13:このアカウントには、貴方だけです

 

 

 俺は、昔から独占欲が異様に強かった。

 

 

『万、お前。兄貴に逆らうのかよ。コレは俺のだ』

『……』

『もう、万。お兄ちゃんでしょ。我慢しなさい』

『……』

 

 

 俺の家は稀に見る大家族で、下には妹や弟がたくさん居た。かといって、俺が一番上というワケでもなく。あぁ、具体的な数字を上げれば、下に五人、上に三人。九人兄弟の、丁度真ん中あたりに俺が居た。

 

 だから、冒頭の言葉には語弊がある。

昔は独占欲を持てるようなモノが、俺には存在しなかった。家の中のモノは全部誰かとの共有物であり、俺個人の持ち物なんて一つも存在しない。

 

 そのせいだろうか、俺は“俺だけのモノ”に異様な憧れを持つようになった。

 

『ねぇちゃん。漫画貸して』

『いいけど、それBLだよ』

『なんでもいいよ。兄ちゃんの部屋のやつ、穴抜け多くて読みたくない』

『アイツ、雑だもんねぇ』

 

 漫画も、ゲームも、本も、ランドセルも、制服も、全部が“誰か”が使ったモノ。家の中は荒れ放題で、本当に大嫌いだった。

 俺が買ったハズの漫画もゲームも、いつの間にかどこかへ消えていた。

 

『……はぁ、サイアクだ』

 

 小学生の頃、姉の部屋にあったBL漫画を読むようになって、いつの間にかBLを好んで読むようになった。BLは、粗雑な兄や弟も手を出さないせいで、いつも綺麗に姉の本棚にあったのが、手に取るきっかけだった。

 

『男同士とか、変なの』

 

姉の好むBLは、いつも攻めが受けに執着して、最後は両想いになってハッピーエンド。全部ソレ。飽きもせず、最後はいつもソレ。

でも、俺もそういう話が好きだった。読んでいて安心するし、なんだろう。凄く、羨ましかった。

 

『いいなぁ、この人達』

 

 何に対して羨ましがってるのか、当時は欠片も理解出来ていなかったが、いつも俺はそう思っていた。

 

 

        〇

 

 

『ヨロズ君。私と付き合ってくれない?』

 

 中学に入って、俺は色んな女子から告白されるようになった。どうやら俺は、そこそこ顔が良いらしい。

 ずっとBL漫画ばかり読んできた俺にとって、女と付き合うというのは、いまいちピンと来なかったが、なんとなく期待感が凄かった。

 

『ねぇ。付き合ったら、斎藤さんは、俺のモノって事?』

『っえ?う、うん!そうだよ!付き合ったら、お互いはお互いのモノって事!』

 

 へぇ、いいじゃん。

 そうか。確かにBLでも、いつもそうだった。

 

『じゃあ、いいよ。じゃあ、今日から斎藤さんは俺のね』

『うん!じゃあ、ヨロズ君は私のね!』

 

 目の前の嬉しそうな女の子。

同じクラスの“斎藤さん”が、俺にとって初めての“彼女”だった。

彼女。すなわち、受け。それは、独占していいモノ。他の兄弟や、他のヤツと共有しなくてよくて、俺だけのモノ。

 

『あぁ、最高かも』

 

 十三歳。初めて“俺だけのモノ”が出来て浮かれた。

 付き合う。恋人同士。好きなだけ執着しても、許されるモノ。

 

『じゃあ、俺も斎藤さんには執着して良いって事だよな』

 

最近ネットで読んでるBL小説も、いつも攻めは、受けに執着していたし。今は便利なモノで姉から借りなくても、好きなだけBL漫画も、BL小説も読める。

 

 特に、俺が中学の頃は、個人サイトの隆盛期だった。

 たくさんの個人作家が、各々の性癖を詰め込んだ作品を自分のサイトに、置いてくれていた。全部タダで読ませて貰える。だから、俺は毎晩ランキングからサイトに飛び大量の作品を読み漁っていた。

 

『すれ違っても、大丈夫。絶対に受けは攻めの事が好きになる。独占されても嬉しそう』

 

 執着して、すれ違って。でも最後には両想い。お互いがお互いを強く想って、他なんて見えてない。良い。自分だけのモノ。最高。だから、俺もそうした。

 

