番外編14:ポリネシアン・セックス②

2:口下手な夫からのお誘い

 

 

 セックスをしよう。

 それは、俺にとってまたとない夫からの夫婦生活のお誘いの言葉だった。

 そして、それを聞いて思った。朝からこんな勢いで誘ってくるなんて、俺はやっぱりセイフに我慢を強いていたんだ、と。

 

「テル、こっち。俺ん前に、座って」

「あ、あ。えっと、うん」

 

 まだ明るい、休みの日の昼前。

 明かりなんてつけなくても部屋中が明るい、そんな時間に、俺とセイフはベッドの上で薄い部屋着のまま向かい合っていた。セイフと、体を重ね合わせるのなんていつぶりだろう。少し、いや……けっこう緊張する。

 

「あ、えっと……ふ、服を脱ごうかな。あ、あと後ろの準備を」

 

 ジッとベッドの上で静かに此方を見つめてくるセイフに、そんな情緒のない事を口走っていた。セイフに誘われたものの、こういう経験が少ない筈だから俺がリードしてやらないといけない。特に、夜は俺がすぐに寝てしまうから我慢ばかりさせてしまっているんだから。

 そう、俺が着替えたばかりの服に手をかけた時だった。

 

「だ、だめ」

「えっ?」

 

 セイフの大きな手が、服の裾を掴む俺の手を優しく制した。その手は鎧おかげで日焼けの少ない白い肌に反して驚くほど熱かった。

 

「ふ、服は……あとで、俺が脱がせる、けん」

「え、え?」

「まだ、着とって」

 

 予想外の言葉と共に、重ねられた手が指先だけでスルと俺の手の甲を撫でた。なんだろう。たったそれだけの触れ合いにも関わらず、ジクリと下腹部が疼くような快楽が走る。

 

「っで、も……セイフ、あの。もう挿れ、たいんじゃ」

「だいじょうぶ」

「いや、大丈夫って言っても」

 

 言い淀みつつ、互いに向かい合った間に視線を落とす。

 そこには、緩い部屋着の布にテントを張るセイフの下半身が見えた。そう、寝室に来た時からずっとこんな状態だ。

 

「セイフの、苦しそうだし」

 

 そんなセイフの姿に、やっぱり俺のせいで毎日我慢させていたんだという申し訳なさが募る。ともかく、早くイかせて気持ち良くやらないと。

 

「あ、そうだ!あの、まず口でシようか?な?」

「……」

「そ、それか。少し、待っててくれたら、すぐ挿れられるように……準備をしてくる、から」

 

 申し訳なさから、次々に漏れる情緒の無い台詞達。そんな俺を見つめてくる曇りなき眼の美しいセイフの姿。

 

「……」

「セ、セイフ?」

 

 あぁ、もうイヤだ。セイフは経験が少ないだろうから俺がリードしなきゃなんて思っていたが、俺だって前世を含めても大した経験があるワケではない。俺のせいでセイフが萎えたら……ショックでしばらく立ち直れそうにない。

 

「っぁ、えと……おれ、どうしよ」

 

 じょじょにどうして良いか分からず俯く俺に、頭上からセイフの静かな声が降って来た。

 

「テル、俺……大丈夫やけん」

「で、でも」

「俺の、これ……バカやけん。テルと、ここに来ると色々思い出して、期待ばして、勃つと」

「は?」

「だけん、気にせんで」

 

 待て、今セイフは何を言った?ここに俺と来ると、色々思い出す?期待して勃つ?どういう事だ。

 しかし、俺の戸惑いなど他所に、セイフの手がスルスルとゆっくり俺の手を撫でる。そして、もう片方の手で俺の頬に触れると、指先で俺の耳朶を撫でる。

 

「っえ、あ?せ、せいふ?」

「テル、かわいかね」

「っぁ、あ……いや、そんな事は。んっ」

 

 テル、可愛い。

 それは、ふとした時にセイフが俺に言ってくる台詞ではあったが、今日のはまた一段と凄まじかった。セイフの低い声で「可愛い」と囁かれると、そんなワケある筈ないのに、セイフの前だけでは「可愛くありたい」と思ってしまう。

 

「っはぁ、テル。ん」

「っぁ、……っひ」

 

 耳の中に、クチュとセイフの舌が入り込んでくきた。同時にセイフの感じ入るような色っぽい声が耳元で響く。

 

「テルの耳、小さか。耳朶も、赤かし。今日は、よう見える」

「っは……きょう、は?」

「いつもの俺、頭がバカになっとるけん、何も見えとらん。……はぁ、こげん指も小さか。んっ」

 

