5:お姫様からのとんでもない命令

 

 それから、リゲル様は毎晩のように夢に現れるようになった。

 

 最初はただ、城の連中の悪口で盛り上がるだけだった。

 でも、気づけば夢の中での触れ合いは、どんどん増えていった。

 

『ラナ、膝枕をしてくれないか』

『ねぇ、指を舐めて欲しい。理由?そんなのないよ。ただの気まぐれさ』

『明日は部屋に戻らないで。そのまま隣で寝ていきなよ』

 

 夢で命じられたことを、恥ずかしさに震えながら一つずつ実行していった。

 

「リゲル様……膝枕、してもいいですか?」

「ゆっ、指を……舐めます、ね?」

「あの、今日は……その、隣で一緒に寝てもいいですか?」

 

 尋ねるたび、重ねた手が一度だけ握り返される。

 それが『YES』の合図だった。

 

 そのたびに、嬉しすぎて心臓が壊れそうになる。

 

(どうしよう。僕、リゲル様が寝てるのをいいことに、こんな……)

 

 僕は今、リゲル様と同じベッドで夜を過ごしていた。

 

 隣で眠り続ける美しい横顔を、じっと見つめる。

 月明かりに照らされた白銀の髪が、淡く光っている。

 

(好きです。好き、リゲル様……僕、あなたのことが……)

 

 こんなの、メイド長や他の使用人にバレたら大事だ。

 

 夢も、この手の反応も、全部僕の思い込みだと言われたら、否定できない。

 それでも、この手を離すことなんてできなかった。

 

 そのまま僕は、リゲル様の隣で、いつの間にか眠りに落ちた。

 

 

『あぁ、ラナ。ちゃんと言いつけ通り、隣で寝てくれたね。えらいよ』

『あ、あの……えっと、はい』

 

 その日も、当然のようにリゲル様は夢に現れた。

 

 現れるなり褒めてくる彼に、頬がじんわり熱くなる。

 その一方で、どこか冷静な自分もいた。

 

(本当に、都合のいい夢だなぁ)

 

 奴隷上がりの僕と、高貴なリゲル様。

 この埋めようのない身分差が、こんな都合のいい幻を見せているに違いない。

 

(この彼の言葉だって、きっと全部、僕の妄想だ)

 

 そう思っていたのに——彼は、正面から抱き寄せてきた。

 そのまま、鼻先が触れそうな距離まで近づいてくる。

 

『ラナ、私にキスしてみたくない?』

『っ、へ!?』

『許可なんていらない。キミの好きにしてみなよ』

 

 それだけ言い残して、リゲル様は夢の中から消えた。

 はっと目を開けると、目の前には、変わらない彼の寝顔があった。

 

「……っはぁ。ぁぅ。リゲル、さま」

 

 思い出しただけで顔から火が出そうになる。

 

(ど、どうしよう……)

 

 夢の中の言葉を信じていいのだろうか。

 僕なんかが、こんな美しい人にキスするなんて、そんなこと。

 

「あのっ、リゲル様?」

 

 思わず「キスしていいですか」と口にしそうになるのを、ぐっと堪える。

 

 重ねた手に力はない。

 それでも、艶やかな唇を食い入るように見つめているうちに、体の奥に、じわりと痺れるような熱が走った。

 

「っぁ、待って……?」

 

 足の間でズボンの布が押上げられる感覚。

 気づいた瞬間、僕は弾かれたようにベッドから飛び起きた。

 

「僕、寝てるリゲル様に、なんて事を……!」

 

 押し寄せる自己嫌悪と、どうしようもない羞恥。

 リゲル様はこちらの混乱など知る由もなく、穏やかに眠り続けている。その顔があまりにも綺麗で。なのに、僕はとても汚い。

 その場にいられなくなって、半ば泣きそうになりながら塔を飛び出した。

 

 あてもなく城の中を走り回っていた、そのとき——

 

「ちょっと、待ちな!ラナ!」

「っ!」

 

 背後から怒鳴り声が飛んできた。

 振り返ると、相変わらずウエストのホックが今にも弾け飛ばんばかりのパツパツなメイド服に身を包んだメイド長が、僕の前に立ちはだかっていた。

 

「な、なん……でしょうか?」

「あんたに新しい仕事だよ。グズなあんたにはもったいない大仕事だ」

 

 そう言って、メイド長はニヤリと嫌な笑みを浮かべ、小さな瓶を差し出してきた。

 

「お姫様からの命令だ。リゲル王子の子種を持ってきな」

 

 その言葉に、僕の視界は真っ白になった。

 

◇◆◇

 

——そろそろ、世継ぎが必要なんだそうだ。しっかりやんなよ。

 

 メイド長から手渡された小瓶が、鉛のように重く感じる。

 塔の前で立ち尽くす僕の胸の内は、激しい憤りで燃え上がっていた。

 

「あのお姫様は、リゲル様を何だと思っているんだ」

 

 『眠り人形』と呼び捨てて、今度は世継ぎを作るための道具扱い。それこそ、リゲル様をまるで、種馬のように扱うなんて、あんまりだ。

 

「やっぱり、断ろう。僕には、そんなことできない」

 

 そう唇を噛みしめた時だ。

 

「……待って。でも、断ったらどうなるんだろう」

 

 僕が断ったからと言って、決してあのお姫様は諦めたりしない。

 むしろ、あのメイド長や、リゲル様を物のように扱う見ず知らずの誰かが、この塔にズカズカと踏み込んでくるに違いない。

 そして、リゲル様の体を無遠慮に、事務的に弄り回すのだ。

 

(……嫌だ。そんなの、絶対に耐えられない!)

 

 その瞬間、僕の中でどす黒い独占欲が爆発した。

 美しい彼を「汚す」のが役目だと言うのなら、他の誰でもない、僕が汚すべきだ。

 

 僕は小瓶を握りしめると、リゲル様の眠る部屋へと足を踏み入れた。