7:逃げ出したお世話係

 

 城下町のはずれ、薄汚れた安宿の一室。

 僕は、目の前の惨状に頭を抱えていた。

 

「……あぁ、またやってしまった」

 

 城を飛び出して三日。

 人見知りの僕に新しい仕事がすぐに見つかるはずもなく、手持ちの小金を切り詰めながら、どうにか日々を繋いでいる。

 

 けれど、僕が困り果てている理由は、金が減っているせいじゃない。

 

「うぅ。また……夢精してしまった」

 

 十代の若い体でもあるまいし。

 僕ときたら、城を飛び出してから、毎日下着を汚してしまっているのだ。

 

 原因は分かっている。

 毎晩のように、夢にリゲル様が現れるせいだ。

 

(いや、リゲル様は何も悪くない!僕が……僕が、いやらしいから……)

 

 夢の中のリゲル様は、現実の物静かな「眠り王子」とは似ても似つかない。

 白銀の髪を闇に溶かし、薄紫の瞳を妖しく光らせて、僕の体をすっぽりと抱き寄せてくる。

 

『逃げられると思っているの?ラナ。あんなに私のことをめちゃくちゃにしておいて、無責任だね?』

『り、リゲル様……あのっ、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい!』

『謝罪が聞きたいんじゃないよ、私は』

 

 その声は朝露のように澄んでいるのに、どこまでも低く、切なげに耳元で響く。

 

『ラナ、見てごらん。キミのせいで、私の体は毎日大変なんだ。……ちゃんと責任、取ってもらうよ』

 

 そう耳元で囁くと、リゲル様は激しく体に触れてくる。

 

 夢の中の彼は、とにかく自由奔放だった。

 とびきり下品な言葉も言い放題で、僕の体にだって遠慮なんて一切ない。

 

 大きな手のひらが容赦なく触れてきて、あの日以上にいやらしい行為へと引きずり込まれていく。

 そんなふうに、どこまでも大胆な彼なのに——キスだけは違った。

 

『ラナ、ほら。私にキスしたくないの?』

『っふ、っぅ……したい、です』

『じゃあほら、シて』

 

 キスだけは、絶対に自分から仕掛けてこない。

 どれだけ触れても、どれだけ乱されても、その一線だけは必ず僕に委ねてくる。

 それが、どうしようもなく嬉しくて。

 

 夢なのをいいことに、僕は何度も、その唇に口づけてしまうのだった。

 

(リゲル様……また、会いたい……っ)

 

 そうして、夢の中で絶頂を迎えるたび、情けなく寝具を汚して目を覚ます。

 

 

「ああ、最低だ。僕は一体どうしちゃったんだろう……」

 

 朝の光を浴びながら、僕は自己嫌悪に頭を抱えた。

 リゲル様をあんな形で汚して逃げたうえに、夢の中でまでこんなことを繰り返すなんて。

 

 まさか、自分がここまでどうしようもない奴だとは思わなかった。

 

「でも……今日のリゲル様、少し変だったな」

 

 回を重ねるごとに、夢の中のリゲル様は、どこかやつれていくように見える。

 今夜は特におかしかった。

 二人で絶頂を迎えたあと、いつもならすぐに目が覚めるのに。

 

 今にも消えてしまいそうなほど儚い顔で、こう囁いたのだ。

 

『待ってるから。早く、私を迎えにおいで。そろそろ限界だ……』

 

 そのかすれた声が、胸の奥をきりきりと締めつける。

 

「僕は、どこまで愚かなんだ」

 

 ただの妄想だ。

 僕が彼のことを考えすぎているせいで、都合のいい幻を見ているだけ。そう、思いたいのに。

 

「本当にリゲル様に何かあったのかな……?」

 

 嫌な予感が、心臓を冷たく撫でた。

 僕は汚れたシーツをぎゅっと握りしめ、逃げ出したはずのあの高い塔の方角を、じっと見つめ返していた。