そして、兄貴は俺の手を取った(3)

 

 

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 突然、俺以外誰も居ぬ教室に、一人の来訪者が現れた。

 

「お前さぁ、何で教室に一人で居るんだ。ハブられてんの?」

 

 入って来るなりこの態度。
 とんだ無法者である。
 俺は手にしていたシャーペンをクルリと回すと、一切答えの書かれていないプリントからゆっくりと顔を上げた。

 

「他の皆は今日から修学旅行だよ、兄ちゃん」

 

 “兄ちゃん”
 そう、俺が呼んだ相手は俺しか居ない2年3組の教室にズカズカと入ってきた。

 

 だらしなく着崩された制服に、耳にはこれでもかという程装着された大小様々なピアス。
そして、挙句の果てには真っ金々に染められた頭髪。

 どこの部族の人だよ。

 兄貴も中1までは普通の黒髪だったのだが、俺が中学に入学すると同時、つまりは兄貴が中2に上がった瞬間、ヤツの髪と風貌は見事な変化を遂げていた。

 元々、容姿のせいで目立っていた兄貴だったがこの変貌は更に兄貴を中学で有名にした。一般生徒ならば一目見て関わってはいけない人種だと悟るだろう。

 所以、ヤンキーとかチンピラとかいう類の人種である。

 俺も兄貴でなければ絶対に関わり合いになどなりたくない。

 

 そう言えば、今は授業中の筈だがどうしてこのクソ兄貴はこんなところに居るのだろうか。

 あぁ、わかっている。
 単にサボっているだけだ。
 これでも兄貴は受験生なのだが、その辺は大丈夫なのだろうか。

 

「あぁ、そういや俺の担任がそんな事言ってたような。で?お前は行かねーの?」

 

 そう、俺の答えがわかってる癖に問いかけてくる兄貴は本当にクソだと思う。俺はニヤニヤと笑いながら此方を見てくる兄貴に向かって溜息をつくと、兄貴も知っているであろう事実を口にした。

 

「母さんが、俺の修学旅行費納めてなかったからだよ。さすがに修学旅行くらい行きたかったのに」
「ぶはっ!お前、何でそんなに愛されてねーの!?マジでカワイソ!」

 

 そう言って愉快だとばかりに腹を抱えて笑いだした兄貴に、俺は自然と口がとがるのを感じた。

 そうだ、俺は本当に可哀想な奴だ。

 修学旅行費すら払ってもらえず、学年でただ一人の居残り組。
 クラスの仲の良い奴らには修学旅行に行けない事は伝えていない。なぜなら、言えばどうしてかと問われるのがわかっていたからだ。クラスメイト達にとって、修学旅行に行くのは“当たり前”の事なのだ。

 親が子供の為にお金を出すのが当たり前だと思っているクラスメイト達に、俺のこの状況をありのまま話せる筈がない。

 

 だから、俺は修学旅行の前日、学校を休んだ。
 そうすれば、きっと友人達は俺の修学旅行不在の理由を勝手に体調不良だと思ってくれるだろうから。

 でも。

 

「行きたかったなぁ……修学旅行」
「どんまい、どんまい。いと哀れな弟よ、強く生きろ」

 

 そんな俺の哀れで小さな願望に、兄貴はもう半ばどうでもよさげに返事をすると、なにやら教室の中をウロウロし始めた。
 そんな兄貴の後姿を、俺はぼんやりと見つめた。

 

(“兄ちゃん”か……)

 

 ちなみに、兄貴は俺が本当の弟でない事を知らない。息子想いのクソ両親が「優ちゃんが傷ついたら可哀想だから、その事は優ちゃんには絶対ナイショよ」と幼い俺に何度も釘をさしてきたからだ。

 

 だから、このクソ兄貴だけは、俺の事を本当の家族だと思っている。
 俺を血の繋がった本当の“弟”だと思っている。

 

 別に、俺が本当の弟だろうと、そうでなかろうと兄貴にとってはどうでもいい事に違いない。と言うか、逆に俺が本当の弟じゃないと知ったら兄貴は喜ぶかもしれない。

 兄貴は自分が容姿的に他者よりも美しい事を理解している。だから、兄貴は“格好悪い”という事を何よりも嫌っているのだ。
 俺のように、何の特徴も秀いでたところもない、所以平凡過ぎる弟は兄貴にとっては“格好悪い”“恥ずかしい”存在以外の何物でもないだろう。
 それ故、通常であるならば学校では他人のフリをされる。

 

 なのに、何故だか兄貴は今、俺の教室に居る。
 誰も居ない事がわかっているからだろうが、こんな事は本当に珍しい。

 俺は、何やらゴソゴソと他人の机を漁りだした兄貴に何だか弟として目を背けたくなる気持ちを感じた。というか、実際目を背けた。見てられない。

 

 きっと碌な事ではない。
 そう思った俺は、今頃俺の事など忘れてバスの中で楽しくやっているであろうクラスメイトに想いを馳せた。

 俺達の修学旅行は二泊三日の京都・大阪・奈良の修学旅行定番コースだ。
 初日は大阪入りしてそのままUSJで遊び、その後京都の宿へと移動。
 2日目は京都にて自由行動だ。

