10:最強福の神様の後追い!

 

 

「……なにも無いなら、別にいい。もう、いい」

「え?」

「行ってくる」

 

 福の神様はあっさりと俺に背を向けていた。しかも、その後ろ姿は酷く雄々しくガッシリとしているにも関わらず、酷く物悲しそうに見えた。

 

「あ、あ、福の神様」

「……何用だ。もう発たねば約束の刻までに間に合わぬ」

 

 恨めしそうな顔でチラリとこちらを見てくる福の神様は、もう玄関の高い天井にすら頭が付きそうな程大きく、立派に、そして恐ろしくなられたのに――。

 

「ど、どのくらいでお戻りになられますか」

「なぜ、そのような事を聞く」

「さみしいので……お早くお帰り頂けると嬉しいです」

 

 思わず漏れた言葉にハッとした。同様に、福の神様も目を見開いてこちらを見ている。

 あぁ、俺は一体何を言っているんだ。こんな事を言ったら福の神様から「この劣性鬼の分際で!」とドヤされてしまう。

 

「っぁ、い、い、今のは、その――!」

「七日だ」

「えっ、え?」

「出雲からは七日で戻る」

 

 福の神様は大きく見開かれた目でジッと此方を見つめながらジッと俺を見下ろしていた。その声は思ったよりも上擦っており、合間に漏れる呼吸は少しだけ荒い。

 

「そうか。俺が居なくて……お前は、寂しいか」

 

 寂しい。福の神様の口から零れ落ちたその言葉に、俺は改めて思い知った。

 

「はい、寂しいです」

 

 確かに、福の神様はとても恐ろしい一面を持つ。しかし、夜ごと甘えるように俺の体を抱き込み、大きな体を豊満でもない固い胸板にすり寄ってくる様は、ちっとも恐ろしくない。むしろ、可愛らしいとすら思っている。

 これもまた、俺の紛れもない本心である。

 

「あの、福の神様」

「……なんだ」

「す、少しで良いので」

 

 眉を寄せ、不安そうな表情を浮かべる福の神様は、まるで初めて親元を離れる幼子のような顔をしていた。その顔に、俺は先ほどから疼いて仕方のない熱を沈めるように、一歩その足を福の神様へと踏み出した。

 

「ち、乳を吸っていかれませんか」

 

 とんでもない事を口走っている自覚はあった。福の神様も、やはり驚いた顔でこちらを見ている。

 

「今、ここでか?」

「は、はい」

 

 恥ずかしいのを堪え、目を伏せながら顔から火が出るような面持ちで頷く。

 ここは、日も昇らぬ前の冷たい玄関先だ。まだお婆さんすら起きてきてくる気配はない。しかし、かといっていつ起きてくるかも分からない。そんな場所で、俺は福の神様に乳吸いを求めてしまった。

 

「さみ、しいのです」

「……っはぁ」

「いや、らしくて……すみません」

 

 そう、七日間。福の神様はこの家から居なくなってしまうのだ。最初に聞いた時は、久々に好き勝手羽を伸ばせる!と喜んだモノだが……今はどうだ。

 

「いいだろう。乳を出せ」

「はい」

 

 いつもと違った様子で、どこか荘厳に言い放たれた言葉に、俺は薄い部屋着の前を開ける。

 冬の刺すような空気が開け放たれた服の隙間からツンと肌を刺す。真冬でも、寝る時は福の神様に抱き込まれているので、薄着でも寒くなかった。でも、明日からはこうはいくまい。

 

「っはぅ、福の神様。おねがいしま……っひ、っぁぁぁぁ!」

 

 服の前を開けた瞬間、いつもの生暖かい感触が乳房を覆った。眼下に福の神様の綺麗に整えられた黒光りのするみずらが見える。

 

「っひ、っぃぃ!ンっ、っっぁぁあっ!ふくの、かみしゃまっ……ふくの、かみしゃまぁっ!」

「んっ、っぅむ、っっはっは、ッんぐぅ」

 

 口内に溜め込まれた唾液を使いジュルジュルと派手な音を立てつつ乳を吸い上げる。このままでは乳首が吸い取られるではないかという程の衝撃に、俺はダメだと分かっていながらも、福の神様の頭を両腕で激しく抱き込んだ。

 

「っぁ、っぁン!ふくのかみ、しゃま、ふあんが……なくなるまで、たくしゃん、吸って、くらはいぃっ」

「っはぁ、っは……不安、だと」

「あい……知らぬところに、ひとりで……こわいでしょう」

「俺は、べつに」

 

 乳から顔を上げた福の神様は、唇を唾液でしとどに濡らし、とてもいやらしい姿をされていた。しかし、その顔はそのいやらしさに反する程に可愛らしくあどけなかった。

 

「ほら、こっちもありますよ」

「ん」

 

 俺の言葉に従い、素直にもう片方の乳を吸う。レロレロと舌で豆粒ほどしかない乳先をころがす福の神様はなんともいじらしく、みずらが乱れるのも構わず頭を撫で上げた。

 

「っはぁ、ン。かわいっ。福の、神しゃまは、この世で一等可愛らしい神様です」

「っちゅ、っちゅ……っはぁ、っはぁっはぁ」

 

 いくら神様とは言え、生まれてさほども時の経っていない頃合いで、生まれ育った家から七日も離れなければならないなど、それはどれほど心細い事だろう。それだけでない。彼の周りには自分よりも、うんと年上で立派な神ばかりが揃っているのだ。

 そんな場所、俺には絶対に耐えられない。

 

「っはやく、かえってきて。そしたら、また乳を吸って。一緒に戯れ合いましょう」

「っはう、ぅ。うん……うん……ンッ」

 

 俺は福の神様の頬を両手で挟むと、ちゅっちゅうっと宥めるように唇を吸った。すると、福の神様の長い舌が、甘えるように俺の舌に絡みついてくる。

 

「っぅ~~、っぅ~~」

 

 不安そうに眉間に皺を寄せながら、俺の背中に必死に腕を回してくる福の神様。この方は、とても恐ろしい。でも、同時にとても可愛らしくて堪らない。

 その日、俺は明け方の寒々しい玄関先で、福の神様にこれでもかと乳を吸われあられもない声を上げ続けた。

 

「っぁぁあっ!っひぃぃ、っぁ゛……おっ、お゛っ!やぁぁっ!か、噛まないれぇっ!ふくの神、しゃまぁっ!ちちがっ、ちちが取れて、しまいましゅぅぅぅっ!」

「っふぅぅっぐ、っぅ」

 

 福の神様が出雲へと発たれたのは、結局、昼過ぎになってからだった。