9:最も性悪なのは、果たして——

 

 リゲル様が目覚めてから、早いもので一年が過ぎた。

 世間では、リゲル王子の容体は奇跡的に安定したものの、今もなお「深い眠りの中」にあることになっている。

 

 あの日、リゲル様は起き上がるなり、とんでもないことを言い放ったのだ。

 

「あぁ、私はまだ寝ていることにするよ。面倒な仕事も回ってこないし……なにより、君を独り占めできるからね」

「はうっ!」

 

 この世で最も美しいとされるリゲル様に微笑まれてしまえば、僕が逆らえるわけもない。

 いや、むしろ奴隷の身分から解放してくれた彼に、今や喜んで奴隷にさせてくださいと懇願したいくらいだ。

 

(でも、そうすると「私が求めているのは奴隷じゃないよ」って、いつも困った顔をされるんだよなぁ)

 

 リゲル様にそう言われるたびに、僕はどうしようもなく胸が熱くなってしまう。

 

 こうして始まった、この塔の中での二人きりの生活。

 表向きは「いつか目覚める日を信じて献身的に仕えるお世話係」として、僕は誰の侵入も許さず、この部屋を守り続けている。

 

「リゲル様、お食事をお持ちしました。使用人のごはんなので、あんまりおいしくないかもですけど」

「いいや、君が口移しで食べさせてくれたら全てご馳走になるよ」

 

 天蓋付きのベッドの上で、リゲル様はわざといやらしく口角を上げた。

 今の彼は驚くほど欲が深く、そして甘い。僕が少しでも離れようとすると、蛇のような手が伸びてきて、僕をベッドのなかに引きずりこむのだ。

 

「あぁ、でも今は食事よりも……ラナ、キミが欲しいな」

「~~~っ!」

 

 そこからはいつもの流れ。

 端正な顔からは想像もつかないほど下品で獰猛に抱き潰されながら、僕は毎回頭が真っ白になる。あんな汚い言葉、奴隷だって使わない。

 

 そうやって、今日も今日とて、二人で熱い時を過ごしたあとのことだ。

 ふと思い出して、僕はベッドの傍らでリゲル様に告げた。

 

「そういえば、リゲル様。またメイド長から頼まれたんですけど、お姫様が、どうしてもあなたの子種が欲しいと言ってるみたいですよ」

 

 すると、リゲル様は心底不快そうに鼻を鳴らした。

 

「まったく、まだそんなものを求めるのか。弟の子種だけで満足していればいいものを」

 

 リゲル様が危篤の危機を脱したあと、お姫様は正式に第二王子と結婚した。

 ついでに、二人の間には子供も生まれたのだが——どうやら彼女には「第一王子」の子供という優れた子種も、諦めきれないらしい。

 

「あの女、もう完全に欲に溺れた獣だな。まったく、王宮はいつから飼育場になったんだ?せめて飼うなら檻くらい用意しておくべきだろうに」

「ふふっ、リゲル様って本当に面白い!」

 

 相変わらずキレの良いリゲル様の言葉に、お腹を抱えて笑ってしまった。

 そんな僕に、リゲル様は「昔、君が言ったセリフだよ」と、遠い目をしていた。

 あれ、そんな事言っただろうか?

 

「まぁ、そんなモノは無視してればいい。そのうち諦めるだろう」

「その件なんですけど」

 

 ひとしきり笑い転げたあと、僕は涙をぬぐいながら王子に言った。

 

「ちょうど厩舎に元気な種馬がいたので、その精液をたっぷり詰めて渡しておきました。今頃、お姫様も大喜びなんじゃないでしょうか」

 

 その瞬間、リゲル様がガバッと目を見開いた。

 

「……ラナ、本当にそれをやったのかい?」

「ええ。昔、夢の中でリゲル様が彼女の声が馬のいななきに似てるって言ってたので。お似合いかなって」

 

 彼は驚いたように僕を見つめると、今度は彼がお腹を抱えて大爆笑した。

 

「はははっ!まったく、君ってやつは!」

「うわっ!」

 

 リゲル様は猛烈な勢いで僕を押し倒すと、キスの雨を降らせてきた。

 その瞳は、出会った頃よりもずっとギラギラとした愉悦に満ちている。

 

「最高だよ、ラナ!君こそ、この城で一番性格が悪い。……あぁ、本当に、私にぴったりの運命の相手だ!」

「……う、運命の相手?僕が、リゲル様の?」

「ああ、これほど私とお似合いな者もそうはいない」

 

 耳元で愛おしそうに囁かれ、僕は思ってもみない賛辞に身を震わせた。

 嬉しくて、たまらず彼に口づけをした。

 

(あぁ、リゲル様。汚くて、美しくて、性悪で——大好きだ)

 

 窓の外では、今日も人々がリゲル様の目覚めを祈っている。

 そんなこととは露知らず、僕たちは今日もお互いの毒に酔いしれながら、塔の中で二人だけの淫らな「眠り」を続けている。