プロローグ:教えて、師匠。

 

 

 昔、師匠に尋ねた事があった。

 

 

『師匠、魔王ってどんなヤツなの?』

『うーん、そうだなぁ。とりあえず悪いヤツだよ』

 

 師匠は竈の中のパンを覗き込みながら、なんともザックリとした説明をしてきた。なんとも師匠らしい答えだ。

 

『わるいヤツ……?』

『そうそう。スゲー強くて悪いヤツ。私利私欲の為に人々を苦しめ、嘘で世界を支配する。それが魔王!』

 

 竈から焼きたてのパンの匂いがする。良い匂いだ。俺は師匠の焼いてくれるパンが大好きだった。

 でも、俺が一番好きなのは、もちろん――。

 

『そしてシモン!お前が魔王を倒して、世界を救うんだ!お前がホンモノの勇者なんだからさ!』

『ふーん。俺がホンモノって事は、どこかにニセモノが居るの?』

 

 俺がパンの匂いを嗅ぎながら尋ねると、一瞬、それまで明るかった師匠の声がピタリと止まった。

 

『師匠、どうしたの?』

『……さぁ、シモン。パンを食え。たくさん食って、一緒に魔王を倒しに行こうぜ!』

『うん、師匠が言うなら』

 

 俺が一番好きなのは、笑って焼き立てのパンを俺に差し出してくる

 

 

 

 師匠だ。

「ししょう……」

 

 

 

 俺は師匠の懐かしい声を遠くに聞きながら、静かに目を閉じた。

 

「うん、師匠の言う通り。魔王ってヤバイ奴だったよ」

 

 真っ赤な玉座に剣を突き立てる。胴体と首が離れ、周囲を血の匂いが覆う。やっと、魔王を倒す事が出来た。

 

「私利私欲の為に人々を苦しめ、恐怖と嘘で世界を支配する。ほんと、最低な奴だった」

 

 税金を好きなだけ使って国を傾けたのは、紛れもなくコイツだ。そのせいで、国中に俺達みたいな子供がたくさん生まれたんだ。それを、コイツは全部師匠のせいにした。

 

「でも、おかしいなぁ」

 

 魔王なのに凄く弱かった。その瞬間、またしても師匠の声が聞こえてきた。

 

『シモン、魔王も強いけど。その仲間も強いから気を付けろよ?魔王にも、ちゃんと仲間が居るんだからな』

 

 あぁ、そう言えば。

 ここに来る途中、少しだけ他よりマシな奴も居た。なんか「勇者様」って呼ばれてたけど、笑わせんなって感じだ。きっとアレが「ニセモノの勇者」だ。

 

 あんな奴が「勇者様」なら、師匠は何だよ。救世主か。

 まぁ、それも良いかもしれない。

 

「クソ。邪魔だな、コイツ」

 

 首と胴体の離れた無能な魔王に、いつまでも玉座に居座られても迷惑なので、その死体は足で蹴落とした。

 なんだか、凄く疲れた。お腹も空いた。体も痛い気がする。でも、全然眠れそうにない。

 

 あぁ、師匠、師匠、師匠師匠師匠。

 

 パンを焼いてよ。体を撫でてよ。抱きしめて背中をトントンしてよ。

 俺は血の匂いの立ち込める玉座にたった一人で座ると、持って来ていた酒を一息で飲み干した。

 空になったグラスを放り投げ、背もたれに体重をかける。

 

 

「ししょう、どこに行ったの」

 

 

 俺、魔王を倒したよ。褒めて。

 

 

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 俺が魔王から玉座を簒奪して一年が経過した頃。

 

「シモン様、お探しの方が見つかったそうです」

「そうか」

 

 

 連れて来い。