 気が付けば、掌にセイフの口づけが落とされていた。

 優しい。いや、いつもセイフは優しいのだが、ともかく今日のセイフは触れ方が優し過ぎる。

 

「テル、テル……っはぁ、てる」

「っな、え?」

 

 セイフの指が俺の髪を指で梳くように撫でる。そんな些細な刺激にも関わらず、体中が痺れるような甘い感覚に包まれた。

 ギュッと抱き締められると、勃起したセイフのペニスが腹の上からでもハッキリと分かる。熱い。

 

「っぁ、セイフ。なんで、んっ、きょ、こんな……っぁ!」

「てる……っはぁ、ン」

「っは、んんぅ」

 

 ついばむようなキスの合間にセイフの舌が唇の入口に触れるが、ソレだけ。物足りない。でも、なんか良い。

 

「っせ、いふ……ひもちぃ。もっと」

「ん、わかった」

 

 俺の言葉に、セイフは嬉しそうに角度を変え再び唇に吸い付いてきた。同時に太腿に指を這わされる。じょじょに、体の熱がセイフによって高められていく。

 

「テル、体ピクピクしよる」

「だって、せいふの、触り方がきもち、から……っぁん!」

「ん、テルのも勃ってきとる」

 

 ゆるりと勃起しかけた俺のペニスには触れず、鼠径部を服の上から撫でられる感覚は、もどかしい筈なのに、背筋に凄まじい快感が走る。

 

「てる、気持ち良か?これも、すき?」

「んっ、すきぃ」

「なら、もっとする。もっと、もっとする」

「……っまって、セイフ。おれも」

「テル?」

「おれにも、させて」

 

 それまで、されるがまま、セイフの肩にギュッとしがみついていた俺も徐々にこの状況に慣れていった。

 勃起したままでも大丈夫、と言っていたセイフの気持ちが今なら分かる。

 

「せいふ……ここ、キモチ良かったよ」

「っは、っぅ」

 

 セイフに触られて気持ち良かった場所を、お返しにと同じようにゆったりと触れていく。うなじに薄く生えたうぶ毛、二の腕、指と指の間、上唇の内側。

 服の上から臍の下。陰毛の生え際あたりを優しく指先で撫でた瞬間、セイフの眉がヒクリと動いた。

 

「んっ、……セイフ、ここキモチ良かった?」

「っは、っぅ……ん。きもち、よか……っはぁ」

 

 そう、整った涼し気な顔立ちに浮かぶ快楽と苦悶の表情に体中が満たされる。

 

「セイフ、かっこいいなぁ。も、ほんと好きだ……すき」

「っン」

 

 俺からもセイフにキスをする。舌を入れても、すぐに抜き取る。でも、その分たくさん繰り返す。これも、お返し。

 

「んっ、ちゅっ。ンンっ……っはふ」

「っはぁ、ん。っふ」

 

 そんな緩やかな触れ合いは、勃起こそすれど、射精するには程遠い刺激だ。

 でも、だからこそ改めて思い出す。そうだ。勃起って、苦しいだけじゃない。気持ち良いから、勃起するんだ。射精して、この気持ち良さを終わらせるなんてもったいない。

 

「……テル」

「ん?」

 

 セイフが、抱き締めていた俺の体を少しだけ離す。なんで離すんだよ、と少しばかり不満の交じった気持ちで顔を見た時だ。そこには、頬も耳も真っ赤に染め上げながらニコと微笑むセイフの顔があった。

 

「きもち、よかねぇ」

「っ!」

 

 息が詰まる。なんだろ、今の瞬間、間違いなくイった気した。いや、そんなワケはない。その証拠に俺の下半身は今や恥ずかしいほどにズボンを押し上げている。

 

「っぁ……う、うん。きもち、よかった」

「ねぇ」

 

 外ではいつも無表情。というか、鎧のせいで顔は見えない。まぁ、家の中では鎧も無くなり表情も豊かになるものの、それでもセイフの感情表現というのは落ち着いている方だ。そんなセイフが、俺と抱き合って、ただ触れ合うだけの行為でこんなに嬉しそうな笑顔を浮かべてくれるなんて。

 

「っはぁ、っは……ぁ、ン。っはぁ」

「テル?」

「せいふ、あの」

 

 イく。イかされる。セイフにイかされ続ける。射精でも空イきでもない。これは、なんだ。

 

「もっと、いっぱいシよ」

 

 その時の俺は、自分がどんな顔をしているのか気にする余裕なんてまるでなかった。