10:勇者ヒスイは爆発した。

 

 

これ程までに、自分が石である事を後悔した事があっただろうか。

 

いや……ない!

 

 

「うんうん! イシ君もそう思う? そうだよね、やっぱりイシ君は頭がいいよ!」

(何バカ言ってんだ! ヘマ、テメェいい加減にしねぇとぶっ飛ばすぞ!)

「ふふ、イシ君も気付いた顔してる! そうなんだよ! この魔法は一見凄く理不尽に見えて、本当はどうって事ない魔法だね!」

(あ゛ぁ!? 何がどうって事ないなんだ! 言ってみろ! クソヘマが!)

 

一体コイツは何を言っているんだ。

ヒスイは心の底から思った。そして同時に湧き上がる凄まじいまでの怒りに、その身が激しく燃え尽きてしまいそうな感覚に陥る。ただ、そんなヒスイの気持ちなど一切知りもしない様子で、ヘマはご機嫌に話し続けた。

 

「寿命の半分が必要って脅してるけど、これは全然怖い事なんかないね! だって、寿命の半分は魔法を使う度に少なくなっていく! えっと、例えばオレの寿命があと四十年だとして、一回目の魔法に必要なのが二十年! 二回目は十年! 三回目五年! 四回目は二年半……! 五回目は……まぁ、半分だよ! そう考えたら、この魔法は凄いお得だ! だって何回も使えるもんね!」

 

そう言ってヒスイに頬ずりをして喜びを露わにするヘマに、ヒスイは発狂しそうだった。きっと自由に動けたならば本気で殴り付けていたに違いない。でも、そんな事は出来ない。

 

(その分テメェの寿命も減ってんだから当たり前だろうが! 割合で考えろ!? ほんっとにお前は昔からバカだな!? おいっ、聞いてんのか!?)

 

なにせヒスイは石なのだから!

 

「サンゴ達もそろそろ魔王城の攻略に入る頃だ! 魔王城の敵は凄く強いハズだからね!ヒーラーは何人居てもかまわないよ! ましてや、こんなに凄い回復魔法を覚えたオレなら……! ふふふ」

 

帰宅後からの、あの悲壮感に満ちた姿は一体どこへ行ってしまったのか。

それほどまでにヘマは以前の明るさを取り戻していた。毎日毎日、食事すら摂らずに鬱蒼とした表情を浮かべていたヘマを心配していたヒスイは、その笑顔に昔を思い出し嬉しくもある。……あるのだが、如何せん事が事だ。

 

「きっとサンゴは『ヘマが必要だ』って言ってくれる!」

 

このままでは、ヘマは自分の寿命を代償にしてでも、サンゴの元へと駆け走るだろう。そうなれば、今度こそヒスイはヘマと二度と会えないかもしれない。

 

(やめろっ! なんでお前がそこまでアイツの為にする必要がある! ここに居ろ! 俺がお前の家族だろうが! 俺が居るだろうがっ!)

 

必死に叫ぶ。

しかし、それが声となってヘマの元に届く事はない。それどころか、ヘマはとんでもない事を言い始めた。

 

「うーん、一回も使った事がないって言ったらきっとサンゴは新しい魔法の事も信用してくれないかもしれない。よし! いつもみたいに一度だけ試しておこう!」

(は……?)

 

何を言っているのか、もうヒスイには一切理解出来なかった。

寿命の半分をも差し出す回復魔法を、練習で一度使ってみる? それは一体どういう了見だ。もう、意味が分からない。いや、そんな事を言ったらヒスイはいつだってヘマを完全に理解出来た事など一度だってなかった。

 

「イシ君もそう思う? そうだよね。一回もやった事ないんじゃ“出来る”なんて言えない。見ててよ、イシ君!」

(ヘマ……ダメだ。やめろ)

「え? そんな凄い魔法がお前に使えるのかって? ふふ、大丈夫だよ! だって、いつもオレは上手にやれてたでしょう? 心配しないで?」

(お前、どこまでバカなんだ! やめろやめろやめろ!)

 

ヒスイの必死の制止を余所に、ヘマの周りにはマナの粒子が大量に集まっていく。

ヒスイは石であるにも関わらず、余りの大量のマナに肌がヒリヒリするのを感じた。ここまでの濃いマナの“気”は初めてだ。

 

「――――――」

 

ヘマは目を閉じ、囁くような声で詠唱をしている。その口の動きは、目で追えない程早い。

 

「――――――」

(クソがっ! ヘマ! おいっ! クソっ! 動け! もう倒れるだけでいい! 動け動け動け動け!)

 

動け!!!

 

ヒスイは寿命の半分をドブに捨てようとする愛しい子を前に、必死に体を前へと動かした。しかし、ヒスイの願いも虚しく、ヘマの囁くような詠唱は終わりを告げ、次いでハッキリとした技名がヒスイの耳の奥へと響き渡った。

 

「聖なる力の源よ! ここに来たれ! エターナル・リザレクション!」

 

その瞬間、ヒスイの体はヘマに抱きしめられているような温かさに包まれた。