21:アンチコメントはなぜこうもパターン化されるのか

 

「批判コメントについてどう思うか?どうも思うわけないだろ」

「へ?」

 

 余生先生の部屋に着いてすぐ尋ねた俺に、彼はあまりにもあっさりと答えた。

 聞くべきか迷って、ずっとウダウダしていた俺に対し、結局先生のほうから「言いたいことあるんだろ」と詰められて今に至る。

 

「まったく、妙にソワソワしてるから何かと思えば、そんな事かよ」

「そんな事って」

「俺はアンタと違って、読者のコメントにいちいち落ち込んだりしない」

 

 俺の買ってきたコンビニのおにぎりをもさもさと咀嚼しながらも、先生の視線はパソコンから動かない。キーボードをたたく手を休めることなく、ただ淡々と返してくるのが、逆に本音っぽくて妙に刺さる。

 

「最近、コメント欄も荒れてるからな。もしかして心配されてんの?」

「あ、いや」

「悪いけど、俺はそんなにヤワじゃない」

 

 余生先生はふっと息を吐くと、なにか思い立ったようにノートパソコンをくるりとこちらに向けた。

 

「なぁ、コレ見てみろよ」

「……あ」

 

 画面に映っていたのは、連載中の【那須与一】の感想欄だった。スクロールされたその欄には、こんな言葉が並んでいた。

 

≪最近、与一の行動見てると共感できなくてイライラする≫

≪またコレ?そろそろすれ違い展開ばっかでダルくなってきた。早く次行ってほしい≫

≪なんか、展開読めて飽きてきた≫

 

 昼間の金曜倶楽部で聞いた声も心をザラつかせたが、こうして文字として目にするとまた別の鋭さがあった。いや、むしろ文字だからこそ、こちらに想像の余地を委ねてくる分、ダメージが深く沈んでくるのかもしれない。

 

 読者は「面白さ」に対してどこまでも貪欲で、正直だ。そして、それが間違っているワケでも、酷いワケでもない。彼らは、それでいいのだ。

 

「……ぅ」

 

 しかし、分かってはいても思わず目を逸らさずにはいられない。

 ただ、そんな俺とは対照的に、余生先生はその感想欄をどこか遠い目で見つめながら、静かに口を開いた。

 

「主人公に共感できなくてイラつく?分かってやってる。今は共感ターンじゃない。次の展開への伏線張ってるとこ」

 

 画面をクリックして次々に感想を読み進める指先は止まらない。

 

「最近展開がもたついてるって?はい、この感想もあるある。連載中は展開を引っ張れば引っ張るほど、〝待てない読者〟からのヘイトは溜まりやすいからな。ここも次に必要だからやってるけど……そうか。この辺りで我慢の限界が来るんだな。もう少し軽くするか。いや、でも……」

 

 途中、まるで独り言のような声で呟かれた言葉と共に、先生はパソコンの隣に何かメモを取り始めた。しかし、すぐにその手は再びマウスへと戻る。

 

「あとは、なんだっけか」

 

 ページをさらにスクロールすると、余生先生は小さく口元に笑みを浮かべる。

 

「あぁ、展開が読めてきた?そりゃそうだろ。お前ら読者は、予想外過ぎるとストレスになるって分かってるから、敢えて読ませてんだよ」

 

 パチパチと静かに響くキーの音と淡々とした余生先生の声だけが、静かな部屋にこだまする。そのとき、ふとスクロールの手が止まった。何かを見つけたように、画面を一段階拡大する。

 

「……そうそう、こういうのもテッパンなんだよ。これ、見てみ」

 

 そう呟くと、余生先生は画面の一文を顎で示した。

 正直、もう見たくなかったが、促されるまま視線を向ける。

 

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毎日楽しみにしています!

 

ただ、最近は少し展開が分かりやすくなってきたような……。

「読者ウケ」を意識されているのかな?と感じる方もいるかもしれません。

 

私は、以前の尖っていて独特な雰囲気がとても好きでした。

文章がとても上手だからこそ、時々、感情が置いてけぼりになるような気もして(私だけかもですが)。

 

更新頻度がすごいですが、どうかご無理のないように。これからも応援しています!

