——その夜。
明かり一つない真っ暗な使用人部屋の中で、僕はただひたすら自己嫌悪に沈んでいた。
「僕、最低だ……なんで、あんなこと言っちゃったんだろ」
もしかしたら、リゲル様に嫌われたかもしれない。
落ち着かないまま、何度も何度も寝返りを打つ。胸の奥がざわついて、どうしても静まらない。
そうして、いつの間にか眠りに落ちた、その直後だった。
夢の中に、一人の美しい男性が現れた。
『やぁ、はじめまして。ラナ』
初めて聞く声なのに、すぐに分かった。
『わ、わわ!リゲル様!?』
思わず叫んでから、驚いて口を押さえた。
『おっ、お目覚めになられたんですか……?』
『ふふっ、違うよ。むしろ寝ているのはキミだ』
そう言って、リゲル様がコツコツと足音を響かせて近づいてくる。
すらりとした長身に、無駄のない体躯。
(……た、高い)
その距離と存在感に、ヒクと呼吸が乱れた。
いつもは横になっているせいで、気づいていなかったが、リゲル様は思った以上に大きかった。
驚く僕に、彼はその美しい顔を歪めて、不敵に笑った。
『ラナ。キミは本当にいい声で罵るね。特に今日のあの女への言いっぷりは傑作だったよ。だから、特別に夢に出てきてあげた』
『え……えええっ!?』
予想外すぎる言葉に、思わず目を瞬かせる。
(へ、変な夢だなぁ)
まさか、リゲル様のことを気にしすぎて、こんな夢まで見るなんて。
彼は、昼間の僕の真似をするみたいに手を重ねると、そのまま指先で手の甲をなぞった。
『まったく。よくもまあ、あれだけ毎日悪口が出てくるものだ』
『あ、えっと……すみません』
『なにを今さら。それに、私は褒めてるんだよ』
少しだけ間を置いて、彼は楽しそうに続ける。
『……むしろ、ラナの罵声は、ずっと聞いていたくなる』
初めて聞くはずの王子の声は、朝露を含んだ空気みたいに澄んでいて、どこまでもなめらかで、美しかった。
なのに、そこから紡がれる言葉は、僕たち奴隷を解放してくれた人物とは思えないほど、酷く性格が悪い。
(これが、聖人君子と謳われた……あの、リゲル様なのか?)
呆気に取られる僕に、彼は心底うんざりした様子で腕を組んだ。
『はぁ……あの女ときたら本当に最悪なんだよ。盛りのついた馬のいななきにしか聞こえなかったし。あんなのを抱いて子を成せと言われた私の身にもなってみろ。あんな女、種馬の弟にはちょうどお似合いだ』
容赦のない毒が、さらりと美しく整った口元から零れる。
一瞬、その意味を考え、理解した瞬間。
『あははっ!それは最悪だ!メス馬の相手なんて、この国で一番過酷な労働を強いられてたのは、リゲル様だったんですね!』
腹を抱えて笑った。
それから僕は、夢の中のリゲル様と、城の連中の悪口で盛り上がった。
美しい彼の口から、とんでもなく下品で辛辣な言葉が飛び出すたびに、僕はそのギャップに耐えきれず、息ができなくなるほど笑ってしまう。
やっぱり、他人の悪口は最高に面白い。
なによりうれしかったのは、コレだ。
(なぁんだ。リゲル様は、お姫様のことなんて全然好きじゃなかったんだ!)
そうして、目が覚めたとき、僕の心は驚くほどすっきりしていた。
「夢……だよな?でも、あまりにもリアルだった」
ベッドから起き上がり、さっきまで触れていた手のひらを見つめる。
そこには、昨日までの気まずさも、自己嫌悪もない。
脳裏に浮かぶのは、心底楽しそうに笑うリゲル様の顔。
ただ、どうしようもなくリゲル様に会いたかった。
その後、急いで塔へ向かった僕は、いつもと変わらない穏やかな寝顔のリゲル様に、冗談めかして問いかけてみた。
「リゲル様。昨日、僕の夢に来てくれました?」
すると、一瞬の迷いもなく「ぎゅっ」と一度だけ手が握り返される。
「う、わ……」
一拍遅れて、心臓が跳ねた。
しかも、気のせいか、ほんのわずかに口角が上がっているようにも見える。
「ふふっ、まさか。僕ってば、リゲル様のこと考えすぎですね」
笑って誤魔化したけれど、重ねた手は、いつもより少しだけ温かかった。
「……あなたと一緒に居ると、楽しいなぁ」

