12:勇者ヒスイはイシになった。

 

 

ヒスイは怒髪天を衝いていた。

 

 

「バカかっ! お前! アレはもう使うなっつっただろうが!」

「……だって、だって。イシ君に話したい事があったんだ」

「だったら、夜まで待ってろ!どうせ夜は石化が解けるんだから!」

「でも、すぐ言いたかった!」

「あのな? 石化してても聞こえてるって言ってるだろ」

「イシ君に凄いねって言って欲しかったんだ!」

 

ヘマの言葉に、ヒスイはその場に倒れ込みそうになるのを必死で堪えた。自分に「凄いね」と言って貰いたいが為に、この目の前の愛しい子はまた寿命を半分削ってしまった。

最早、怒りと焦りと愛おしさと可愛さが交じり合って、どういう感情の発露をしたらよいのか一切分からない。

 

とりあえず、落ち着く為に一呼吸置くことにした。

 

「……これで、何回目だ?」

「さ、三回目」

「あ゛――! くそっ!」

 

という事は、ヘマの寿命はあと最高何年だ? と、ヒスイは脳内で計算しかけて……やめた。元の寿命が分からなければ正確な数字など分からないし、仮定で計算したとしても確実に短くなっている事だけはハッキリしている。

 

ヘマの残りの寿命は、きっとあと僅かだ。

そんな事、ヒスイは考えたくもなかった。

 

「もういい! ヘマ、早いトコ魔王城に行くぞ」

「うん! そうだね! 魔王様に、イシ君の石化を解いて貰おう!」

「……そうだな」

 

ヒスイはヘマの言葉に少し間を置いて頷きながら、薄汚れたカーテンの隙間から見える夜空を見上げた。そこには、丸い月が綺麗に浮かび上がっている。どうやら、今日は満月のようだ。

 

「……」

「イシ君! きっと大丈夫だよ! ちゃんとお願いすれば、きっと魔王様も石化を解いてくれるよ!」

「ああ」

 

黙り込んだヒスイにヘマが何を勘違いしたのか、力強くそんな事を言って笑った。ついでに、ヘマはヒスイの体をこれでもかという程抱き締めてくる。その体は、昔と変わらず温かい。

 

「ふふ、大丈夫。もし魔王様が治してくれなくても、オレがもっと凄い回復魔法を覚えるからね! 安心して!」

「ああ」

 

その時、お前は“何を”差し出すつもりだ?

頷きながら、ヒスイは腹の底から湧き上がってきた疑問に必死で蓋をした。言っても仕方がない。今のヘマは自分の身など一切省みてなどいないのだから。ヒスイは小さく息を吐くと、ヘマの腰に手を回した。

 

「俺達は家族だからな。ずっと一緒だ。ヘマ」

「っうん! そうだね! イシ君!」

 

こうして、ヒスイとヘマは長年過ごしたボロボロの家を振り返った。二人の旅路は“夜”しかない。そう、ヒスイの石化の呪いが解けるのは夜だけだからだ。

 

(早くどうにかしねぇと。また次いつヘマがアレを使うかわからない。早く、早く、早く)

 

あの日、ヘマに魔王の石化を解いて貰った夜。夜明けとともにヘマの解除魔法の効果が切れてしまった。

そして、石に戻ったヒスイに対し、ヘマときたら『あれ? 効果が切れた? じゃあもう一回!』などと言って、寿命の半分を代償とした回復魔法を、いとも簡単に発動させてしまったのである。

 

あの時のヒスイの(やめろ!!!!!)という制止の声は、声帯を潰さん勢いだった。しかし、その声が実際に空気を震わせる事はなかった。なにせヒスイは……。

 

『バカ! もう絶対に使うな!』

『でも!』

 

その後、ヒスイにかかった石化の呪いが夜だけは解けるモノだと分かった後も、ヘマは平気な顔で“アレ”を使ってしまう。

 

(昼間も、俺と喋りたい……か)

 

ヒスイが怒鳴る度に、ヘマはそう言って悲しそうな顔をした。そんな顔をされては、ヒスイもそれ以上怒れる筈もない。ヘマは寂しいのだ。夜になったらまた喋れる。抱きしめて貰える。口付けも、それ以上だって出来る。

 

以前のずっと石のままだった時よりも、随分と状況は好転している筈なのに、人間の欲望は慣れる。慣れて「もっと」を追い求める。

 

(でも、それは俺もそうだ)

 

早く死んでしまいたい。そう思いながら百年以上の時を過ごしてきた筈なのに、今は完全にその逆の欲望に支配されていた。

 

(もっと、ヘマと生きたい)

 

だからこそ、ヒスイは二度と近寄りたくなかった筈の魔王城へ、こうしてヘマと共に向かおうとしている。それは自分の石化を解くためではない。ヒスイの目的はただ一つ。

 

(ヘマの寿命を、絶対に取り戻してやる……!)

 

ヒスイは拳を強く握りしめると、大きな旅の荷物を背中にしょいこみ此方を振り返るヘマを見た。あんなデタラメな力を使う“魔王”だ。きっと何かヒントになるような事を知っているに違いない。

 

ヒスイにとって、今や魔王も世界もどうでもいい。ヒスイは、ヘマと……家族と穏やかに暮らせる毎日だけを求めているのだ。

 

「行こう! イシ君!」

「……」

 

 ボロボロの家の戸の前で、此方を振り返ってヘマが言う。その姿にヒスイはゴクリと息を呑んだ。

 ヘマの寿命は短く、自らの石化は完全に解けたワケではない。しかし。

 

——–いってきまーす! 大丈夫、心配しないで! すぐ帰ってくるよ!

 

 もう、この家に一人置いていかれる事はないのだ。

 

「ヘマ!」

「へ? ……っん」

 

ヒスイは湧き上がってくる幸福に耐えきれず、ヘマに軽く口付けをした。その瞬間ヘマはこの世のモノとは思えない愛らしい笑顔を浮かべる。あぁ、堪らない。

 

ヒスイはヘマの唇からソッと離れると、小さく息を吐いた。人は強欲で「もっと」を求める生き物だ。だた、今はこの幸福を一心にこの身に感じるのも良いかもしれない。

 

「イシ君、もっと」

「あいあい」

 

夜明けまではまだ時間がある。ヒスイはヘマに向かって深い口付けを交わすと、「イシ君」と口付けの合間に零れる自分の名前に目を細めた。

話せるようになっても、ヒスイは自身の“ヒスイ”と言う名をヘマには告げなかった。

 

「イシ。君はオレの家族だよ」

 

そう、勇者ヒスイは本当に“イシ”になったのである。

 

 

        〇

 

 

「いってきまーす!」

「いってきます」

 

 

 こうして、寿命が残り僅かなヒーラーと、石化の呪いのかかった勇者の二人だけの旅が始まった。

 

 

 

 

 

 

おわり

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この後、魔王城で魔王との戦闘を繰り広げていたサンゴ達と鉢合わせしたり、まぁ、色々な事があるんじゃないかなーーー!

➡【後書き】