『ねぇ、斎藤さん。一緒に帰ろう』

『ねぇ、斎藤さん。何見てんの?』

『ねぇ、斎藤さん。さっき何話してた?』

『ねぇ、斎藤さん。何で俺以外のヤツと居るの?』

『ねぇ、斎藤さん。なんで最近、俺の事避けるの?』

 

 

 

『茂木君。私、別に好きな人が出来たから……別れたい』

『は?』

 

 なんだ、ソレ。

ヨロズ君と親し気に呼ばれていた名前は、他人行儀な“茂木君”呼びに、いつしか変わっていた。でも、俺は気にしていなかった。だって、BLでもすれ違いはテッパンネタだったから。

 

どうせ最後には上手くいく。そう、思っていたのに。

 

『だから、もう私達今から彼氏でも彼女でも無いから』

『……』

 

 意味が分からなかった。自分から好きと言ってきておいて、一体何て事を言い出すんだ。

 

『なんで?斎藤さん、俺のモノじゃなかったの?』

『だって……茂木君。束縛が、キツい』

『束縛?だって、斎藤さんが言ったんじゃん。自分は俺のって』

『ちがう!私は茂木君のモノじゃない!もう無理!』

 

 は?

 混乱した。付き合って、俺のモノになったと思ったら、全然俺のモノになんてなってなかった。なんだよ、それ。最低じゃん。

 

 現実世界では、すれ違ったらそのままサヨナラなんだと、その時知った。

 

 

『茂木君、私と付き合わない?』

『万君、ねぇ。今好きな人とか居る?』

『ヨロズ君!好きです!返事は、今じゃなくてもいいので!』

 

茂木君、万君、茂木君、ヨロズ君。

 

 

 

『ちょっと、キミと一緒に居るの。キツい』

 

 

は?何だよソレ。意味わかんねぇ。

 

 

 自分達から俺のモノになりたいって言っておいて、最後には皆同じような事を俺に言ってくる。最低だ。

 

『ウザ、ダル、キツ。なんだよ、全然俺のモンになんねぇじゃん』

 

 

        〇

 

 

 俺は、十五歳になった。

 今まで何人くらいと付き合ってきただろう。

 

『時間、もったいなかったな』

 

 多分、両手を使っても足りないくらいは付き合った。キスもセックスもした。大人の女の人とも付き合った事もあった。でも、結局最後は同じだった。

 もう、中学で俺に告白してくる女子は、誰も居なくなっていた。そして、俺自身も、そういうのを諦めていた。

 

 時間がもったいない。あんなのに時間を費やすくらいなら、BLを見てた方が良い。

 

 現実は現実。フィクションはフィクション。

 BLはフィクション。ファンタジー。現実には無いモノ。

 

 

『俺だけが独占出来るモノなんて、この世に無い。つまんねぇの』

 

 

 そんなある日の事だった。

 

『……このサイト、初めて見る』

 

 俺は満たされない独占欲を抱えたまま、結局BLの世界にどっぷりつかって過ごしていた。その頃になると、ランキング上位の個人サイトだけでなく、新着のサイトまで軒並み巡り終えており、日々何を読むか寝る前に好みの作品を探し回る毎日だった。

 

 そんな時だ。

 

 

≪新着サイト≫

【まろやか毎日】

美形×平凡/執着攻めが主です

IN 2   OUT45

 

【まろやか毎日】というサイトを、俺が見つけたのは。

 

 

『……おもしろい』

 

【まろやか毎日】は、ハッキリ言って俺の好みのド真ん中をいく話ばかりが置いてあった。

 

『いいな、ここ。いい。めっちゃイイ。どうしよ、すげぇ好き』

 

 久々に心躍った。フィクションだけど、たまにこうドンピシャな出会いがあるから現実世界に比べて最高なんだよ。BLは。

 

『感想、送ってみようかな』

 

 普段はそんな事はしないのだが、あんまり好みのド真ん中過ぎて、一言だけでも感想を送りたくなった。しかし、

 

 

『は?レビューも、拍手コメントも、メールフォームもない……なんでだよ』

 

 

 【まろやか毎日】は、作者との連絡手段が皆無だった。

 

