補足資料:偉大なる凡人と、その聞き手について
ようこそ。よくぞこのページを見つけ出してくださいました。
この手帳は、自著を執筆する過程で書き留めた「公には出せなかった資料」の断片です。出版した本には書ききれなかった、もっと生活の匂いがする家族だけの記録。どうぞ、茶でも飲みながら、ゆっくりとご覧ください。
— デルカト・ダーウィング
これは本書の執筆にあたって見せてもらった、母さんの手帳の一部です。
カルドの限界サイン
瞬きが1分間に3回を切る→(お茶を飲ませる)
食事の合図
頭をかきむしり始めた時(空腹を忘れて集中している)
熱中の深度
ペンの音が一定のリズムになったら、新しいインクと温かい茶を用意すること。
この他にも、こういった父さんの記録が手帳10冊以上ありました。記録やデータ収集といった類のものは、父さんの専売特許だと思ってたんですが、母さんもなかなかのものでしたね。
父さんの唯一の論敵・ランペさんが母さんへ送った手紙の断片です。(口外無用でお願いします)
……あの男の言葉を、君ほど美しく拾い上げられる人間を私は知らない。君がいる限り、カルドは孤独な天才にはならずに済むのだろう。だが、もし君がカルドの喧騒に疲れた時は、私の庭に来るといい。そこには君が愛でるに相応しい花を揃えてある。
ちゃっかり母さんを家に誘い込もうとしてますね。父さんにバレたら「魔科学戦争」が勃発しかねないので、この手紙は厳重に保管しておきます。
カルドの論文を読んだ。相変わらず支離滅裂だが、なぜか行間に君の淹れた茶の香りが混じっている気がした。君がカルドに捧げる時間を、ほんの数刻でいい、私への返信に割いてはもらえないだろうか。できれば私にもお茶を……いや、独り言だ。
昔、母さんが自宅のハーブティーを研究室のランペさんのところへ持って行ったことがありました。この手紙を経てのことだったのかも。……もちろん、そのお茶は父さんが横取りして飲んでいましたけれどね。
本体表紙(表)— 白インク
カバーを外した本体表紙には「白インク」を使ってみました。光の下で傾けると、角度によってキラキラと表情を変えているようにも見えますね。
本体表紙(裏)その1 — サインとシルエット
裏面の中央には私のサインと幼い頃のシルエットを。母さんが「かわいい、かわいい」と大切に眺めてくれていたもので、愛されていた記憶として刻みました。
本体表紙(裏)その2 — イチゴのシルエット
枠の左下にひとつだけある、イチゴのシルエット。母さんが庭で育てていた、父さんの大好物です。そのエピソードからイチゴをこっそりあしらってみました。見つけられましたか?
illust : マグ
さて、手帳はここまでです。お手元にある本の手触りはいかがでしょうか。
装丁の細かい部分にも、「彼らが生きた証」を詰め込みました。例えば、表紙の質感や、背表紙のフォント、ページをめくる時の音……。
その重さこそが、二人が積み重ねた年月であり、家族の物語そのものなのです。
あぁ、父さんの声が一段と大きくなってきました。実は今、久々に実家に帰ってきていて。母さんが新しいお茶を淹れたみたいです。それでは、僕はこの辺で。