5:少年ヘマは何度もあやまった。

 

 

「あっ! みんな帰って来てる! サンゴは……あ、居た!」

 

ヘマがイシを拾って六年が経った。ヘマは十六歳になっていた。

子供の成長とは本当に早いモノで、身長は子供の頃より伸び、キンキンと高かった声も少しだけ落ち着いた。

 

——–オレも大人になる頃にはイシ君くらい大きくなれるかな?

 

ただ、彼の望んでいたような“劇的”な成長は、あまり見られなかった。身長は伸びたが、村の同い年の子らよりは小柄だったし、声だって“子供の頃”よりは落ち着いただけで、ヘマの声はいつでも高らかだった。

 

そして、あの頃と変わらずヘマは幼馴染のサンゴが大好きだった。

 

「サンゴー! 聞いて聞いて! オレ、ヒールグレースを覚えたよ!」

 

ヘマは覚えたばかりの回復魔法をサンゴに披露すべく、村の集会場に走った。最近、夕方になるとサンゴはいつもここに居る。

 

「ヘマ」

「サンゴ! ケガしてない? 回復するよ! わぁ! コレが今日の獲物? すごいねー!」

「……はぁ」

 

どこかウンザリしたように溜息を吐くサンゴに、ヘマは目を瞬かせた。どうしたのだろう。やっぱり、狩りでどこかケガでもしたのではないだろうか。

 

「サンゴ! 回復するよ!」

「いいって、別に」

「ヒールグレース!」

「あぁもう、いいって言ってんのに」

 

ヘマの回復魔法が淡い光と共に周囲を包み込む。すると、サンゴの周りに居た狩りに同行した男達の傷までもが一気に癒えていった。

 

「おぉ、腕のかすり傷が治ったぞ」

「昨日ころんだ膝の傷が治った!」

「ずっと痛かった腰痛が急におさまったな」

 

“単体”を回復する回復魔法だった筈だが。

 

「あははっ!いつの間にか、ヒールストームを覚えちゃったみたいだ!」

 

味方“単体”を大回復する「ヒールグレース」を覚えたつもりが、“複数”の味方を大回復する「ヒールストーム」を覚えてしまっていたらしい。普通、どう考えても難易度が高いのは後者なのだが。

 

「あははっ! すごいや!」

 

ヘマにはこういう事がよくあった。いつの間にか、本来覚えようとしていた難易度のモノより、難しいモノを覚えてしまうのだ。

 

「サンゴ! これでパーティ全員一気に回復出来るようになったよ! 凄いでしょ! これで、いつ魔王討伐に行っても役に立てる! ね?」

「……はぁ」

「どうしたの? サンゴ? 状態異常? なら、ディスペルを」

「ヘマ、少し黙れよ」

「っ!」

 

ヘマとは違い、声変わりによって驚くほど低くなったサンゴの声がヘマを静止させる。そのハッキリとした冷たい声に、ヘマは顔を引き攣らせながら口籠った。ただ引き攣りながらも笑顔だけは絶やさない。

ここで自分が傷ついた顔をすると、サンゴに面倒なヤツだと思われてしまうかもしれないからだ。

 

「あのな、ヘマ。確かにお前は回復魔法を覚えるのが早い。お前の年でそこまでの魔法を覚えられるのも凄いって分かってる」

「へへ! 俺、サンゴと魔王討伐に行くためにがんばっ」

「少し黙れって言ったのが聞こえなかったのか?」

「……あ、うん。ごめん」

 

サンゴに褒められて嬉しかったので、つい口を挟んでしまった。これももう何度目の失敗だろう。俯いたヘマの視界に、苛立たし気にコツコツと足を鳴らすサンゴの様子が映る。

いつから、自分はサンゴをこんな風に怒らせるようになってしまったのだろう。

 

「ただ、お前は俺の話も、周りの事も見えていなさ過ぎる。俺は回復はいらないって言わなかったか?」

「で、でも」

「ヘマ、喋るな」

「……」

 

完全にサンゴが怒っている。これ以上喋ったら、きっともう今日は口をきいてくれなくなるに違いない。

何度「喋るな」という言いつけを守れず、サンゴに背を向けられただろうか。ヘマは物理的に話せないように、自身の口を両手で覆った。

 

その瞬間、サンゴの表情が更に険しくなってしまった。

 

「やめろよ。そんなガキじゃあるまいし」

「……」

「おい、手ぇどかせよ。もう十六だろ。見苦しい」

「……」

 

見苦しい。

それは、ヘマが最近になってよくサンゴから言われるようになった言葉だ。これを言われる度に、ヘマのお腹の底には、何かズンと重苦しいモノが降り積もるような感覚に陥ってしまう。苦しい。

 

「……」

 

声は上げずに、サンゴはソロソロと手を口元からどけた。もう、何がサンゴを怒らせてしまっているのか、ヘマにはちっとも分からなかった。

 

「回復魔法も無限に使えるワケじゃない。それを、お前みたいにポンポン後先考えずに乱発してたら、ここぞって時に回復出来なくなるかもしれない」

「……」

「俺、昔から言ってるよな? ヒーラーはパーティの要だって。お前が“ヘマ”すると、パーティ全員の命が危険に晒されるんだ」

「……」

「なぁ、ヘマ。お前、なんでそんなに周りが見えてねぇんだよ。俺の事ばっか見てるかと思ったら、俺の言う事も聞かねぇし。そんなんじゃ、いくら凄い回復魔法を覚えたって、一緒に旅になんて連れて行けねぇよ」

「っ! いやだ!」

 

喋るなと言われたのに、ヘマは思わず叫んでしまった。十八歳になったらサンゴと一緒に魔王討伐の旅に出る事。それが、幼い頃からのヘマの夢であり、希望だったのだ。

 

「イヤだ! イヤだ! オレ、絶対にサンゴと一緒に旅に出る! もっと凄い魔法も覚えるから!」

「ヘマ」

「あ、そうだ! 今度はリザレクションを覚えるよ! そしたら戦闘不能になってもすぐに……っサンゴ?」

「もういい。今日はもうお前と話したくない」

「サンゴ!」

「付いて来るな」

 

ヘマに背を向けてピシャリと口にされる言葉。こうなってしまっては、もうダメだ。今日はどうあってもサンゴは口を利いてくれないだろう。

 

「……サンゴ。ごめんね」

 

いくら謝っても、サンゴは返事すらしてくれない。大きく逞しく成長したその背中は、どんどんヘマから離れて行ってしまう。

 

「サンゴー! ごめん! ごめーん! もっと凄い魔法を覚えるからー! だからー!」

 

何度も何度もヘマは叫んだ。そんなヘマの姿を、村人達は困ったような顔で見つめる。

もう、ヘマには分からなかった。サンゴが自分の何を気に食わないのか。どうして、あんな恥ずかしいモノでも見るような目で自分を見るのか。

 

ちっとも、分からなかった。

 

「サンゴ。ごめんね。許してね」

 

返事が貰えなくとも、ヘマはそう言わずにはいられなかった。