俺の書いた話に自信をくれる。
ブブ。
——–
キッコウ 5秒
お返事を頂いていたのに、返事が遅くなってしまい申し訳ありません。帰り際に電話を取ってしまい、少し遅くなってしまいました。
——–
「いえいえ。お疲れ様です。俺も今からバスで帰る所です」
そう、俺も今は帰りのバスの中だ。
職場と家が離れている俺は、ここから一時間半もバスに揺られる事になる。この時間こそ、俺の主な執筆時間だ。
——–
キッコウ 5秒
お疲れ様です。豆乳さんは、これから執筆される予定ですか?
——–
「はい。そうです。私は、家と職場が……」
——–
キッコウ 5秒
申し訳ございません!今のは聞かなかった事にしてください!決して続きをねだって焦らせているワケではございません!生活を第一に考えられてくださあ
——–
「あっ、キッコウさん。返事が早い……!あ、しかも珍しく誤字ってる」
——–
キッコウ 5秒
重ね重ね申し訳ございません!間違えました。生活を第一に考えられてください。です。
——–
キッコウさん。相当焦ってる。早くお返事してあげないと。
俺は、自分の文字を打ちこむ遅さに苛立ちを覚えながら、出来るだけ早く、でも間違えないように丁寧に文章を打ち込んだ。
「私は通勤に片道一時間半かかるので、今からバスの中で少し書こうと思っていました。私は、文字を打つのが遅いだけなので、気にしないでください」
——–
キッコウ 5秒
一時間半ですか。長い通勤時間ですね。それなら、書くのをお邪魔してはいけませんので、もう、お返事は大丈夫です。お疲れ様でした。
——–
「あぁっ、待って。キッコウさんは、職場から家までどれくらいかかるんですか?」
——–
キッコウ 5秒
バスで十三分です。
——–
十三分だって。
凄く細かく教えてくれるところが、物凄くキッコウさんっぽい。
「あの、キッコウさんさえよければその間だけお話しませんか?もちろん、文字で」
うん、直接通話しましょうなんて言えるワケもない。きっと、そういうのはキッコウさんも望んでいない筈だ。
——–
キッコウ 5秒
いいんですか?執筆の邪魔になりませんか。
——–
「ずっと書いてたら疲れますし。私もキッコウさんとお話したいです」
——–
キッコウ 5秒
話し相手に選んで頂けて、凄く嬉しいです!
——–
そこから俺達は色々な事を話した。いや、書いた。
それこそ、最初は作品の話をしていたけど、どんどん話は広がっていき――
「私は、今新人の子の研修の担当をしているんですが、上手く教えられません。多分、俺はその子に嫌われています」
今や、仕事の悩み相談みたいな話になっていた。
——–
キッコウ 5秒
豆乳さんは素晴らしい方です。どうして嫌われていると思うのですか?
——–
あ、素晴らしいだって。少し照れる。でも、嬉しい。キッコウさん、好きだ。
「その子は堂々とした子なので、きっと私のような上手く言葉を使えない人間に、腹が立ってしまうんだと思います」
——–
キッコウ 5秒
豆乳さんは決して上手く言葉を扱えない人ではないと思います。もしそうなら、あんなに素晴らしい小説は書けません。
——–
また、褒められた。
こうして甘やかして貰えると分かっているから、俺はキッコウさんの前でこんなネガティブな事を、敢えて書いてしまうのだ。
俺は最低だ。でも、止められない。
「ありがとうございます。でも、私は、直接話したりするのが苦手です。そのせいで、最初の研修以来、その子からはもう別の人に聞くから、説明してもらわなくていいと言われました。ただ、私は少しでいいので、その子と仲良くなりたいです。どうやったら、私の話を聞いて貰えるくらい、上手に話せるようになると思いますか」
送信した直後に、さすがの俺も、なんて事を書いてしまったんだ……と少し焦った。しかも、ちょっと長い。こんな事を聞かれて、きっとキッコウさんも画面の向こうで困っている筈だ。
「と、取り消ししようかな」
でも、キッコウさんは凄く丁寧で、きっと俺なんかでは想像がつかないほどに仕事が出来る人のような気がするので、本気で聞いてみたくなったのだ。
俺が投稿の削除ボタンに手をかけたまま固まっていると、すぐにキッコウさんからのお返事がきた。
——–
キッコウ 5秒
説明してもらわなくていい……なんて。新人の癖に何様ですか!
