エピローグ:この世界には、

 

 

 この世界には、一体どんなヤツが居たんだっけ?

 

 

「え……?」

 

 謁見の間に足を踏み入れた瞬間、俺は思わず呆けた声を上げてしまった。なにせ、そこには俺の全く予想していなかった人物が、玉座に腰かけていたからだ。

 太陽のように輝く黄金色の髪に、金色に縁どられたガラス玉のような瞳。鍛え抜かれたその体躯をゴールドと真紅のローブが優雅に包み込む。

 

 いや、まさか。待て。なんでそこにお前が座っている?

 

「……シモン?」

「あぁ、師匠。やっと見つけた」

 

 まるで本物の王様みたいに玉座に腰かけるシモンの姿は、文句なしに“王”そのものだった。まさか、一年前にクーデターを起こした王家の血筋の者って。

 

 お前だったのか、シモン。

 

「師匠の言う通り。俺、ちゃんと“魔王”を倒したよ」

「あ、え?」

 

 シモンがその美しい顔に、深い笑みを浮かべ、ゆっくりと玉座から立ち上がった。まるで褒めてくれと言わんばかりのその笑顔に、俺は強烈な懐かしさを覚える。そう、シモンはよくこんな顔で俺に甘えてくれていた。

 

「魔王を、倒した?」

「そうだよ。師匠が言ったんだ。魔王を倒して世界を救えって」

 

 しかし、シモンが何を言っているのか俺にはよく分からない。一体どういう事だ。シモンは何を言っている。

 そうこうしているうちに、玉座から立ち上がったシモンが、一歩、また一歩と俺の方へと近寄ってくる。その余りにも優雅な姿に、俺が思わず見とれていると、ふと、懐かしいモノが目に入った。

 

「……あ」

 

——

名前:シモン  Lv:100

HP:9999   MP:999

攻撃力:999  防御力:999

素早さ:999   幸運:999

——

 

 シモンのステータスはカンストしていた。

 なんだよ、この冗談みたいな数値は。こんなのまるで、俺が最初に魔王城で対峙した“魔王”そのものじゃないか。

 

「ねぇ、師匠。俺、前より少しは強くなったんだよ。でも、やっぱり俺じゃ分からない事だらけだからさ。だから、師匠。また俺に色々教えてよ」

「……」

 

 そして、そのステータスを前に俺は息を呑んだ。

 

「し、もん」

「ねぇ、師匠」

 

 感情のない金色の瞳が、シン静寂と虚無を湛えながら俺へと向けられる。これは、俺の知ってるシモンじゃない。

 

——

名前:シモン  Lv:100

クラス:暴君

——

 

「師匠、次は誰を殺す?」

「シモン……なん、で」

「俺、師匠を傷付けたヤツは全員殺そうと思ってるんだけど……噂に踊らされて、師匠を傷付けたヤツら……そうなると国民全員殺さなきゃいけなくなるから。どうしたらいいかなって。師匠、どう思う?」

 

 あぁ、俺のせいだ。

 俺のせいで、シモンがこんな風になった。

 

——師匠!師匠の弟子の中で、俺は何番目に強い?

 

 シモンの目を憧れで曇らせ、依存で視界を閉ざした。その挙句、最後まで面倒を見る事なく、シモン一人に全ての責任を押し付けて、俺は全てから逃げ出してしまった。

 

——–

シモン、お前がホンモノの勇者だ。

お前が魔王を倒せ。

——–

 

 その結果が、コレだ。

 

——

名前:シモン  Lv:100

クラス:暴君

——

 

 俺がシモンを暴君という名の“魔王”にしてしまった。

 

 

「シモン……」

「師匠、俺が居なくて寂しかった?辛くなかった?誰に酷い事された?全部話してよ。俺、もう王様だから出来ない事なんて何もないよ。師匠、今度こそ俺に甘えてよ」

「シモン」

 

 目の前に立ちはだかる魔王に、俺は静かに息を吐いた。以前、魔王を目の前にした俺は何も考えずにその場から逃げ出した。逃げ出して、その責任を“ホンモノ”に押し付けようとした。

 

 でも、今度は逃げない。

 

「シモン、俺は世界を守る勇者になりたかった」

「え?」

 

 俺は腰の剣を抜くと、驚いたように此方を見つめる暴君を前に剣を差し出した。静寂と虚無を湛えた瞳に、微かに絶望が混じる。

 

「でも、もういい……諦めた」

「ししょう?」

 

 あぁ、もういいさ。

 自分の成長がレベル30で止まった時、魔王と対峙した時、シモンに出会った時、不良にボコボコにされた時。

 そして、この世界でシモンと離れ離れになった時。

 

 俺には世界は守れないと悟った。

 俺は腰から抜いた剣を、シモンの前に突き立てると、床に片膝を付いた。両手で柄を握り、その拳に額を付ける。

【ソードクエスト】の騎士は、こうやって王に忠誠を誓っていた。

 

「シモン、俺にはお前しか居ない」

「っ!」

 

 頭の上から息を呑む声が聞こえる。シモンが今どんな顔をしているのか、俺には分からない。

 

 でも、ここまで来たら俺はもう世界ではなく、シモンを救う。もう、世界がどうなろうと知った事ではない。

 

 この玉座に辿り着くまでに、シモンはきっと大量の血を流して来たのだろう。きっと、このままシモンが暴君と言う名の魔王であり続ければ、次の勇者がシモンを倒しに来る。

 

 そんな事は、俺がさせない。

 

「これまでも。そして、これからも。俺はお前の傍に居る。ずっと一緒だ」

「師匠……それって、師匠の中で、俺が一番って事?」

 

 あぁ、またいつもと同じ質問だ。

 それはさっき答えたじゃないか。

 

「一番で、唯一無二って事だよ。シモン」

 

 そう、俺が笑って答えてやれば、その瞬間、シモンのステータスが変化した。

 

 

——

名前:シモン  Lv:100

クラス:賢帝

——

 

「さぁ、シモン。約束通り、一緒に酒でも飲もうか!俺が久々にパンでも焼いてやるよ!」

「うん!」

 

 俺は自分より随分と大きくなった弟子の肩を抱くと、スルリとその体に頬を寄せた。あぁ、会いたかった。本当に。

 

「ずっと、会いたかったよ。シモン」

「俺も、ずっと……あいだがった」

 

 俺の、この世界で唯一の“弟”子。

 お前は、俺がこの命の代えても一生守ろう。

 

 俺は真っ赤な絨毯の上を、最愛の弟子と共に並んで歩きながら、酒とパンで乾杯する未来を思い小さく笑った。

 

 

——

名前:キトリス  Lv:30

クラス:救世主(セイバー)

——

 

 

この世界にはレベル30の救世主と、レベル5以下のその他。

 

 

 

そして、レベル100の魔王しか居ない!