 あの頃の個人サイトには、作者にコメントを送る為の【拍手コメント】という機能や、それだと文字数が足りなかったり、作者個人に何か伝えたい時用に【メールフォーム】がサイト内には設置してあるのが普通だった。

 あとは、作品に対して評価を書く為の【レビュー】とか。

 

『は?SNSのリンクもない……この豆乳って人。感想とか要らないタイプの人なのか?』

 

 そんな中でも毎日毎日。淡々と更新は続いていく。

 そうこうしているうちに、【まろやか毎日】は様々なランキングの一位を当たり前のように独占していくようになった。そりゃあそうだ。作品が神ってるのだ。遅かれ早かれこうなる事は分かっていた。

 

『でも、俺は……前から豆乳さんの作品が好きだった。他の奴らより前から知ってた』

 

 その辺りで、俺は妙な競争意識を、他の読者に対して抱くようになっていた。

元々、知られている個人サイトには、毎日多くの感想が届いている。俺がいくら熱い想いを届けたとしても、作者の中では既に多くの中の一つに過ぎない。

 

 けれど、【まろやか毎日】は違う。

作者がまったく表に現れてこないのだ。連絡手段もない。そう言う所が、更に「神」っぽくて、誰からも触れられてないからこそ、俺は触れてみたくて仕方がなかった。

 

『隠し部屋とか、ねぇのかな』

 

 毎日、毎日どうにか接触が持てないかとサイト内を見回る毎日。携帯だと画面が小さくて分からないだけかもしれない。ならば、パソコンだとどうだ、と。家のパソコンで【まろやか毎日】を隅々まで見ていた時、俺はやっと見つけた。

 

『メールフォーム、あった』

 

 作者との唯一の連絡手段。

 

『……こんなの、普通見つけられないだろ』

 

 サイトの注意事項が書かれている【fast】の一番下。

ほぼ背景色の白と同じ文字色で、極小の文字で【メール】の文字を見つけた時は歓喜した。そして、自分でもよく見つけたモノだと感心した。

 

 でも、普通に見つけられないからこそ、俺は燃えた。いや、萌えた、の方が合っているかもしれない。まぁ、どちらでも良かったが、ともかく、こんなモノそうそう誰も見つけられないに違いない。

 

 

『俺が、最初の一人だといいな』

 

 真っ白な神様に触れる、一番最初の人間でありたい。

 そんな事を思いながら、メールを送った。神様に送るメールだ。無礼があってはいけない。最大限の配慮をしなければ。それに、出来るだけ俺の思った感想を、ブレる事なく伝えきりたい。

 

 普段使う事なんてない辞書を片手に、十五歳の俺は本気を出した。

 

 丁寧に、丁寧に、丁寧に、丁寧に。

 俺が最初の一人でありますように。

 そうでなければ、他の奴らとは一味違うと思わせられるように。コイツだけは特別だと思って貰えるような。そんな思いを込めた、俺の豆乳さんへの最初のメールは――。

 

『出来た』

 

 三日間をかけて書き上げ、5000文字を超えた。これでも、半分は減らしたのだ。最初は一万文字近くあったのだ。最早、短編小説である。

 

『……文章が、固すぎるか?』

 

 まぁ、慣れ慣れしいよりは良いだろう。手紙の書き方で参考にしたのが、就活中の兄のビジネスマナーの本だったので、固さはあったが間違いはない筈だ。

俺は満を持してメールを送った。なんだか、それだけで凄くやり切った気持ちだった。

 

『……ん。最高だ』

 

 

 

 すると、その後。信じられない事が起こった。豆乳さん、いや!神から返事が来たのだ。しかも、俺が送ったメールよりも長い文字数で。文字数カウントにかけてみたら、全部で10628文字あった。

 

 冒頭には『初めて感想を頂けて、本当に嬉しかったです』の文字。

 やった!初めてだった!俺が豆乳さんに初めて感想を送った人間だ!最高最高最高最高!

 

 その日、俺は人生で一番心が躍った。

 

 

『ははははっ!いいね!最高!』

 

 

 そこから、俺の神に対する独占欲は始まった。

 

 

——–キッコウさんは、どんなお話が好きですか?