しかも、教わる側が説明を受け入れないというのは、ある意味職務放棄に近いですよ!上司に報告してはいかがですか。
——–
「き、キッコウさんが怒ってる。茂木君に、す、凄く怒ってる!でも、俺が下手なのが悪くて、それに……」
——–
キッコウ 5秒
俺が豆乳さんの近くに居たら、そんなヤツ呼び出して説教します!何様のつもりだ、と。豆乳さんは神なのに。
——–
あっ、あっ!早い!返事が追いつけない!でも、怒ってくれてる!嬉しい!また、神って言ってもっらちゃった!
あぁ!でも何て返そう!茂木君は本当に悪くないし……!
「でも、俺が悪いし……!そもそも俺が話すのが下手なのが悪くて、もう少し話を聞いて貰えるように、工夫して頑張ってみます!すみません!ネガティブな事ばっかり書いて!俺、根がネガティブなので……!」
そして、さりげなく文章に「根がネガティブ」を入れてみた。でも、口に出さないと余り「ネガネガ」した感じは出ない。やっぱりこれは声に出してナンボのようだ。
——–
キッコウ 5秒
豆乳さんに教えて貰えるなんて、その新人は自分が恵まれている事に気付くべきですね。でも……もし豆乳さんが直接話すのが苦手なのであれば、文章で伝えてみてはどうでしょう。研修の仕方が分からないので、何とも言えませんが。
——–
「……文章、か。文章で、教える。確かに、喋るよりはマシかもしれない」
——–
キッコウ 5秒
苦手な事を無理にするより、やり方を変えた方が何か変わるかもしれませんね。
——–
「っ!そっか!そうだよな。出来ない事を無理するより、得意な事で試せばいいんだ!やっぱり、キッコウさんは凄いなぁ」
成長しないと、克服しないと。と、毎日焦る中、初めて「話さなくていい」と言って貰えた。それが、俺には物凄く嬉しかった。
——–
キッコウ 5秒
それに、豆乳さんは根がネガティブなんかじゃないですよ。こんな場所で、ネガティブなんて書き込めるんです。豆乳さんはネガティブなんじゃなくて、
——–
「えっ?」
画面に現れた文字に、俺はギョッとした。この流れは、今日まさに茂木君に「かまってちゃん」と言われた時と同じ風向きな気がする。
さすがに、キッコウさんにそんな事を言われたら立ち直れない!
俺がそりゃあもうビクついていると、手の中で容赦なくスマホが震えた。
画面に映し出されたキッコウさんからのメッセージ。
「キッコウさん……!」
やっぱり、キッコウさんは物凄く優しかった。
——–
キッコウ 5秒
寂しがり屋なのだと思います。可愛いです。
——–
その文章の威力は凄まじく、俺は思わず両手で顔を覆った。きっとキッコウさんは俺を女の子だと思っているからそんな風に書いてくれたのだ。女の子はすぐに、何でも可愛いっていうから。
分かってはいるものの、胸の奥がムズムズするのを止められなかった。
「キッコウさん、優しい。ありがとうございます。好きです」
俺も女の子だと思われているなら、と素直に文章にしてみた。そうやって勢いで文章を送った直後の事だ。
『次は、南駅前三丁目。次は南駅前三丁目』
「……え?」
バスのアナウンスから聞こえてきたのは、最寄りの停留所の名前だった。
ということは何か?もう、既に一時間半経ってしまったということか?
