11:このアカウントに鍵は存在しません

 

 

「しょうゆさんだ!」

 

 

 しょうゆさんからのメールは、その後も頻回に続いた。

 どうやら社交辞令ではなく、本当に俺の過去作品も読んでくれているようで、昔の作品の感想も、たくさん送ってくれた。

 

 そして、最近では作品の裏話なんかもメールで話す事も増え、毎日管理画面のメールボックスを見るのが楽しみだった。

 

———-

慇懃無礼な彼は、会社の後輩さんでしたかー!

まさか、あのキャラが現実世界に居ると思うと、凄く萌えます!私も会ってみたいです!

 

しかも、今日更新分!最高に気になる所で終わってるじゃないですか!

 

すれ違ってた二人が、たまたまバッタリ攻めの家の前で出会う!しかも、受けが!別の男と居る時に!そして次回!って!もう演出がニクいー!豆乳さん!ホント神です!

次回の更新が楽しみで、もう生きるの楽し過ぎです!

 

しょうゆ

———–

 

ううー!嬉しい!しょうゆさんの感想!元気出る!こんな感想を貰っちゃったら、今すぐにでも更新したい!でも!

 

「今日は新人の彼の家にお邪魔するので、更新は明後日になりそうなんです。明後日には絶対に更新しますので!」

 

 しょうゆさんは、キッコウさんと違って数回メールのやり取りをしたら、こんな風に親し気な文章に変わった。もちろん、嫌なんて全然思わない。

きっと、しょうゆさんは人懐っこい女の人なのだろう。俺もしょうゆさんの明るくて元気な文章が大好きだ。

 

 俺は、ロッカーで手早くしょうゆさんにお返事を打ち込んでいると、いつの間にか隣に茂木君が立っていた。

 

「……大豆先輩。おはようございます」

「あ、茂木君。おはよう」

「はい」

 

 最近では、朝も自分から話しかけてくれるようになって、本当に嬉しい限りだ。

 

「今日は本当に家にお邪魔していいの?金曜日の夜なのに?」

「はい。もう部屋は掃除してあります。布団もありますので、無理して帰られる必要はありませんので」

「そうなんだ。色々と準備してくれて、ありがとう」

「ええ。ところで、大豆先輩」

「ん?」

 

 俺がスマホ片手に茂木君の顔を見上げてみれば、そこには少しばかり怖い顔をした茂木君が居た。俺は、朝から何か怒られるのだろうか。

 

「誰に、連絡をしていらっしゃるんですか?」

「っあ!」

 

 どうやら、話している最中に俺がスマホばかり見ていたせいで気分を害してしまったらしい。確かに、俺はとても失礼な事をしていた。せっかく茂木君が家に呼んでくれたのに。まったく最悪だ。

 

「えっと、」

 

 文章は出来上がっていたので、俺は片手で【送信】ボタンを押すと、急いでスマホをロッカーに仕舞いこんだ。

 

「ごめんね。今日はお招きしてもらってありがとうございます」

「いや、だから。それは別に」

「そうだ。夜ご飯は、どこか店でも予約しておく?」

 

 俺が尋ねると、茂木君は俺のロッカーを横目に見ながら「夕飯なら、俺が作ります」と言ってくれた。まさか、夕ご飯までご馳走になれるなんて。

 

「茂木君!料理も出来るの!?」

「ええ、一人暮らしですから」

「凄いなぁ。俺、実家暮らしで何も作った事はないけど、何か手伝える事があったら言ってね?何でもするから」

「何でも、ですか?」

「うん!なんでも言って。頑張るから」

「じゃあ、はい。よろしくお願いします」

 

俺の言葉に、先程まで不機嫌そうだった茂木くんの表情がフワリと柔らかくなった。この顔を、まさか俺に頻繁に見せてくれるようになるなんて、四月頭には考えられなかった事だ。

 

「じゃあ、今日は残業しないように頑張って仕事を終わらせないとね」

「はい」

 

 茂木君の笑顔、本当に素敵だ。

 お陰で、次の更新分の妄想がどんどん先に進んでいく。どうしよう、昼休み。空いた時間に少しだけ書いてみようか。

 

 俺は茂木君とロッカールームを出ながら気分良くそんな事を思った。

 

あ、そういえば。

最近、しょうゆさんとのメールが楽し過ぎてSNSの更新をしていなかった。一応、今日茂木君の家に、お呼ばれになった事を後で書いておこう。

 

 キッコウさんは、まだ俺に「いいね!」をくれるだろうか。

 

 

        〇

 

 

「大豆先輩、昼。一緒に食べませんか」

「っへ?」

 

 

 昼休み、少しだけでも小説を書こうと思ったが、それは叶わなかった。十二時を回った瞬間、ロッカーに駆け込もうとした俺の腕を、茂木君が掴んだ。

 力が強い。掴まれた腕は、少し痛かった。

 

