幕間18:クリアデータ7 07:40

 

 

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【イーサ】

もう待つのは飽きた。俺はシオリとお前と共に在りたい。だから、来たぞ!

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「あぁぁぁっ!よがっだぁぁぁっ!」

 

 上白垣栞は一人の部屋でコントローラーを手に咽び泣いていた。これはオタク的な比喩表現でも何でもない。実際に、現実のものとして咽び泣いているのだ。

 

「よがっだぁ、一時はアビスエンドに突入するがどおもっだぁっ」

 

 そうなのだ。

 ジェロームとの会談を経て、栞はこれまでにない数の選択肢を一気に浴びせられる事になったのだ。しかも、いつものように選択肢に対して無限の思考時間が与えられる訳ではない。

 問いかけの右側には時計の針が準備され、全ての質問に対し十秒以内に返答するよう時間制限も設けられていた。

 

 

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【ジェローム】

シオリ、貴様の放つ聖の力、それはまさしくアイツらの口にする“マナ”と同義。お前は、エルフに食い物にされているのに気付いていないのだ。

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どう答える?

【ジェローム、それは貴方も同じでしょう】

【私は、誰にも餌食になんかされない】

【話をすり替えないで】

 

 

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【ハルヒコ】

シオリ、戦争は止められない。人とエルフはこれまでも争い合ってきた。それぞれの種の生き残りをかけた、これは言わば生存本能だ

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どう答える?

【私はジェロームと話しているの】

【異種族が交じり合って発展を遂げてきた歴史だってある】

【ジェローム、貴方も……もう分かってるんでしょう?】

 

 

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【ジェローム】

聖女の力がもう無いだとっ!シオリ、貴様まさか……!

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どう答える?

【私は三つ目の新しい道を作りたかった】

【私はイーサを愛しているから】

【私はもう“あの力”には頼らないと決めたから】

 

 

 選択肢に告ぐ選択肢。迫りくる制限時間。ピンと張り詰める場の空気。

 それは、リアルで行う会話とまるきり同じだった。しかも更に難解な事に、選択肢を選ぶ制限時間は確かに十秒以内なのだが、五秒を過ぎた段階で選択肢の一部が変化するという鬼仕様だった。

 

 ここまでくると、どれがトゥルーエンドへの道に続く答えなのか、何がどう影響して相手の感情へと変化を与えるのかなどと悠長に考えている暇はない。直観だけを頼りに、栞はジェローム、及び共に会談の席に着いたハルヒコとの会話を続けた。

 

 恋愛シミュレーションでは中々味わえない緊張感と没入感に、栞は完全に【シオリ】として物語の中へとのめりこんでしまった。

 

「途中、私を庇ってジェロームが撃たれた時は完全に終わったと思ったわよ!聖女の力も無いし、ハルヒコは錯乱するし、エイダの回復魔法は全然効かないし……!」

 

 アビスエンド。

 それはトゥルーエンドへ向かう途中に用意されたもう一つのエンディング。ソレはまさにAbyss。深淵、地獄を意味する最悪のバットエンドだ。

 

「でも、きっとコレはアレよね」

 

 栞は自身の手をソッと口元に添えながら呟いた。

 

「イーサの好感度が少しでも足りてなかったら、アビスエンドに突入してたパターンよね……良かった」

 

 イーサに抱きしめられるプレイヤーの姿に栞はホッと撫でおろす。やはり何度見ても美しい。セブンスナイトのスチル画像は本当に芸術品だ。

 本当はもう少しこの美麗なグラフィックに酔いしれたい所だが、ひとまず物語を最終局面まで進めなければ。

 

 ゲームのシオリにも時間が無かったが、現実世界の栞にも時間は無いのだ。

 

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【イーサ】

さぁ、人間国のトップはどいつだ。俺はまどろっこしいのは好かん。今すぐ会談を始めようではないか。

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 スチル画像から一転して始まったアニメーション画像に、栞はコントローラーにかけていた手を完全に離した。セブンスナイトは挿入されるアニメーションも音楽も、その全てが美麗だ。

 

「……はぁっ、きれい」

 

 画面のイーサは口元にうっすらとした笑みを浮かべると、悠然とした動きてその場の一切を制した。誰もがイーサの動きを止める事は出来ない。そして、血を流して倒れるジェロームに向かって腰を下ろすと「お前がジェロームだな」と愉快そうに笑った。

 

 まるで、昔馴染みの友人にでも再会したような、そんな嬉しそうな声だと、何故か栞は思ってしまった。

 

 イーサの美しい手が、ジェロームへとかざされる。

 イーサはクリプラント国の王だ。その体内に保有されるマナの量は、ハーフエルフのエイダの比ではない。

 

「良かった……」

 

 遅れて登場し、全ての状況をひっくり返すジョーカー。その期待を一身に受けるその姿。それはまるで――。

 

 

「主人公みたい」

 

 

 栞は緊張の糸が切れたようにベッドに上半身だけを横たえると、もうすぐ終わりを告げるであろう物語を前に、静かに目を閉じた。