第4話:不良と清掃

 

 

「っあー!ダリィ。マジ朝死ぬ」

 

 俺は春先のまだ肌寒い朝の空気の中、小さな個人塾の前に立っていた。
 驚く事に、吐いた息が空気中でうっすらと白く色づきやがった。おい、今何月だと思ってんだよ、勘弁しろ。

 

 現在、午前6時55分。
 奇跡だ。

 

 マジで俺がこんな朝早くから活動出来ているなんて、奇跡過ぎる。
 ニート生活を始めてから見事なまでに昼夜逆転生活を送っていた俺は、久しぶりに拝んだ朝の太陽に大きなあくびを洩らしながら、ポケットに入っている鍵へと手を伸ばした。
 片手には何故か雷おこしの入った袋を持っている為、ドアがかなり開け辛い。

 

「ったく、何で俺がこんなもんを……」

 

 俺は朝早くに起きて、久しぶりに顔を鉢合わせしたクソババァの姿を思い出しガックリと肩を落とした。
 どうして女ってやつは、朝からあぁ元気なんだ。

 

『ほら!せっかくアンタなんかを雇って下さるんだから、これ持って行きなさい!』

 

 そう言って無理やり持たされた雷おこし。
 俺の母親はよく浅草に行くせいか、いつもウチには雷おこしがある。
 ガキの頃のおやつは毎日これで、途中俺は違うものが食べたいと本気で泣きわめいた事があった。

 

 持って行っても誰もいねぇっつーに。
 俺は、ガチャリと開いた扉に手をかけると、恐る恐る建物の中へを覗き込んだ。

 

「…………っ」

 

 すると、そこには机が間切りによって区切られた想像通りの“塾”が存在した。
 もちろん俺は塾など、生まれてこの方行った事はないが、その絵に描いたような塾の佇まいは何故か俺に一抹の懐かしささえ覚えさせた。

 

「……学校、みてぇだな」

 

 あぁ、そうだ。ここは学校と似ている。

 だから俺は懐かしいと思ってしまった。

 

 学校など、高校を卒業してから今まで全く関わる事はなかった。
 大学に行った俺の友達(あの腐れ幼馴染も大学生だ)はどうだか知らないが、ずっと学校という存在から離れていた俺は、なんだかこの塾が懐かしく思えて仕方がなった。

 

 学生だった頃は、あんなに閉鎖的で縛られた空間などやってられるかと思っていたが、今思うと、あの縛られた空間、時間こそがあの時の俺達を何より自由にしてくれたのではないかと思えるから不思議だ。

 

「っち、らしくねぇな」

 

 本当に、らしくなさ過ぎる。
 いくら、自分自身の現状がこんなどうしようもない体たらくだからと言って、まさかあの頃を懐かしく、羨ましく思うなんて。

 

 本当に俺らしくねぇ。

 俺は気分を変えようと、手に持っていた雷おこしをフロントの上に乱暴に投げ置くと、そのまま掃除に問いり掛った。
 どうやらあの腐れ幼馴染達の質の悪い賭けによれば、俺のバイトを一番長続きをすると予想した奴でさえ「1週間」だったらしい。

 

「(クソ野郎が)」

 

 特に2日などと言って賭けに参加した、あの腐れ幼馴染を見返す位にはこのバイト……続けてやる。俺は、少しばかり今までと違う感覚で“仕事”に取りかかると、朝の新鮮な空気を一気に吸い込んだ。

 

 

杉 薫
早朝、懐かしき思いに心を揺らす。