城下町のはずれ、薄汚れた安宿の一室。
僕は、目の前の惨状に頭を抱えていた。
「……あぁ、またやってしまった」
城を飛び出して三日。
人見知りの僕に新しい仕事がすぐに見つかるはずもなく、手持ちの小金を切り詰めながら、どうにか日々を繋いでいる。
けれど、僕が困り果てている理由は、金が減っているせいじゃない。
「うぅ。また……夢精してしまった」
十代の若い体でもあるまいし。
僕ときたら、城を飛び出してから、毎日下着を汚してしまっているのだ。
原因は分かっている。
毎晩のように、夢にリゲル様が現れるせいだ。
(いや、リゲル様は何も悪くない!僕が……僕が、いやらしいから……)
夢の中のリゲル様は、現実の物静かな「眠り王子」とは似ても似つかない。
白銀の髪を闇に溶かし、薄紫の瞳を妖しく光らせて、僕の体をすっぽりと抱き寄せてくる。
『逃げられると思っているの?ラナ。あんなに私のことをめちゃくちゃにしておいて、無責任だね?』
『り、リゲル様……あのっ、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい!』
『謝罪が聞きたいんじゃないよ、私は』
その声は朝露のように澄んでいるのに、どこまでも低く、切なげに耳元で響く。
『ラナ、見てごらん。キミのせいで、私の体は毎日大変なんだ。……ちゃんと責任、取ってもらうよ』
そう耳元で囁くと、リゲル様は激しく体に触れてくる。
夢の中の彼は、とにかく自由奔放だった。
とびきり下品な言葉も言い放題で、僕の体にだって遠慮なんて一切ない。
大きな手のひらが容赦なく触れてきて、あの日以上にいやらしい行為へと引きずり込まれていく。
そんなふうに、どこまでも大胆な彼なのに——キスだけは違った。
『ラナ、ほら。私にキスしたくないの?』
『っふ、っぅ……したい、です』
『じゃあほら、シて』
キスだけは、絶対に自分から仕掛けてこない。
どれだけ触れても、どれだけ乱されても、その一線だけは必ず僕に委ねてくる。
それが、どうしようもなく嬉しくて。
夢なのをいいことに、僕は何度も、その唇に口づけてしまうのだった。
(リゲル様……また、会いたい……っ)
そうして、夢の中で絶頂を迎えるたび、情けなく寝具を汚して目を覚ます。
「ああ、最低だ。僕は一体どうしちゃったんだろう……」
朝の光を浴びながら、僕は自己嫌悪に頭を抱えた。
リゲル様をあんな形で汚して逃げたうえに、夢の中でまでこんなことを繰り返すなんて。
まさか、自分がここまでどうしようもない奴だとは思わなかった。
「でも……今日のリゲル様、少し変だったな」
回を重ねるごとに、夢の中のリゲル様は、どこかやつれていくように見える。
今夜は特におかしかった。
二人で絶頂を迎えたあと、いつもならすぐに目が覚めるのに。
今にも消えてしまいそうなほど儚い顔で、こう囁いたのだ。
『待ってるから。早く、私を迎えにおいで。そろそろ限界だ……』
そのかすれた声が、胸の奥をきりきりと締めつける。
「僕は、どこまで愚かなんだ」
ただの妄想だ。
僕が彼のことを考えすぎているせいで、都合のいい幻を見ているだけ。そう、思いたいのに。
「本当にリゲル様に何かあったのかな……?」
嫌な予感が、心臓を冷たく撫でた。
僕は汚れたシーツをぎゅっと握りしめ、逃げ出したはずのあの高い塔の方角を、じっと見つめ返していた。

