3:最強福の神の突然の爆誕!

 

 

「……あれ、玄関の光の球。消えかけてる」

 

 仕方ない。俺が取り替えておこう。

 今、おばあさん「こうみんかん」という場所で年寄り同士の寄合に行っている時間だ。もし、暗くなって家に帰ってきて、光の球がつかなくて転んでしまったら大変だ。

 

 俺は抱えていた組立人形(フィギュア)の箱をおじいさんの祭壇の前に置くと、切れた光の球を交換した。でも、そうやって気になる所を一つ解決すると、また次の気になるモノが出てくるもので――。

 

 よいしょ、よいしょ。えっさ、ほいさ。

 

「ふーー、あれ。もう夜だ」

 

 俺は家の中のありとあらゆる〝気になるところ〟を一掃し終えると、外が暗くなっている事に気付いた。同時に、玄関がガラガラと開く音が聞こえてきた。

 

「ただいまぁ」

 

 あ、おばあさんの声だ。

 俺はおざしきに置きっぱなしにしていた組立人形(フィギュア)を回収すると、急いで押し入れの中へと隠れた。別に隠れなくったって、おばあさんに俺の姿は見えないのだけれど。でも、恥ずかしいからいつも隠れる。

 

「ただいまぁ」

 

 おばあさんは、いつもわざわざお座敷まで来てはお爺さんに挨拶をする。でも、祭壇のおじいさんは返事をしないので、俺が代りにこっそり返事をしておく。

 

「おかえり」

 

 まぁ、どうせおばあさんに俺の声は聞こえないだろうけどさ。

 すると、ゴソゴソとお座敷で何かを取り出す音を響かせると、おばあさんは誰に言うでもなく声をあげた。

 

「ありがとねぇ。たくさん貰ったから、食べてねぇ」

 

 お座敷から、おばあさんが出ていく音がする。座敷に誰も居なくなったのを確認すると、俺は押し入れからひょこりと飛び出した。すると、そこには祭壇の前に小さなお饅頭が一つだけ置いてあった。

 祭壇のおじいさんは朝に白米をあげているので、きっとコレは俺のだ。俺は人間には見えない筈なのに、いつの頃からかあのおばあさんには俺の存在がバレてしまっている。

 

「いただきます」

 

 はむ。

 お饅頭を口に入れると、甘い味が口の中に広がった。人間の食べ物は兎も角おいしい。俺は川べりで作る串刺しの肉よりも、線香の匂いのする部屋で食べる甘いモノの方が好きだ。

 

「うふふ」

 

 この家のおばあさんは優しい。鬼の俺の存在に気付いても「鬼は外」なんて言ってこない。なので、おばあさんの役に立って、できるだけ長くこの家に居させてもらいたいのだ。

 きっと、あぁいう人を「徳の高い人」というに違いない。

 

「神様仏様、どうかおばあさんを悪いものからお守りください」

 

 俺は祭壇に居るおじいさんに語り掛けるように言うと、甘味を持っていた指をペロリと舐めた。

 さぁ、これから徹夜で組立人形を見て呉れ良く組み立てなければ!そう、俺が祭壇の前から立ち上がった時だった。

 

 ピカリと祭壇が激しい光を放った。

 

「っへ!?」

 

 この祭壇には様々な部屋にあるような光の球は付いていない。それに、普通の光の球は、こんなに激しい光を放ったりしないのに。これは、間違いなく大変な事が起こってる。俺が余りの眩しさに腕で顔を隠した時だ。

 

「……っはぁ、やっと誕生出来た」

 

 突然、俺の耳に力強く深みのある声が聞こえてきた。あれ、この家には俺とおばあさんしか居ない筈なのに。それに、おじいさんはこんな声はしていなかった。じゃあ、この声の主は一体誰だ?

 

「ん?なんだお前、鬼か?」

「あ、あ……あれ?」

 

 しかも、俺の事が〝見えて〟いるようだ。だとすると、普通の人間じゃない。

 俺は顔の前から腕をどかすと、目の前に現れた荘厳過ぎる相手に思わず悲鳴を上げた。

 

「ひんっ!」

 

 そこに居たのは〝福の神〟様だった。

 徳の高い人間の家屋に現れる、家屋と人の守り神。でも、俺の前に立っていた福の神様は、並大抵のソレではなかった。

 

「あ、あぁっ……!」

 

 背は俺の頭二つ分程高い所に位置しており、その体躯はとても力強い。しかも陶器のような白磁の肌に埋め込まれた黒曜の眼差しは深遠で、その目は知識と力を秘めた光を宿している。まさに、自然の力そのモノと言ってよかった。

 

「ん?まさか、お前……」

「っひ、っひぃぃ」

 

 福の神様はボソリと呟くと、俺に向かってゆっくりと手を伸ばした。彼の凄まじいオーラのせいで、俺は一切の体の動きが封じられる。

 福の神の力は、その場に住まう者の〝徳の高さ〟で力が決まると言われている。だとすると、彼の圧倒的な力強さには納得がいった。

 

——–ただいまぁ。

 

 おばあさんの徳が高すぎて、この家に史上最強の福の神が爆誕してしまったんだ!

 

「あっ、あの、あの!俺、おれぇっ!」

「……」

 

 ヤバイ、このままだとおばあさんの家に住む俺みたいな底辺鬼は、この神様に浄化されてしまう。どうにか、俺が無害で無能な底辺鬼だと福の神様に説明しないと。

 なにせ、この「世界の理」は、いつだって「鬼は外、福は内」なのだから!

 

「お、お、お、おれはっ!ツノもこんなな、底辺鬼でっ!なにも、力なんか、なくってぇっ!」

 

 そう、俺が呼吸もままならないくらいハクハクと必死に声を上げている時だった。

 

 ツン!

 

「あひんっ!」

 

 突然、俺の不格好なツノが勢いよく指で弾かれるのを感じた。恐怖や焦りも重なり、あられもない声が上がってしまう。そんな俺を前に、福の神は何がおもしろいのか、大きな高笑いを始めた。

 

「っははは!良いではなか、これは力が漲ってくるッ!」

 

 福の神の口にした通り、彼のオーラは生まれた瞬間よりも倍、いやそれ以上にどんどん漲っていくのを肌で感じた。あまりの荘厳なオーラに、まるで夏の太陽の下で肌をジリジリと焼かれているようだ。

 

 あぁ。頭が、ぼーっとする。

 劣性(インキャ)に夏の太陽は大敵なのに。