そして、兄貴は俺の手を取った(2)

 

 

 俺は、この家の純粋に血の繋がった子供ではない。

 

 俺の両親は、どうやら俺が幼い時に事故で亡くなったらしい。

 わずか1歳で身寄りを無くした俺は、唯一の親戚である、今の両親の元に引き取られた。

 俺の本当の父親の兄が、今の俺の父親なのだ。つまり、俺は今の父親とは本来ならば伯父と甥の関係にあたる。

 

 だから、俺が兄貴と呼ぶあのクソ野郎とも、実際は兄弟でも何でもない。
 まぁ、従兄弟同士ではあるが。
 しかし、母と呼ぶ相手に至っては赤の他人だ。

 父と母、そして俺の兄貴。
 その3人が本来のあの家族の形であり、俺は余所から連れて来られた異物に過ぎない。

 俺は、その事実をわずか4歳の時に聞かされた。

 今の両親から。
 何の前触れもなく。
 しかも、かなりクソなセリフと共に。

 

『純ちゃん、貴方は本当はうちの子じゃないのよ。だから、私達は何でもお兄ちゃんを優先しちゃうけど、我慢するのよ』
『純、お前はうちの本当の子供じゃないんだから、我慢しなさい』

 

 純ちゃんとは俺の事だ。
 ちなみに兄貴は優と言う。

 子供が子供なら親も親だ。
 俺は兄貴の事をクソだと言ったが、この両親もまごうことなくクソだ。
「親の顔が見てみたい」とはよく言ったものだが、その台詞を前にあの親が出てきたら俺は拍手で納得してしまうだろう。

 

 そして、その言葉通り彼らは何かある度に兄貴の方を優先した。

 誕生日のケーキは兄貴の誕生日にだけ用意され、クリスマスプレゼントも兄貴の枕元だけには毎年あった。
 俺の枕元には毎年、兄貴が遊ばなくなったおもちゃが置いてあるのだから、完璧に放置ではなかったが。

 

 まぁ、他にも細かい事を上げて行けばきりがないので割愛するが、あの両親は本気で俺と兄貴を区別して愛していた。
 自分の腹を痛めて生んだ子と、突然面倒を見ざるを得なくなった他人の子。

 そりゃあもう、どちらが可愛いかなんて考えるまでもないだろう。

 

 そんなワケで、俺は両親から明らかなる差別を受けながら、今までの人生を歩んできた。

 でも、あの両親はクソだが、俺は嫌いじゃなかった。あんなに清々しいクソだから、俺は逆に両親が好きだと思えた。

 生まれてすぐに両親を亡くした子供に対して、最初はどの大人も同情し、優しくする事だろう。
 しかし、それを変わらず継続し続ける事は、本当に難しい事だと思う。日常生活の小さな所で少しずつその感情の本音が見え隠れして、腫れもののように扱われるよりも、ハッキリと今の両親のように事実を宣言して日常とされるほうが、ずっと楽だと思う。

 

 俺はそれこそがあの両親から受けた親としての“愛”なのではないかと思う。
 俺と兄貴を区別して“愛していた”のだから、形は違えど、俺はあの両親から確かに愛を感じて生きてきた。

 

 両親は俺に対して力を抜いて思うがままに育ててきた。
 俺も、それを日常と受け止め思うがままに育てられてきた。

 一言で言うならば、凄く、楽だった。

 ただ、まぁ。
 人間的にはクソ一家だとは思うが。

 

 故に、俺は考える。
 あぁ、“家族”とは一体何なのだろう。
 “家族”の定義とは何ぞや。
 そう、俺は誰も居ぬ教室で考える。

 答えの出ぬ問いを、答えを出そうとは思わず。

 

 

 ただ、ぼんやりと。

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