——–キッコウさんは、普段どういった作品を読まれますか?

——–キッコウさんは、どんな攻めのお話が好きですか?

——–キッコウさんは、他にどんなサイト見られますか?

 

 

——–豆乳さんの書かれる話が好きです。

——–最近は、ずっと豆乳さんの書かれた話ばかりを読んでいます。

——–豆乳さんの書かれる執着攻めが好きです。

——–今はもう【まろやか毎日】だけです。

 

 

 交流を重ねれば重ねる程、豆乳さんは俺にとって最高の神様だった。それは、書かれる作品が最高だという事もあるが、それよりも“豆乳”という人間の人となりにあった。

 

 本当に俺しか感想を送ってくる相手が居ないのだろう。

 

———–

キッコウさん、いつもありがとうございます。俺、キッコウさんとメールするのが、一番楽しいです。キッコウさんが居てくれるから、サイトやるのも楽しいって思えます。

———–

 

『最高最高最高最高最高最高』

 

 

 俺が感想を送れば、すぐに嬉しそうな返信をくれる。

 俺が好きだと言った作品の続編を書く。

 俺が好きだと言ったカップリングの話が増える。

 俺が言った事は何でも従順に、全力で応えてくる。

 

 二人だけの空間が欲しくて、SNSを作る用に勧めた時なんか、俺の予想を遥かに超える最高の返答をくれた。

 

———

キッコウさんだけしか、見られたくありません。

———

 

『いい、最高です。豆乳さん。俺だけにしか見られたくない?興奮する。貴方には俺だけって事ですよね?』

 

 神様なのに、豆乳さんは俺の手の中に居た。

おこがましいかもしれないが、この神様は完全に俺に依存している。俺が居るから、ファンの間で「孤高の神作家」なんて呼ばれる作品が次々と完成されるのだ。

 

『っはぁ、っはぁ。いい。もう、最高過ぎる』

 

 一体ナニに興奮しているのか分からない。ただ、BLでヌいた事なんて今まで一度もなかったのに、豆乳さんと出会ってから俺の自慰の回数は異様に増えた。

 

『貴方は俺だけのモノだ』

 

 手の中に吐き出された、白濁色の欲望を見下ろしながら、豆乳ってどんな色なのだろうと、バカな事を何度も何度も思った。

 俺の十五歳から十八歳。俺の青春は全部豆乳さんに捧げた。

 

 

 

———-

更新しました!

———-

 

 SNSにその文字が躍る度に心が震えた。なにせ、それは“俺にだけ”向けられたメッセージだ。

 街角ですれ違っても気付けない神様。そんな貴方が、俺の好みに合わせて小説を作るのがイジらしくて、可愛くて、最高で。

 

 少し、意地悪をしたくなった。

 

【アカウントを削除してよろしいですか】

 

OK

 

三年間、俺の為にだけ小説を書いてくれていた貴方に対し、俺は傲慢になっていたのかもしれない。

 

 

      〇

 

 

「……んん」

「さて、豆乳さん。鍵をかけましょうね」

 

 

 俺はベッドで眠る裸の神様の手を取ると、彼のスマホに親指を当てた。開かれるスマホ。ついでに、指認証に俺のも加えておこう。そうすれば、今後、神様の手を煩わせる事もなくなる。

 

「まずは、このどこの馬の骨とも分からない奴をフォローから外すところから始めましょうか」

 

そう言って、俺は【しょうゆ】をフォローからもフォロワーからも外す。

 

「また、鍵をかけましょうね。二人でいいじゃないですか。だって、ここは二人だけって言って始まった場所なんですから」

 

———-

豆乳 

@maroyakamainiti

創作BLサイト【まろやか毎日】を運営しています。日常の事を呟く事が多いです。

フォロー:1   フォロワー:1

———-

 

 そして、SNSに再び鍵をかけた。これで、もう誰も入って来れない。

 

 

『おれ、のごと、かまっでよ゛!!』

 

 

 昨晩の大豆先輩の叫び声が、耳の奥で何度も何度も響いてくる。

 思い出すだけで、また勃起しそうだ。いや、今の表現には語弊がある。既に少し、勃起している。

 

「……最高だ。最高。昔から、貴方は本当に最高だ」

 