 確か俺達の班は、清水寺、二条城、金閣寺といった、これまたポピュラーな観光名所巡りとなっていた筈だ。そして、3日目が学年全体で奈良の大仏を見学してからの帰省。

 もう大阪へは着いただろうか。
 本当に、USJだけでも行きたかった。
 京都と奈良は……まぁどうでもいいけど。

 俺がそこまで考えたところで、ちょうど兄貴の机荒らしが、俺の友人の机に飛び火していた。
 これはもう目を背けていられない。全く良い予感などしないが、俺はクルクルいじっていたペンまわしを止め、兄の隣へと向かった。

 

「兄ちゃんさ、何でここに居んの。ここ2年の教室だよ?まさか、あまりに学校に来なさ過ぎて自分の教室わかんなくなった?俺、何も聞かずに案内すべき?」

 

 そんな俺の皮肉を兄貴は鼻で笑うと、兄貴は悪びれもせず言った。

 

「ばっか。俺は今空き教室を巡って金目の物がねぇか物色中なんだよ。お前は真面目にプリントでもやってろよ」
「…………っはぁ、兄ちゃんは真面目に人生歩んでよ」

 

 あぁ、もう。
 同じ血縁者として情けないにも程がある。

 兄貴は俺に向かってシッシッと手を振ると、友人の机の中へと手を伸ばした。
 ここで金目のモノが無くなってしまったら、修学旅行唯一の欠席者である俺が真っ先に疑われるではないか。

 

「兄ちゃん、やめろよ」
「うっせー、黙れ」
「その机、俺の友達の机だからさ……」
「んなもん関係ねーな」
「あーもう!そんなに金が欲しいなら、外でカツアゲでもしてくればいいじゃん」
「カツアゲなぁ……」

 

 カツアゲ。

 その言葉に兄貴は溜息を洩らすが、兄貴の手はせっせと俺の友人の机をあさるのを止めない。
まぁ、「カツアゲしてくれば?」なんて言う俺の代替案もかなりクソだと思うが、いつもの兄なら真っ先にそうする筈だ。

 うちの兄貴から金を取られたという話は学年問わず噂として流れてくる。
 そんな話を聞くと、弟と言う立場として被害者にはとても申し訳なく思うが、俺としてはどうする事もできない。
 他人から金を奪い、その金で遊びまわると言う下衆中の下衆みたいな事を、俺の兄は平気でやってのけるのに、今日に限ってどうしてこんな地味で時間のかかる事をしているのだろう。

 

「困った事に、最近やりすぎて誰も俺に近付いてこねぇんだよ。意外とな、カツアゲも声かけるタイミングとかいろいろ難しいんだぜ?」
「そんな挨拶のタイミング難しいみたいなテンションで言わないでよ」
「っつーわけで、今日の俺は地道にこうして稼ぐんだ。だから、邪魔すんなよ。純」

 

 そう言って俺の言葉になど一切耳を貸さずに、教室の中を物色する兄貴に俺は自然と口がとがるのを感じた。
 あぁ、いつも兄貴は勝手だ。
 俺の話なんて聞いてくれた試しは一度だってない。

 

「兄ちゃんのクソ野郎。友達居ないし、コソ泥だし、クソだし。もう社会の底辺突っ走ってて開放的だね!羨ましいよ!」
「……あぁ?何言ってんだ、純。勘違いすんなよ、近寄ってこねぇのはカモの方。ダチからはさすがに金とれねぇだろうが。俺も孤独な一匹狼やれるほど一人に強くはないんだよ」

 

 兄貴もクソな癖に友達はちゃんと居るらしい。
 まぁ、類は友を呼ぶと言うので、コイツの友達も皆クソなんだろうが。
そういえば、金髪の兄ちゃんに対して、銀髪の男子生徒が隣にいるのはよく見かける。

 あぁ、もう、皆で絶賛若気の至り中ですか。
 お疲れ様です。
 将来、卒業アルバムを見て悶絶して後悔してください。

 というか、俺の友達の机は容赦なく荒らす癖に、自分は友達が居ないと無理とは、どこまで自分勝手になれば気が済むのだと思う。

 

「兄ちゃん……」
「うっせー、黙れ」
「っ!兄ちゃんのばぁか」
「はいはい」

 

 俺はしばらく教室を物色する兄を見ていたが、飽きてきたので自習用と出されたプリントに目を戻した。

 正直、少しでも血の繋がった相手が他人の物を物色すると言うクソ行為をしている姿なんて見るに堪えない。目を背けるどころか両手で覆いたくなる。

 

 もう兄貴なんて知るものか。
 どうせ本当の兄貴でも何でもないのだから、いつか道を踏み外して困ったって絶対に俺は助けてなどやらない。
 俺は兄貴と違って真っ当に生きるんだ。

 

 ガサガサガサ

 

 俺は兄貴の居る方向から聞こえる音を聞かないように必死にプリントに集中した。

 

 カツカツカツ

 カツカツカツ

 

 少しずつ俺はプリントに集中し、シャーペンを動かす手も早くなってきた。
 ちなみに、今やっているのは数学。そして、次の時間は国語で何か作文を書かされるらしい。何をテーマに持ってこられるかわからないが、俺は作文が苦手だから出来る事なら書きたくない。

 

 カツカツカツ

(あれ、計算違う……?)

 そう思って導き出された回答に、口元を手で覆った時だった。

 ガツン

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