——諦めなければ、運は必ず巡ってくる!
それが、カミュの口癖だった。
「カミュ」というのは、とあるゲームに出てくる登場人物の一人である。魔王を倒して世界の危機を救うという、ド王道のロールプレイングゲーム【カリギュラ】。
そんなゲームの主人公「ループ」の最初の仲間。それが、赤毛の戦士「カミュ」だ。そんなカミュと俺が出会ったのは、遡ること十年前。
——–
カミュが 仲間になった!
——–
『わ、わわ!オレに仲間ができた!』
ループにとっての初めての仲間。
それは生まれて初めてロールプレイングゲームを買ってもらった俺にとってもそうだった。当時、小学3年生だった俺は、初めて出来た「仲間」というモノに、そりゃあもう大興奮だった。
だって「仲間」だぞ?「仲間」は「友達」じゃない。同じ目的の為に、お互いの背中を預けて運命を共にする、最高に格好良い関係だ。
——ループ、背中は任せた!!この俺の命、お前に預けるぞ!
『カミュ、かっこいいなー!』
主人公のループより一つ年上の十九歳。戦士の村で育った明るい赤毛の青年で、村がモンスターの群れに襲われているところを助けたら仲間になってくれた。
——–
ダンジョンに一緒に行くパーティメンバーを 選んでください。
——–
『そんなのカミュに決まってんじゃん!』
物語が進むにつれて少しずつ仲間は増えていったが、それでもカミュは俺にとって特別だった。どんな時でも絶対に戦闘パーティからは外さなかったし、装備品も一番良いのを買うようにした。魔王を倒す最後の時までずっと一緒なんだから、出来るだけレベルも上げて強く育てておかないと。
そう、思っていたのに——!
——ループ、諦めなければ……運は必ず、巡ってくる。だから諦めるなよ。
『え、え?』
カミュが死んだ。
物語終盤。しかし、まだまだ魔王は倒せていない。ここから最終決戦に向かおうかという時に、カミュはループを庇い敵の攻撃を受けて死んでしまった。
『えぇぇぇっ!?』
何かの間違いだと思った。まさか、あのカミュが死ぬなんて。
初めてのロールプレイングゲーム。初めての仲間。まだ、爺ちゃんも婆ちゃんも元気に存命していた俺にとって、カミュは生まれて初めての身近な人の「死」だった。
『お、お、おれ。なんか間違っちゃったかな?』
そう思った俺は、カミュが死んだ所からゲームを切り、もう一度最初からやり直した。
『ごめんな、カミュ。次は絶対に死なせないから!』
でも、何回やり直してもカミュは死んだ。そうやって、諦め悪く何回も何回もやり直している最中、クラスメイトからあっさりと残酷な真実を告げられてしまった。
『カミュ?アイツ生き返ったりしないぜ?ってか、お前まだ1やってんの?もうカリギュラ2が出るのに』
『っっっ!』
その日、俺は泣いた。ずっとずっと泣き続けた。こんなのあんまりだ。なんでカミュが死ななきゃならないんだろう。あんなに明るくて面白くて、そして良いヤツだったのに!カミュを置いていったまま、2へと物語を進めるなんて、これを作ったヤツは鬼だ!
——諦めなければ、運は必ず巡ってくる!
『……そうだ、諦めちゃだめだ』
でも、そんな恨み言を吐いていてもカミュは生き返らない。カミュの言葉に背中を押してもらいながら、ゲームを繰り返すこと百回。
『うっ、うっ……カミューー!』
百回中百回、カミュは死んだ。
そりゃあそうだ。だって、そういう風に作ってあるんだから何回やり直したってストーリーが変わるワケがない。
『カミュ、絶対に俺がお前を助けてやるからな!』
でも、小三の俺にそんなのは納得できなかった。諦めきれなかった。絶対にカミュと一緒に魔王を倒すんだと息巻いた。
『絶対に、ぜったいに……ぜったいにぃぃぃっ』
でも、そんなやり直しにも限界がきた。
——ループ、諦めなければ……運は必ず、巡ってくる。だから諦めるなよ。
『うぅ。ごめんな、カミュ』
こうして、俺はカミュを助けられないままコントローラーを置いた。悲しい悲しい。とてつもなく悲しい、九歳の俺の心に残る苦い思い出である。
しかし、そこから時が経つこと十年。
十九歳。俺がカミュと同い年になった頃、朗報が飛び込んできた。
『初代カリギュラがリメイク!?』
カリギュラが美麗なグラフィックで現代に蘇る!カリギュラシリーズリメイク計画始動!
そんな唐突なニュースは、日本のゲーマー界隈を震撼させた。
——–
リメイクされたら、カミュはどうなるんだ?
——–
ネットの片隅で放たれた一言は、当時のプレイヤー達を議論と考察の海に駆り立てた。九歳の頃の俺は知らなかったが「カミュの死」は、当時のプレイヤー達にとって「フラグな死」と異名が付くほど唐突でトラウマ級のモノだったらしい。
——–
リメイクでカミュは生き残るのか
1945:名無しさん
これ、カミュ生存ルート来るんじゃね?
1946:ナナシさん
いやいや、「この世界は不条理だ」が売りのカリギュラシリーズで、そんなご都合主義は無いでしょ。
1947:菜々氏さん
わかんないぜ、今はハッピーエンド至上主義の時代だからな。リメイクすんなら新規プレイヤーも取り入れなきゃ。
——–
『おぉぉぉっ!確かに確かに!』
カミュの死については賛否で真っ向から意見が割れている。序盤から登場したキャラを終盤で退場させるな!育てた時間返せ!という育成ガチ勢から、カミュの死こそ初代カリギュラを名作たらしめたという考察ガチ勢まで。
いや、待って!?そういうメタ的な事じゃなくて、普通にカミュが死んで悲しんでる人居ないの!?
でも、この際だ。理由は何だっていい。
『ハッピーエンド至上主義……だとしたら、もしかして』
カミュが死なないルートが用意されてるかも!
俺は十年越しに仲間を救える未来に胸を躍らせ、カリギュラの発売日に胸を躍らせた。そして、発売日当日。
『よし、やるぞ……カミュ、待ってろよ!今度こそお前を助けるからな!』
俺は、さっそくゲームをプレイした。三日間ぶっ通しで。丁寧に、どんなルート分岐も見逃さないようにしながら。「例のあの日」まで休む事なく。すると、どうだ!
——ループ、諦めなければ……運は巡ってくる。だから、諦めるなよ。
『あ、れ?』
リメイクしても、カミュは死んだ。
『えぇぇぇっ!?』
十年越しにリメイクされたカリギュラは、その全てが現代の最高技術で一新されていた。フルボイスな上に、画質も最高の状態で見るカミュの死は……十年前以上に凄まじい衝撃を俺に与えた。
『……俺はカミュを救えないのかぁぁぁ!』
小三の俺同様、十九歳の俺もテレビの前でさめざめと泣いた。
『カミュ……カミューー!』
泣いて、泣いて、泣き続けて。
三日間飲まず食わずの中ゲームをプレイしていた俺は、糸が切れたようにコトリと眠りに落ちた。そして、気が付くと。
「ループ、起きなさい!もう朝よー!」
「はへ?」
俺は、カリギュラの主人公。ループになっていた。