腕時計を見れば、時刻は九時前を指している。まるで時空を超越したような感覚だ。楽しい時間はあっと言うものの、まさかここまで一瞬に過ぎ去るとは。
「おっ、おります!」
ここで降り過ごそうものなら、三十分は歩く羽目になる。俺は急いで降車ボタンを押し、駆け抜けるようにバスから降りた。
「う、うそ。全然時間、気にしてなかった。待って、だとしたらキッコウさんは、ずっと俺の相談に付き合ってくれてたって事!?」
十三分間のつもりで始まった文字でのやりとりが、まさか一時間半になるとは思わなかった。俺は下りた停留所で、慌ててスマホへと目をやった。
——–
キッコウ 3分前
豆乳さんに好きだと言って貰えて、恐悦至極です。本当に嬉しい。おかげで、今日は本当に良い日になりました。
——–
——–
キッコウ 3分前
もしかして、もうバスが到着されましたか。
——–
——–
キッコウ 2分前
豆乳さんの執筆の時間を全部私に下さって嬉しかったです。今日の更新は無理されずに、ゆっくり休まれてください。
——–
——–
キッコウ 1分前
また何かあったらいつでも言ってくださいね。あと、豆乳さんのおかげで、私も自分を顧みるきっかけになりました。
——–
——–
キッコウ 50秒前
楽しい時間を、どうもありがとうございます。
——–
「……キッコウさん。好きだ。十三分で家に着くって言ってたのに。こんなに長い時間付き合ってくれて」
家で返信してくれていたのだろうか。それとも、返信が遅れたらいけないと、ずっと外で返事をしてくれていた、なんて事はないよな?
「え、てか……寒くない?え?キッコウさん。家だよね?家でお返事してくれてたんだよね?」
答えは分からない。きっと、聞いても本当の事は教えてくれないだろう。
ただ、ここで「付き合って貰ってすみません!」なんて送るのも変だ。だってキッコウさんは「楽しい時間を、どうもありがとうございます」って言ってくれているのだから。
だったら、俺も。
「俺も楽しかったです。キッコウさん、ありがとうございます。好きです」
俺はそれだけ打ち込むと、足取り軽く家まで帰った。
四月にしては寒い夜だったが、そんなの関係なかった。最近、なんだかずっと楽しい。まるで大学時代のようだ。小説を書いて、キッコウさんから感想を貰う。
「うん、確かにあの頃みたいだ!」
凄く!楽しい!
だからだろう。はしゃぎ過ぎてバカになっていたのだ。
「う、うわ……!」
俺は重大なミスをしていた。
「俺、途中……一人称が俺になってる」
自室でスマホを見ながら、震撼した。そりゃあもう、ブルブルだ!
——–でも、俺が悪いし……!そもそも俺が下手なのが悪くて。
文章の一部が、完全に我を忘れて“俺”になってしまっている。ただ、それはキッコウさんも同じで――。
——–俺が豆乳さんの近くに居たら、そんなヤツ呼び出して説教します!
「……キッコウさんって、男の人?なのかな?」
チラと過る可能性。という事は、キッコウさんも腐男子という事になる。と、そこまで考えて、俺は考えるのを止めた。
「性別なんて関係ないよ。だって、キッコウさんが良い人なのは変わらないし」
どちらかと言えば、キッコウさんが俺の事を「男なのでは?」と思って引いていないか心配だ。キッコウさんと違って、俺は後半の殆どの文章で“俺”と打ち込んでしまっている。
「……考えるの、やめよ」
キッコウさんも、そして茂木君も、俺の事をネガティブではないと言った。
確かに、そうかもしれない。きっとこの不安な気持ちは、キッコウさんに嫌われて構って貰えなくなるのが怖いから、そう思うのだろう。
「俺って、寂しがり屋のかまってちゃん、なんだろうな。本当に」
そう口に出した途端、“あの文字”が脳裏を過る。
【このアカウントは存在しません】
俺は、あの日のショックを、未だに引きずり続けている。