1:鉄の凡人

 

 

【認められ、求められる喜びへ!「副業」で誰かに必要とされる存在であることを感じてみませんか?】

 

 

 昨日、仕事帰りに本屋で思わず手に取ってしまった。

 

 時は大副業時代。

 俺の会社も、とうとう副業が解禁された。

 

 企業側が「終身雇用」「年功序列」を維持できなくなった現代。会社に依存しない「収入源」と「自己のキャリア形成」を得るのに、副業は最早必須と言えよう。

 

 と、その自己啓発本には書いてあった。大事だと思ったのでマーカーまで引いた。

 

「ん?」

 

 少し、文字がぼやけて見える。

 俺は前のめり過ぎて落ちてくるメガネを上げながら、再びマーカーを引いた箇所に目をやった。ただ読んで納得して、マーカーを引くだけでは意味がない。

 そう、実際に俺も「何か」しないといけないんだろうけど……。

 

「でも、俺に何が出来るんだろう」

 

 本によると「好き」や「得意」を生かせば、どんなに些細な自分のスキルでも「誰か」は求めてくれる、と書いてあった。

 

 そうかそうか。そう言うものか。

 そんなワケで、会社の同僚達に尋ねてみた。

 

「あぁ、私はダイエットブログとSNSで収益化してるよ?」

「俺はブランドせどりやってる。いや、勘違いすんなよ。せどりと転売ヤーは違うからな。せどりはれっきとした卸売業だ」

「え、私?イラストの有償依頼を受けてるよ。今はデジタルで、ある程度は簡単に描けるからね」

 

 そして、皆、最後には口を揃えて言う。

 「意外と簡単だから、やってみたら?」って。そんなワケで、全部やってみた。

 

 ブログ&SNS。書く事が無さ過ぎて三日で挫折!

 せどり。店舗を回って色々な商品を買い漁ったけど、在庫がはけず部屋が物置になって挫折!

 イラスト。……は、もう何も思い出したくない!

 

 

「俺、全然何も出来ないなぁ」

 

 

 皆は楽しそうに自分に合った副業をしている。収入も増えて、目標も出来て。皆、忙しそうだけど、どこか楽しそうだ。

 俺から見ると皆凄くキラキラして見える。正直、凄く羨ましい。

 

「でも、俺って、本当に何やっても“普通”なんだよなぁ」

 

 言わば、鉄の凡人だ。

 入社して五年。本業である「サラリーマン」で何か特別な結果を残せているワケでもない。

 会議で積極的に意見を言ったり、業務の効率化を提案したりも出来ない。仕事のスピードも普通。ミスの無い完璧な仕事が出来るワケでもない。

 

 決して、出来損ないでは無いと思う。でも、どこまで行っても俺は「普通」なのだ。

 

 

「ジョー君、今月も凄いねぇ。営業成績は、いつもトップだし。っていうか、自分で自分の記録を更新し続けてるし」

「さすがだよねぇ。アルファで、帰国子女。おまけに、運命の番との結婚も目前だし、気合入ってるのかも」

「いいなぁ、私もあぁいう人と結婚したかったぁ」

「無理無理、アルファには絶対に“運命の番”が居るんだから。私達みたいなベータはお呼びじゃないよ。それに、ジョー君……結構性格はアレじゃん?」

「あの、ちょい俺様で熱血漢な所が良いんじゃん!」

「遠くから見てる分にはね……」

 

 

 ふと、俺の傍を通り過ぎて行った女の子達の会話が耳に入る。

 きっと営業成績でトップを叩き出すアルファなら、副業なんかしなくても、どこへ行っても仕事は引く手数多なのだろう。むしろ、いくつもヘッドハンティングが来ていそうだ。

 

 アルファはいいなぁ。そんなアルファの運命に選ばれたオメガはいいなぁ。

「世界に運命」を決められてるって、自分で考えなくて良いから楽で良さそう。

 

「……って。いやいや、違う違う」

 

 俺は過ったネガティブな思考を振り払うように、頭を横に振ると、持っていたビジネス書に付箋を貼った。

 

「む」

 

 首を振ったせいで、またもや文字が見えにくくなった。俺は、再びメガネを正位置に戻すと、「出来ない事に拘らず、自分の「好き」と「得意」を生かすべし」という文字が並んでいる一文を舐めるように見た。

 

 うんうん、その通りだ。

 出来ない事について、クヨクヨ考えても仕方ない。きっと俺にも“何か”ある筈だ。人より少しだけでも得意な事が。

 絶対ある!……多分。

 

 だって、この本にもそう書いてあるのだから!

 

「おいー、三久地。今日、十時から新商品の企画会議って言ってなかったか?」

「っへ?」

 

 同僚から掛けられた声に、俺は思わずハッとする。時計を見れば、予定されていた会議の時間を目前に控えていた。

 

「そうだった!」

「お前も大変だなぁ。出席しないといけない会議が多くて」

「あはは。俺なんて、数合わせみたいなモンだけどね」

「……数合わせねぇ」

 

 何か言いたげな同僚を横目に、俺は急いで資料を持つと、三階の会議室まで駆け出した。

 

「ヤバイ、ヤバイ。ボーっとし過ぎた」

 

 「副業」について考えて「本業」が疎かになるなんて、きっと就業規則違反だ。

 それでも、俺は考えてしまう。こんな俺でも「誰か」が求めてくれるような、ちょっとだけ他の人より秀でたスキルが無いか。

 

 そう。この俺、三久地 吉(みくじ きち)は、副業がしたいんじゃない。

 

 

 俺は“誰か”に必要とされたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 そんなある日の事だった。

 

「星は貴方の行動を制限しない。貴方が星を利用してください」

「っ!」

 

 こんな俺にも、出来そうな。とっておきの「副業」を見つけたのは。