「えっと、いいの?昨日も俺と一緒だったけど……」

 

 そう、昨日どころか、最近、茂木君はずっと俺と昼を食べている。いいのだろうか。そんなに俺ばかり構っていて。

 茂木君は、昼も他の女の子から誘われていたりするのに。

 

「此方が誘っているんです。もちろん、良いに決まっています」

「そっか」

 

 もちろん、茂木君に誘って貰えるなら断るなんて事はしない。だって、構って貰えるのは嬉しいから。

 

「じゃあ、うん。よろしくお願いします」

「……いつもの定食屋でいいですか?大豆先輩」

「うん、いいよ」

 

 俺は先に歩き始めた茂木君の背中を追いかけながら、ポケットからチラとスマホを取り出した。メールが来ている!きっと、しょうゆさんだ!

 

———-

ひゃー!明日の更新はナシなんですねー!

でも、むしろ楽しみに待つ時間が増えて、むしろラッキーです!

慇懃無礼な新人さんとの花金楽しまれてくださいねーー!

 

あ、ところで豆乳さんってSNSされてますか?

もし、私がまたサイト内にあるのに見つけられてないだけだったらイヤだなーと思ってお尋ねです。

 

もしサイト用のSNSがあったら、是非フォローさせてください!

返事はいつでも大丈夫でーす!

 

しょうゆ

———–

 

 

「……!」

 

 まさか、キッコウさんと同じ流れになるとは。

 ただ、キッコウさんと違うのは、やり取りの期間がキッコウさんは半年、しょうゆさんは半月だという事だ。

 

 圧倒的にやり取りは少ない。でも、でもでも。

 

「……もう、いいかも」

 

 俺は一旦スマホをポケットに仕舞うと、最近開いていなかったSNSのページを開いた。一週間前から何も書いていない。でも今の所、まだフォローもフォロワーも「1」のまま。

キッコウさんも、まだフォローしてくれている。

 

「大豆先輩、どうされました?」

「何でもない」

「……そうですか。あまり、スマホばかり見ない方が良いですよ。歩きスマホは危ないので」

「あ、そうだね。その通りです」

 

 頷きながら、俺はそれでもスマホを仕舞う事はなかった。今、決めてしまいたかった。今後、サイト運営や、SNSをどうするのか。

 

「……」

 

【このアカウントは存在しません】

 

 一人にばかり依存すると、またあの時みたいにショックな気持ちになるかもしれない。

 

「ふう」

 

 よし、決めた。鍵を、開けよう。

それに、しょうゆさんにならアカウントを教えても大丈夫だ。きっと、世の中、俺の思っているような嫌な人ばかりではないかもしれない。

 

 やっと最近そう思えてきた。

こうやって少しずつ、創作の方でも間口を広げていくのは、良い事かもしれない。

 

 俺は手始めに、ずっとサボっていたSNSに記事を投稿した。

 

———-

豆乳   45秒

気付いたら一週間も経っていました。今日は、後輩の彼の家に夕飯をご馳走になりに行きます。どうやら手作りのご飯らしいです!とても楽しみです。

なので、サイトの更新は明日になります。

———–

 

 まぁ、もうキッコウさんは小説を読んでないかもしれないが、一応報告しておく。すると、投稿した瞬間に「いいね!」が付いた。もちろん「いいね!」の相手はキッコウさんだ。

 どうやら、まだ俺は完全に見捨てられてはいないらしい。

 

 ただ、自然と「見捨てられる」という言葉が頭の中に浮かんできた事に、自分でもびっくりした。どうやら俺は、相当キッコウさんに依存してるようだ。

 

「大豆先輩」

「ん?どうしたの?」

「今日、大豆先輩の好きなモノを作りますから。食べたいモノを考えておいてください」

 

 やっと入れた定食屋で、まるで先程投稿した記事の返事のような事を言われた。

 

「うん。ありがとう。考えておくね」

「ええ。大豆先輩を、満足させてみせます」

 

 茂木君、本当に良い子だ。しょうゆさんも良い人。キッコウさんも良い人。でも、依存したらダメだ。ちゃんと、自分一人で立って、自分の趣味を続けられないと。自分の楽しいを、他人に依存してたら、また……。

 

「かまってちゃんは、ネガティブより性質が悪かったんだなぁ」

「へ?」

「何でもないよ」

 

 俺は自分の情けなさに改めて向き合うと、スマホを取り出しSNSの鍵を開けた。もう、閉じこもってばかりもいられない。

 

 

———-

しょうゆさんへ

 

サイト用かどうかは微妙なのですが、SNSしてます。

見ても面白い事は一つも書いてないですが、以下がアカウントです。どうぞ、興味を持たれたのであれば、覗いて見てください。

 

@maroyakamainiti

 

———–

 

 

この時、俺は初めて世界に向けて鍵を開け放った。