 眠る大豆先輩の目尻には、涙の跡がある。良い。俺の為に流した涙だ。一生消えなければ良いのに。

 まさか、神様からあんな風に言って貰えるなんて思ってもみなかった。

 

 

『なんで、急に居なくなったんですか?』

 

 

 そう、泣きながら言われた時、俺の中に浮かび上がってきたのは罪悪感より、愉悦だった。思わず高笑いが込み上げてくる程に。

 やっぱり神様は、あの頃、完全に俺に、“キッコウ”に依存していた。俺が消えて確かに神様は傷を負っていたのだ。

 

「ごめんなさい。豆乳さん。貴方があんまり俺の言う通りに動いて、俺の為だけに物語を書いてくれるから……調子に乗って思ってしまいました」

 

 この神様は、俺が居なくなったらどうなってしまうんだろうと。

 だから、アカウントを消して。感想も送らないようにして。

 

「よくある【浮気攻め】の浮気の動機みたいなモノです。貴方が、どれだけ俺を失ったら動揺するか、見てみたかったし、試したかったんです」

 

 本当に、ちょっとしたイタズラ心だったのだ。

 

「んぅ」

 

 先輩が眉を寄せて寝がえりをうつ。眠っていても、自然と俺の方にその身を擦り寄せてくるのが、本当に堪らない。

 

「あぁ、語彙力無くてすみません。本当に、貴方って可愛いですね」

 

 大豆先輩の首筋には、俺の噛み痕がある。もっと、深く痕を残したい。

 

 

「ちょうどあの頃、俺【浮気攻め】にもハマってて」

 

 バカなモノだ。

 SNS上で、明らかに動揺しているであろう神様の姿を想い、毎日興奮して欲求を吐き出した。それが最高に気持ち良くて、軽く依存症みたいになってしまっていたのだ。

 

『キッコウさん、見てますか?なんで感想くれないんですか?もう、俺の書く話に飽きちゃったんですか?面白くないですか?ねぇ、どこ行ったんですか?』

 

 画面越しに聞こえてくる声無き叫び声。

毎日、毎日俺の好きそうな話を書いては、サイトに更新をする神様。勿論、全部読んだ。全部好きだった。やっぱり、貴方は神だった。

 

感想を送りたい気持ちをグッと堪え、神様を観察して、自慰にふける。

そして、誰も見ていないであろうSNSに更新の通知を送り続けている姿を想像して……萌えた。

 

残念な事に、一旦アカウントを消してしまっているせいで実際の投稿を見る事は叶わなかったが、後からもう一度フォローして貰えれば、遡って見れるとタカを括った。

だから、俺は引き際を、紙一重で見誤ってしまったのだ。

 

『あ、れ?』

 

神様が、更新をやめた。

そして、完全に俺の前から姿を消したのだ。

 

「更新が止まった時は、息が止まるかと思いましたよ。すぐにメールしたのに、もう貴方は返事もくれなくて」

 

 眠る大豆先輩の頭を、俺は優しく撫でる。

 それこそ、受けに見捨てられた【浮気攻め】の気持ちそのものだったかもしれない。もし、浮気攻めの心境が書きたい時は、是非参考にお伝えしたいくらいだ。

 

 慌ててメールを送った。必死だった。もう、こんな人と出会える事なんて二度とないと思っていたから。

 一通一通、全身全霊で書いた。初めて貴方に書いた一通目のメールのように。本気で想いを込めれば伝わるし、応えて貰えると思ったのだ。

 

 でも、それは甘かった。一度消えた神様は、俺みたいな汚い人間の手の中には戻ってきてなどくれなかったのだ。

 

「そこから、毎日つまらなかったです」

 

 人生の夏休みなんて呼ばれる大学四年間。それは殆ど俺にとっては記憶に薄い時代だ。何をしたのか。どう過ごしたのか。まるきり記憶にない。

 ただ、ふとした瞬間に【まろやか毎日】に行き、過去の作品を読み漁り、神様から貰ったメールの返信を読み直す。

 

 サイトが消えていない事だけが、俺にとっての唯一の救いだ。

 なにせ、俺と豆乳さんを繋ぐ場所は此処しかないのだから。四年間。定期的に俺はサイトの隠されたメールフォームから、神様に向けてメールを送り続けた。

 

 SNSのアカウントも作り直して、消えていない【豆乳】のアカウントに、再びフォロー申請を出したりもした。

 もう、どこかで会えないと諦めながらも貴方と過ごした日々が忘れられなかった。

 

 そんな時、

 

『こ、こ、こ、これで朝礼をっ、終わります!』

———–

【まろやか毎日】復活しました!また小説書きます!

