ない。
ない、ない、ない、ない。
ないないないないないないないない。
ない!
俺は一人狭い自分の部屋の中でゴミ箱をひっくり返しながら、自分の体から血の気が引いていくのを感じた。
ない、ないのだ。
昨日俺が“アイツ”に書いた手紙が。
確かに書いた俺の手紙が。
確かに昨日、イライラする感情を収める為、俺は初めて塾ではなく家で手紙を書いた。
そう。
渡す相手が居なくなっても、俺はイライラが募ると自然に手が紙とペンへ向かうようになっていた。
手紙を書いている間だけは、あの、返事を待つ密かに心踊る毎日に、戻れる気がするという、なんとも気持ち悪い理由で。
けど、そなもん確かに“気がする”だけなんだ。
書き終わるといつだって残るのは虚しさと苛立ちだけ。
それもそうだ。
渡す相手の居ない手紙など、こんなに滑稽なものもない。
しかし、俺はあの日、初めて家でも我慢できずにペンに手を伸ばしてしまった。
そして、結局虚しさだけを心に残しゴミ箱へと投げ捨てた。
しかし、しかし、だ。
よく考えてみると、あんな手紙、他人に見られたら憤死ものだ。
不幸にも俺の家には、おせっかいなクソババァが居て、未だに勝手に俺の部屋に入っては掃除なんかしていきやがる。まぁ、今までは別にそれでも良かったのだ。
アイツが居なくなったばっかの時は……手紙はいつも塾で書いていたから。
だから、捨てんのだって慎重に処分してたさ。
ゴミを出すのも俺だから、そこらへんぬかりはない。
いつも、粉々に破ってゴミ出しの袋の中の一番奥に詰め込んで、捨てていた。
だから、誰に見られる心配もなかったのだ。
しかし、昨日だけは違った。
昨日は日曜日で塾も掃除も休みだったのだ。
だから、昨日だけは我慢できなかった。
イライラして、ムカついて。
結果、手紙の処分の仕方がいつもより乱雑になってしまった。
グシャグシャに丸めてゴミ箱に捨てた、
そう 、確かに俺は丸めてゴミ箱に捨てた筈なのだ。
なのに、今探してもその手紙が…………。
「ねぇ!!」
おいおい、マジでどうすんだよ俺!?
クソババァか?
クソババァに見つかりやがったのか!?
いや、でもクソババァなら見つけたその瞬間に俺に問い詰めてくる筈だ。
アイツはクソおせっかいだから。
昨日も今日も俺に何も言ってこなかったのがいい証拠だ。
じゃあ何故だ、なんで手紙がねぇ?
昨日、俺の部屋に入れたのはクソババァとクソオヤジにクソ妹。
いや、ババァはともかく親父と妹は、俺の部屋なんか入ってこねぇ。
となると、俺の部屋に勝手に出入りする人間なんか他に居るわけ……
あ、まさか。
俺は、ある一人の人物の顔が頭によぎった瞬間、心臓が止まるかと思った。
居る、一人だけ。
我が物顔で勝手に俺の部屋に入って、余計な事ばっかりしやがるヤツ。
俺の腐れ幼なじみの野郎
瀬高…睦。
ヤベェ!
そういやアイツ、俺がコンビニから戻って来てから何かしんねぇがニヤニヤしてすぐ帰って行きやがった。
いつもは帰れっつっても帰んねぇ癖に、昨日はやけにアッサリしていた。
あぁぁ、くそっ!
何でもっと早くに気付かなかったんだ俺!?
これは……絶対にアイツ、俺の手紙を読んで何か企んでやがる!
ヤベェヤベェヤベェヤベェ。
この際アイツに手紙が見られたのはもう確実として諦めるとしても、それ以上はなんとしても食い止めねぇと。
絶対に、アイツは余計な事をする。
たとえば、あの塾に乗り込んで手紙を朗読するとか。
手紙の相手を探して笑い者にするとか。
嫌な、しかし可能性の高い予感が浮かんでは存在感を高めていく。
俺はゴミの散らばった部屋に静かに立ち上がると、これから俺のすべき行動を頭の中で思い描いた。
そう、絶対に…… あの手紙は取り戻す!
「むつみぃぃぃ!!」
俺はケータイ片手に部屋を飛び出すと、死ぬ気で幼なじみの元へ走った。
杉 薫
想い人への距離を無意識に縮める。