4:大事な事は最後に言う

 

 

◇◆◇

 

 

ピピピピ、ピピピピ。

 

「……時間ですね」

「あぁ、もう終わりかー」

「なんか、あっという間だった」

 

 三十分後、アルファ女性二人の占いは無事に幕を閉じた。

 

「なんか、楽しかったね」

「うん、そうだね。楽しかった」

 

 二人共満足そうで何よりだ。

 ただ、俺が口にした事は、やっぱり自己啓発本に書いてあるような、ありきたりな内容しか言っていない。ポイントは、誰が実践しても幸せに結びつくであろう事を「貴方達の場合は」と、言葉に限定性を出す事。

 

「お二人共、三十分間ありがとうございました」

 

 そして、やっぱりこの二人は“当たり”客だった。なにせ、ともかくこの二人の悩みは「典型的」だったからだ。

 

「ありがとうございました」

「ありがとうー!」

 

 いつか、相手に「運命の番」が現れたら、どうしよう。

 そう、アルファやオメガ同士の、同バース性のカップルが持つ悩みの殆どはコレだ。

 

「ふふ、なんか凄く元気出たー」

 

 つまり、起こるかどうか分からない未来を不安に思い、怯えている。親も友達も同じような事を言ってくる。でも、相手の事が好きだから、別れたくはない。

 

「……うん、そうだね」

 

 特に悩んでいるのは、落ち着いた声の子の方だった。

 多分、今日俺の占いを予約したのもこの子だろう。控えめな割に、質問の殆どはこの子からだった。

 

——あの、私達はこれからどうしたら幸せになれますか。

 

 全ての質問の裏に、その問いが隠されていた。

 このまま占いを終えても、きっとこの彼女は俺の占い……いや、「サービス」に満足してくれているだろう。でも、ここで最後のひと押し。

 

「あの、右手の方だけ、最後にちょっといいですか?」

「え?あ、私、ですか?」

「そうです。左手の方は、先にお部屋から出て下さい」

「えーー!なんで?私も聞きたい!」

 

 うんうん、そうだよね。

 一緒に来て、自分だけ先に出て行けって言われたら気になるよね。でも、お客様満足度向上のため、彼女には出て貰うより他ない。

 プロジェクトの会議で誰かが言っていた。人の「満足度」が上昇する時と言うのは二種類ある、と。

 

 一つは「予想を上回った時」。そして、もう一つは――。

 

「二人がこれからもずっと一緒に居る為に、必要な言葉を、彼女にだけお伝えします。盗み聞きしたら、無効化してしまいますからね。いいですか?」

 

「意表を突かれた時」だ。

 

 そんな、ノリとテンションで口にした俺の言葉に、ノリの良い彼女は「えー、なにそれー」と何だかんだ言いつつ、楽しそうにブースから出て行った。やっぱり、彼女は軽い。うん、とても良いと思う。

 

「あ、あの。何ですか」

 

 明るい彼女が出て行った事により、一気に静まり返るブース内。

 

「……」

「えっと……」

 

 一人だけ残され、戸惑う彼女に、俺は少しだけ言葉を溜めた。

 プレゼン中、ここぞという時は「言葉をタメろ」と先輩達が言っていた。ありがとうございます。とても勉強になってます。現在進行形で。

 

 よし、そろそろか。

 

「貴方は船です」

「え?」

 

 俺の言葉に、案の定戸惑いの声が上がる。

 うんうん、分かる。こんな事を言われたら、俺でも同じ反応をしてしまうだろう。それでも、俺は続ける。

 

「そして、彼女は灯台です」

「は、はぁ」

 

 未だにピンと来ていない模様。でも、それでいい。占い師は、ちょっと不思議な例えで言い回した方がソレっぽくて良いのだ。

 でも、最後に「つまり」で、分かるように言えばそれでいい。

 

「つまり、貴方は彼女が照らす方へ進めば、道に迷う事はありません。彼女に、付いて行けば、全て大丈夫ですよ」

「っ!」

 

 息を呑む声が聞こえる。

 そう、今日のメインのお客様は彼女だ。だから、俺は彼女の望む言葉を最後に言ってあげればいい。そう、大事な事は最後に言う。

 

 だって、人は会話の最初と最後しか印象に残らない。

 そう、これは確か何かのビジネス書に書いてあった。

 

「では、お幸せに」

 

 俺が静かに彼女へ声をかけると、少しの間の後、微かに鼻をすする音が聞こえてきた。そして――。

 

「今日は、本当に。ありがとう、ございました」

 

 彼女は声を震わせながら、そろそろとブースから出ていった。

 

 そう、これが俺の占いのスタイル。

 目隠しをして、手を繋いで。相手の望む事を“最後”に言う。たったコレだけ。

 

 要は、彼女は何も考えたく無いのだ。何も考えずに、今の幸せだけを享受して生きていきたい。だから、「何も考えず、相手に従って生きていけば?」と彼女の望みに、無責任なお墨付きをあげた。

 

 でも、それでいいじゃないか。

 今に集中して幸せを感じていた方が、よっぽどいい。

 

 それに、相手に「運命の番」が現れたらどうしよう、なんて、そんなのはアルファとオメガだけが持つ特別な悩みなどではない。そもそも、「運命」なんて言葉を使うから、特別な感じが出てるだけだ。

 

 要は、

 

「相手に自分より好きな人が出来たらどうしようって……幸せな悩みだよなぁ」

 

 それって、“一人”の時は絶対に沸いてこない不安だ。幸せな悩みだ。俺なんかは、人生で未だかつて感じた事の無いタイプの不安である。

 

「俺も、いつか誰かと結婚したいとか思うのかなぁ」

 

 全然、想像つかないけど。