4:罵り上手の王子様

 

 ——その夜。

 明かり一つない真っ暗な使用人部屋の中で、僕はただひたすら自己嫌悪に沈んでいた。

 

「僕、最低だ……なんで、あんなこと言っちゃったんだろ」

 

 もしかしたら、リゲル様に嫌われたかもしれない。

 落ち着かないまま、何度も何度も寝返りを打つ。胸の奥がざわついて、どうしても静まらない。

 

 そうして、いつの間にか眠りに落ちた、その直後だった。

 夢の中に、一人の美しい男性が現れた。

 

『やぁ、はじめまして。ラナ』

 

 初めて聞く声なのに、すぐに分かった。

 

『わ、わわ!リゲル様!?』

 

 思わず叫んでから、驚いて口を押さえた。

 

『おっ、お目覚めになられたんですか……?』

『ふふっ、違うよ。むしろ寝ているのはキミだ』

 

 そう言って、リゲル様がコツコツと足音を響かせて近づいてくる。

 すらりとした長身に、無駄のない体躯。

 

(……た、高い)

 

 その距離と存在感に、ヒクと呼吸が乱れた。

 いつもは横になっているせいで、気づいていなかったが、リゲル様は思った以上に大きかった。

 

 驚く僕に、彼はその美しい顔を歪めて、不敵に笑った。

 

『ラナ。キミは本当にいい声で罵るね。特に今日のあの女への言いっぷりは傑作だったよ。だから、特別に夢に出てきてあげた』

『え……えええっ!?』

 

 予想外すぎる言葉に、思わず目を瞬かせる。

 

(へ、変な夢だなぁ)

 

 まさか、リゲル様のことを気にしすぎて、こんな夢まで見るなんて。

 彼は、昼間の僕の真似をするみたいに手を重ねると、そのまま指先で手の甲をなぞった。

 

『まったく。よくもまあ、あれだけ毎日悪口が出てくるものだ』

『あ、えっと……すみません』

『なにを今さら。それに、私は褒めてるんだよ』

 

 少しだけ間を置いて、彼は楽しそうに続ける。

 

『……むしろ、ラナの罵声は、ずっと聞いていたくなる』

 

 初めて聞くはずの王子の声は、朝露を含んだ空気みたいに澄んでいて、どこまでもなめらかで、美しかった。

 なのに、そこから紡がれる言葉は、僕たち奴隷を解放してくれた人物とは思えないほど、酷く性格が悪い。

 

(これが、聖人君子と謳われた……あの、リゲル様なのか?)

 

 呆気に取られる僕に、彼は心底うんざりした様子で腕を組んだ。

 

『はぁ……あの女ときたら本当に最悪なんだよ。盛りのついた馬のいななきにしか聞こえなかったし。あんなのを抱いて子を成せと言われた私の身にもなってみろ。あんな女、種馬の弟にはちょうどお似合いだ』

 

 容赦のない毒が、さらりと美しく整った口元から零れる。

 一瞬、その意味を考え、理解した瞬間。

 

『あははっ!それは最悪だ!メス馬の相手なんて、この国で一番過酷な労働を強いられてたのは、リゲル様だったんですね!』

 

 腹を抱えて笑った。

 

 それから僕は、夢の中のリゲル様と、城の連中の悪口で盛り上がった。

 美しい彼の口から、とんでもなく下品で辛辣な言葉が飛び出すたびに、僕はそのギャップに耐えきれず、息ができなくなるほど笑ってしまう。

 

 やっぱり、他人の悪口は最高に面白い。

 なによりうれしかったのは、コレだ。

 

(なぁんだ。リゲル様は、お姫様のことなんて全然好きじゃなかったんだ!)

 

 そうして、目が覚めたとき、僕の心は驚くほどすっきりしていた。

 

「夢……だよな?でも、あまりにもリアルだった」

 

 ベッドから起き上がり、さっきまで触れていた手のひらを見つめる。

 

 そこには、昨日までの気まずさも、自己嫌悪もない。

 

 脳裏に浮かぶのは、心底楽しそうに笑うリゲル様の顔。

 ただ、どうしようもなくリゲル様に会いたかった。

 

 その後、急いで塔へ向かった僕は、いつもと変わらない穏やかな寝顔のリゲル様に、冗談めかして問いかけてみた。

 

「リゲル様。昨日、僕の夢に来てくれました?」

 

 すると、一瞬の迷いもなく「ぎゅっ」と一度だけ手が握り返される。

 

「う、わ……」

 

 一拍遅れて、心臓が跳ねた。

 しかも、気のせいか、ほんのわずかに口角が上がっているようにも見える。

 

「ふふっ、まさか。僕ってば、リゲル様のこと考えすぎですね」

 

 笑って誤魔化したけれど、重ねた手は、いつもより少しだけ温かかった。

 

「……あなたと一緒に居ると、楽しいなぁ」