———–

 

再び、貴方と出会った。

 息が、止まるかと思った。

 

「最初は、貴方だって気付かなくて……無礼な事ばかり言いましたね」

 

 でも、仕方ない。なにせ、本当に見ていてイライラしたのだ。何をするにもビクビクして、オロオロして。周囲の目ばかり気にして、発する言葉に、一切“自分”というモノがなかった。

 

「でも、話していくうちに……大豆先輩が、豆乳さんに重なるようになった」

 

 

ーーーーーーーー

キッコウさんだけしか、見られたくありません。

ーーーーーーーー

『茂木君だけしか、見られたくない』

 

 

 そう、言葉の端々に、貴方を感じるようになった。でも、「まさか」と思った。そんな都合の良い事が起こるワケないと、期待する自分を否定して過ごす毎日。

 

ただ、新しく更新されるよになった【慇懃無礼ですが何か?】の攻めは、明らかに俺の行動と類似する所が多く、感情移入という言葉だけでは収まりきらなかった。

そして極めつけが、“あの日”のSNSの投稿だ。

 

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@maroyakamainichi

新人の男の子から飴を貰いました。俺が電話にたくさん出ていたので、気を遣ってくれたみたいです。彼は、とてもしっかりした良い子です。

———–

 

 文章と共に初めて豆乳さんのアカウントに画像が添付された。それはもう明らかに、俺が渡した飴であり、一緒に映り込む手は、見慣れた大豆先輩のモノで。

 

「SNSに画像を上げる時は気を付けないと。大豆先輩。手に書いてた台本まで映り込んでましたよ……」

 

≪捨てる時はシュレッダー!ゴミ箱はだめ!恥ずかしいから!絶対に言う!≫

 

「どこで変な奴が見てるか分からないんですから。世の中怖い奴だらけですよ」

 

 どの口が言う。

 俺は大豆先輩の掌に、自分の手を重ねながら言った。うん、丁度理想的な受けと攻めの手のサイズ感だ。

 

『また、マニュアル作るね』

『また、持っていくから。明日、うん、明日。持って来るから。だから!』

 

 俺が一言、マニュアルを褒めただけで、倍以上の気持ちを返してこようとする。もう、完全に俺の中で、大豆先輩が豆乳さんになった瞬間だった。

 

——–キッコウさん!

『茂木君!』

 

 

「あぁっ、もう。本当にまた会えて良かった。まさか、直接会えるなんて思ってもみなかった。最高です、本当に……生きてて良かった」

 

 

 BLはフィクション。作り物、まがいもの。

 望みをかけては何度も裏切られてきた。俺の独占欲と執着心。けれど、こんな言葉もある。

 

「事実は小説よりも奇なり……」

 

 吐き出すように漏れでた言葉に、俺が再び大豆先輩の頭に触れた時だった。それまで、閉じられていた目が、ハッキリと開いて俺を見ていた。

 

 神様が、俺を見ている。興奮する。緩く勃起しかけていた下半身が、更に熱を持つのを感じた。

 

「キッコウさん」

 

 神様が俺の名前を呼ぶ。そして、甘えるように俺に擦り寄って、言った。

 

「……今度俺の前から消えたら、全部消してやる」

 

 俺の手に大豆先輩の手が触れた。恨めし気な台詞とは裏腹に、その声は、どこか浮かれていて。神様は、俺の手を両手で握りしめると、自身の頬に寄せながら続けた。

 

「全部消して、今度は別の人に、構ってもらう……から」

 

 “独占欲”を孕んだその言葉に、俺は腹の底から湧き上がってくる悪寒と興奮を同時に滾らせながら、神様を腕の中におさめた。

 

 

「承知致しました」

 

 

 大丈夫だ。もう鍵をかけた。この神様は、俺だけのモノだ。