帰宅してみると、玄関に見慣れない靴があった。
きちんと揃えられたその靴は、隣で乱雑に脱ぎ散らかされたソレとは大違いである。その脱ぎ散らかされた方を、俺はいつも通り揃えてやると、整然と整えられた靴の隣に並べた。
微かな物音が部屋の奥から聞こえてくる。″あいつ″が友達でも連れてきているのだろうか。珍しい事もあるものだ。
俺はぼんやりとそんな事を思いながら、バイトで疲れ切った体を引きずるように部屋に入った。
すると、どうだろう。
寝室で俺の幼なじみと、″誰か″が裸で絡み合っている姿が目に飛び込んできた。″誰か″とは、きっと玄関にあった整然と並べられていた靴の持ち主に違いない。そして、いつものように脱ぎ散らかしていた靴の持ち主は、そう、俺の幼馴染だ。
その二人の距離感はどう考えても友達とは言い難かった。
「う、うわ」
びっくりしすぎて変な声が出てしまった。それもそうだろう。
整然と並べられた靴。言い添えておく事があるとすれば、それは明らかに男物のスニーカーであったという事だろう。そして勿論、俺の幼馴染も男である。
しかし、そんな俺の驚きを他所に、当人達は現在行っている‟行為”に心底真剣に取り組んでいるせいか、俺の存在になど全く気付いていないようであった。
茫然と立ち尽くす俺の目と耳に入り込んでくる情報の数々は、いやしかし、疲れ切った俺の脳の一番大事なところまで到達する事はなかった。
ただ、次の瞬間飛び込んできた情報にだけは、少しだけ面食らってしまった。
ぱちり。
そう、音が弾けたかと思う程、明確に、はっきりと俺は、絡み合っている幼馴染ではない方の男と目があった。
その目は思ったより大きく黒目がちで、先ほど″男″と称してしまった俺の表現が誤りだった事に気づかされた。
彼はまだ‟少年“と言って差し支えないような、そんな、かわいらしい顔立ちだった。
よく見ると幼馴染と絡み合っているその肢体は、筋肉質というよりはしなやかで、華奢とさえ思えた。
そんな彼と目が合ってしまった。
俺は後ろめたさから、とっさに目を背けようと目を伏せた。それもそうだろう。ここはまごう事なき俺の借りているアパートであるとはいえ、他人の情事をしっかり観察してしまっている状況だ。変態だと言われてしまえば、言い逃れの余地があるとは思えない。
しかし、目を伏せる直前に俺はハッキリと目にした。
可愛らしい彼は俺に気付いて恥ずかしがるでもなく、こちらを見てニヤリと勝ち誇ったような顔を浮かべたのだ。
その笑みは、可愛らしい容姿からは似ても似つかぬような、ひとにぎりの下品さが垣間見えた。
ただ、その少しの下品さも含め、その子は凄く可愛いらしく愛嬌があった。
とりあえず、俺は一通り現状に対して驚き終えると、占領されたベッドの代わりにリビングに置いてあるソファーに横になった。
風呂はもう明日入ろう。歯も明日磨こう。
とりあえず、俺はバイトで凄く疲れているのだ。かなり眠い。
俺は色々と考える事を後回しにすると、そのまま急降下するように眠りに落ちていった。
眠りに落ちりきる直前、ドアを隔てた1枚壁の向こうから聞こえてくる嬌声に俺は微かに幼なじみの顔を思い浮かべた。
まぁ、とりあえず。
幼なじみは俺の恋人でもあった。