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 見た目には一見、丁寧な感想に見える文章。

 だがその文面を読み終えた余生先生は、皮肉気に笑った。

 

「……これ、創作やってるやつの書き方だな」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。いかにも、応援してますって体裁で始めといて、途中から『他の人も感じてる』とか、主語を大きくして遠回しに殴ってくる。要するに、『お前の作品つまらなくなったよ』って言いたいだけ」

 

 強気な言葉とは裏腹に、画面を睨む横顔は、少しだけ痛々しく見えた。

 

「自分の自尊心を守りながらも嫉妬心を抑えきれずに他人を攻撃する時って、こうならざるを得ないんだろうな。ダッサ……つーか、以前の尖ってた頃ってどの作品の事言ってんだよ。マジで教えて欲しいわ」

 

 彼はそう言いながらも、画面から目を逸らすことなく、その手は次の感想へとまた動き始めていた。それを一体どれくらい繰り返しただろう。

 

「——と、こんなもんかな」

 

 やっと余生先生の〝感想分析会〟が終わりを告げたとき、俺は言葉を失っていた。

 

「ほら、分かるだろ。感想なんてイチイチ気にしてたらキリがないんだよ」

「……よせい、せんせい」

 

 何でもないことのように言い放たれたその声に、俺の唇がかすかに震える。正直、胸の奥がムカムカして、少しだけ吐き気すらした。自然と握り込まれた拳は、指が氷みたいに冷たくなっていた。

 

「は?なんで、アンタが泣きそうになってだよ。これ、俺への批判なんだけど……」

「……ぅ」

「お、おい。大丈夫かよ」

 

 余生先生は俺の顔色を見て、明らかに動揺していた。

 いつも【ノキ】への感想欄で、読者からの批判に烈火のごとく怒り狂っていた彼が、逆の立場になると、まるで感情のスイッチが鈍くなる。

 

 あれほどキャラクターの繊細な心情を描ける人が。

 好きな作品についてあんなに熱く語れる人が。

 俺と違って、「みんな」に作品を届けたいと本気で思って朝から晩まで描き続ける、たった十六歳の男の子が——。

 

「なんで、余生先生……は、嫌な気持ちに、ならないんですか?」

「なんでって、そんなの」

 

 俺からの問いかけに、余生先生は事もなげに言ってのけた。

 

「好きなもん書いてるワケじゃないから」

 

 その瞬間、俺は思わず顔を上げた。

 余生先生も、それに気づいたのか、少し慌てて言葉を継ぐ。

 

「おい、こないだみたいに怒るなよ。これは本気で思ってることだから」

「……好きじゃ、ない?」

 

 ぼそっと返した俺の声に、余生先生は少し視線を逸らして、再び淡々と語り始めた。

 

「ああ。悪いけど、俺の〝好きな系統〟って、これじゃないんだよ。アンタも知ってるだろ?だから何を言われても、他人事みたいに聞き流せる。はいはい、そうですねって。だから俺は、コイツら読者が好きそうなもんを投げてりゃいい。こうやってコメント欄をわざわざ読むのも、飽きられる兆候を分析するためだし」

 

 そう言いながら、手元に残っていたおにぎりの包み紙を丸めて、自嘲気味に呟いた。

 

「……だから言ったろ。俺の作品なんて、大衆媚びの畜生以下だって」

 

 その言葉を、俺はただ黙って聞いていた。

 すると、何も言わない俺に対して余生先生は少し気まずそうに視線を逸らしながら口を開いた。

 

「軽蔑したか?でも、本当だから仕方ない。作品に信念なんてない。だから俺は何を言われても筆が折れないんだ。矢面に立たされても平気で書ける。逆に筆を折る奴は、好きなものを真っ向から書きすぎてるんだ」

 

 視線を落としながら、余生先生は小さく息を吐いた。その横顔はどこか遠くの景色でも見ているようで、胸の奥が少しだけざわついた。

 

「だから俺は、ノキ先生が心配なんだよ。真っすぐ好きなもん書いて、あんなに叩かれてさ。そのうち折れんじゃないかって」

 

 とてつもなく、まっすぐに放たれたその言葉に、胸の奥が強く揺れた。

 でも、何かが引っかかった。彼の言葉の端々に、ひっそりと隠れているはずの真実を見逃している気がして——。

 

 俺はその違和感に突き動かされるように、勢いよく立ち上がった。

 

「俺、今日はもう帰ります」

 

 いきなり立ち上がった俺に、余生先生が少しだけ動揺した表情を見せる。

 

「な、んだよ……怒ったのか?」

 

 少し寂しそうな、どこか焦ったような声。けれど、俺はうまく応えられなかった。頭の中にさっきの余生先生の言葉がこだまして止まない。

 

——好きなもん書いてるワケじゃないから。

(好きじゃない?本当に?)

 

 本当にそうだろうか。本当に、本当に彼は——。

 

 その言葉を反芻しながら、俺はふすまの前に立ってクルリと振り返った。

 そして、ただ一言。思ったことを吐き出すように口にする。

 

「俺は好きです」

「は?」

「俺は、大好きですよ」

 

 戸惑ったような顔をする余生先生を横目に、俺は駆け出した。

 自分の家に向かって、全速力で。

 心の中にわだかまる違和感の正体が知りたくて、体が勝手に動いていた。